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医師・医療関係者のみなさまへ

新春対談

南杏子医師・作家を迎えて

府医ニュース

2021年1月6日 第2951号

これからの地域医療と人生の最終段階の過ごし方

 医師として終末期医療専門病院で勤務しながら作家として活躍される南杏子氏。昨年5月に刊行された『いのちの停車場』(幻冬舎)は、救急医療の最前線で診療にあたる医師が生まれ育った故郷で初めて在宅医療に携わるという物語。「命を助ける」現場から「命を送る」立場となった主人公が、スタッフや地域のサポートを得て、戸惑いながらも在宅医療の魅力を実感していく――。作品には地域医療の姿だけではなく、エピソードごとに患者・家族の細かな背景や揺れ動く心情が描かれており、医療関係者だけではなく一般市民の心にも訴えかける。大阪府医師会では、在宅医療の普及・推進の一環として、令和3年は本作品を通した事業展開を実施することとし、その第一弾として、原作者である南氏と茂松茂人・府医会長の対談を行った(進行=阪本栄・府医理事)。

年末年始の過ごし方

阪本 明けましておめでとうございます。私は本日の司会進行を務めます阪本です。よろしくお願いいたします。
茂松 明けましておめでとうございます。原作を拝読させていただき、これからの高齢者医療に深く感銘を受けました。日本は在宅医療が遅れているようにも感じており、国民全体で考えなければならないと思っています。本日は、ざっくばらんにお話しできれば幸いです。
南 よろしくお願いいたします。
阪本 本題に入る前に、本紙「新春対談」の恒例となっている年末年始の過ごし方、お雑煮についてお聞かせください。
南 私は徳島県出身でして、味付けは白味噌です。大根・人参・小芋・小松菜と丸餅を焼かずに入れます。作り方がうろ覚えのところもあり、実家の母に尋ねたところ、味噌が特別とのことで思わず取り寄せてしまいました。年末年始は例年、家族で過ごしていますね。
阪本 南先生は徳島県ご出身ということですが、大阪に対するイメージやエピソードのようなものはありますか?
南 父の仕事の関係で中学生から高校生にかけて西宮市に住んでいました。当時は大阪に憧れており、中学生の頃、おしゃれなものを買いに大阪へ行こうと臨んだのですが、少し気が引けて途中の尼崎で大阪気分を味わって帰った思い出があります(笑)。
茂松 神戸じゃないんですね。私からすれば神戸の方がおしゃれのように思いますが。

高齢者への医療提供「寄り添う姿勢」大切に

阪本 先生のプロフィールを見ると、出版社に就職され、その後、医師になられています。どのような思いから医師になられたのですか?
南 昔から図鑑などで人体には興味があったのですが、医師という職業は自分には縁がないと思っていました。その後、出版社に就職し、医師に取材する機会があったのですが、大きな仕事だなと感じ、自分もできるならば一生の仕事にしたいと思うようになりました。また、出産・育児の経験も大きかったです。子どもの健康で不安に思ったことを調べるうちに、医学を学びたい気持ちはますます高まり、33歳で医学部に入りました。
茂松 医師の仕事に年齢はあまり関係ないですね。人と触れ合うこと、気持ちの部分が大切です。
南 それは大きいですね。患者さんの背景を知ってこそ良い医療が提供できると思います。
茂松 家族構成なども考慮して、どう寄り添っていくかを考えます。ひとつとして同じ医療はありません。
南 現在、平均年齢が89歳という高齢者が入院する700床の病院に勤務しています。担当している患者さんは9割くらいが認知症の方です。介護が必要な方も多いですが、死生観はそれぞれです。ご家族の考えも様々で、いろいろ話し合う機会を持てることに大きな魅力を感じています。
茂松 以前、府医で「人生の最終段階をどこで過ごしたいか」という調査をしたことがあるのですが、75%は自宅を希望されていました。ただ、家人の介護力に頼らざるを得ない面もあり、全員が希望を叶えるというのは難しいところです。介護保険施設なども充実させていく必要性があると強く感じています。患者さんが尊厳を持ってどう最期を迎えるのか。患者さんやご家族とともに考えることが大切です。

