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大阪府医師会フォトギャラリー

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撮影者:出口浩之(堺市医師会)
撮影場所:大分県中津市本耶馬渓町曽木付近
撮影日時:2021年9月24日
①洞門の一部、②山国川と絶壁連なる耶馬渓
第3代中津藩主、小笠原長胤(ながたね)の時代(1683年~)にこの下流に荒瀬井堰が作られて山国川の水位が上がり、川岸の岩壁に打ち付けた鉄の鎖を命綱に、文字通り命がけの通行でも人馬の落命が相次いだ。これに心を痛めた禅海和尚は享保20(1735)年からノミと槌だけで岩壁を掘り始めた。明和元(1764)年、全長342m(トンネル部分144m)の洞門を完成させた。さらに明治39年から40年にかけての大改修を経て今日も地域の重要な道路として使用されている(1950年7月29日、耶馬日田英彦山国定公園に指定)。
撮影者:出口浩之(堺市医師会)
撮影場所:鹿児島県鹿児島市城山町 西郷洞窟
撮影日時:2013年7月16日
明治10(1877)年2月15日、雪降る鹿児島城下を出発した西郷率いる薩軍は熊本城攻防戦、田原坂の戦い等、九州各地を転戦。敗色濃厚となり同年8月、軍を解散。なおも桐野利秋、篠原国幹ら私学校幹部とともに南九州の山野を越え9月1日、再び城下に戻り、ここ城山に立てこもった。そして官軍に向かって出で立ち、銃弾に倒れ、「もうここらでよか」の言葉を残し別府晋介による介錯を受け生涯を終えるまでの5日間を過ごした洞窟である。その日からもうすぐ150年になる(2026年1月、本稿出稿)。
撮影者:出口浩之(堺市医師会)
撮影場所:兵庫県神戸市北区山田町福地付近
撮影日時:2025年12月3日
徳川10代将軍家治の時代(1770年ごろ)、当地の領主、下総古河藩主・土井大炊頭が領内巡視の際、この石の陰から庄屋の子、村上新兵衛が突如現れ年貢の軽減を訴えた。この直訴は大罪である。直ちに新兵衛は有馬の藩主宿所まで護送され尋問にあった。しかし若干15歳にして理路整然とした訴えとその勇気を賞して大炊頭は罪を問わず、かつ年貢も軽減した。村人は喜び、その記念としてこの石を台石に据え後世に残した。奇岩でも磐座でもない、ただの路傍のちょっと大きめの石に村の救世主への称賛と記憶が今に伝えられている。