オンラインの利活用 新型コロナで見えた可能性

茂松 大阪では東京と比べ、新型コロナウイルス感染症の重症化例や高齢者施設でのクラスターが多く発生しています。家族内での感染など、家庭環境に一因があるとみていますが、療養型医療施設では感染対策も大変ではないですか?
南 まさに厳戒体制で臨んでいます。体調が悪い職員は出勤させず、家族への対策にも気を使っています。ご家族との面会も相当早くからガラス越しやリモートでお願いしています。
茂松 私の母親が高齢者施設に入所しているのですが、会わなくなると認知症が進行しているように感じます。コロナで面会できない今、ロコモやフレイルなども心配です。
南 認知症外来を他の勤務先で担当していますが、同感です。患者さんは楽しみが減ると元気もなくなってきます。それを見てご家族が心配し、外来で相談に来られるということが多いですね。
茂松 母は歌が好きで、発表の場がなくなってしょんぼりしています。美空ひばりさんが好きで、私も歌を習ったものです。
南 例年冬に流行するインフルエンザの感染者が少ない気がしています。
茂松 そうですね。手洗い・うがい・人混みを避けることで予防効果があることがあらためて実証されました。小児の感染症の報告も極端に減っています。
南 市民の衛生観念が向上したのは好ましいことです。
茂松 倫理を守る日本人の国民性でしょうか。
南 しかし、コロナ禍でITがこれほど有効活用できるとは思っていませんでした。
茂松 便利な一面もありますが、現在、オンライン診療の問題を懸念しています。初診からとなると、患者さんの情報も皆無ですし、厳しいと思っています。
南 私もそう思います。対面による肌感覚は情報として大きいですね。出版社とのやり取りでもオンラインの機会が増えましたが、今ひとつ踏み込めない部分もあります。一方、安定した状態の患者さんや問診などでITが活用できれば、診療の助けにもなります。
茂松 適切に活用できれば良いのですが、経済的な視点が加わると問題ですね。

人生の最終段階の迎え方 ACPで意思確認

阪本 南先生は、在宅医療をテーマにした小説も多く執筆されています。地域医療・在宅医療に対するお考えをお聞かせください。
南 自宅で最期を迎えたいということは誰もが望むことだと思います。好きなものや家族に囲まれ、その時を迎える。病院や施設でもそうした環境に近付けることが必要だと考えています。私はできれば、患者さんに人生の最期くらいは好きなことをしていただこうという方針です。
茂松 大事なことです。最期の時くらいは、自分の好きな生活スタイルで過ごしていただければ良いと思います。お酒、タバコが好きなら無理に禁止する必要もないでしょう。自分の人生、満足だったと思えるようにしてあげたい。可能であれば、ご自身が意思表示できるうちに人生の最終段階の希望を確認しておきたいですね。まあ元気過ぎると怒られますが。いずれにしても信頼関係が大事です。
南 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)ですね。胃瘻を例にとりますと、患者さん・ご家族、医療関係者で話し合って一旦中止にしたとします。でも、それは必ずしも動かせない方針ではないですよね。フレキシブルに対応できるんですよって伝えることが大切です。「ACPの機会を持ちました、ハイ終わり」ではなくて、日々の話し合いを続けていくことこそがACPなんだと思います。
茂松 話し合いの中で筋道が立てられていく。決めつける必要はない、本当にそうですね。患者さんの思いも日々変わりますから。

小説の中の現実 医師にも関心あるテーマ

阪本 先生の小説をいろいろ読ませていただきました。その中にはモンスターペイシェントの話もありました。小説は先生のご体験も含まれているのですか?
南 医師としてストレスを感じるとすれば、一生懸命治療に当たっていることが患者や家族に理解されないことや、価値観にズレがあるような時だと思います。研修医の頃、睡眠時間も削ってクタクタなのに、「先生は残業代いっぱいもらえていいね」というようなことを言われた時にはがっかりしました。作品はすべて自分自身の体験というわけではないですが、いろいろと調べたり見聞きするうちに、こうした問題は、「医師も関心が高いのではないか」と思うようになり、テーマに選びました。
茂松 医療訴訟を題材にした小説もご執筆されていましたね。良くしたいと懸命に治療しているのにマイナスに取られたり。難しいところです。
南 舞台で活躍する患者を医師が応援する物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』(2019年9月・講談社)では、主人公の医師が患者さんを励ますシーンがあり、その言葉のかけ方に思い悩む心情を描いています。ちなみに、主人公の兄は整形外科医で、男らしくさわやかなキーパーソン。私から見た整形外科の先生そのもののイメージです。
茂松 私も整形外科医です。好きなことを言っているだけですが(笑)。
阪本 『ブラックウェルに憧れて』(2020年7月・光文社)では、女性に不利な扱いがあった医学部不正入試問題にも触れておられます。
南 初めから入れるつもりではなかったのですが、女性医師特有の苦労を取り上げた題材で書き進めるうちに事件が発覚し、縦糸としてつなぐ形にしました。不思議な巡り合わせです。
茂松 現在、女性医師は本当に多くなりました。ライフステージについては男性医師の理解が必須で、「一緒に考える」ということが必要です。世界と比べると日本は女性医師が働きにくい環境だと思います。医師会が主導して環境を整えていくことが大事であり、行政とも協力しながら取り組んで参ります。
南 多くの女性医師のために、ぜひお願いしたいです。

国民の健康を守る医師会の存在を実感

阪本 診療、執筆活動、ご家庭と様々な役割をこなされています。ご苦労も多いのではないですか?
南 私の中では、すべてやりたくてしていることなので苦労は特に感じていません。もちろん時間に追われるという大変さはありますが、やらせてもらえていることへの感謝の気持ちの方が強いです。昨春、晴れて娘が研修医になったのですが、自分と同じ仕事を選んでくれたことは嬉しい限りです。結構いい加減な手抜き育児だったのですが、まっすぐ育ってくれて「結果良し」というところです。
茂松 スイスなどに居住されていたとのことですが、日本の医療との違いは感じられましたか?
南 スイスでは医療費が高く、気軽に受診できる雰囲気ではありませんでした。イギリスで日本人用のプライベートクリニックに勤務した時、大動脈解離を疑ってCTをオーダーしたところ、患者さんから「高額なので結構です」と言われたことがあります。
茂松 イギリスはGP(General Practitioner)制度で、すぐに次の検査に進めないこともあります。そう考えると、日本の国民皆保険制度は素晴らしいです。
南 本当にそうですね。
茂松 実は以前、新型コロナの感染者数が世界と比べて少ない日本で、医療崩壊が懸念されているのはなぜか、と聞かれたことがあります。日本は公的皆保険が整備されており、新型コロナも対応できてしまう。そういう土壌があったのではないかと答えました。医療も社会保障も余裕を持って構築しなければならないと思っています。
南 話が逸れてしまうかもしれませんが、コロナ禍で医師会の存在の大きさをあらためて認識しました。それまでは活動内容が見えにくかったのですが、今は前面に出て政府に発言していただいている。例えば、病院が「今は面会をご遠慮ください」と言った時、全国で多くの家族がそれに素直に従ってくれるのは、医師会がリスクを避けるようメッセージを発信しているからだと感じました。これからも医療制度や枠組みなどについて声を上げていただきたいと思います。
茂松 経済格差が健康格差につながると考えています。経済の低迷による健康格差を補うためにも医療・社会保障を手厚くすべきだと主張しています。医師会は、国民を守る団体であり、今後も活動を継続していかなければならないと強く思っています。

様々な可能性「夢のある在宅医療」期待

阪本 『いのちの停車場』では、老老介護、四肢麻痺のIT社長、小児がんの少女など、様々な事例が描かれています。そして、ラストシーンでは、脳卒中後疼痛に悩まされる実父の「これ以上生きたくない」という言葉に思い悩む主人公の苦悩がありました。医師としてもいろいろと考えさせられるシーンです。
南 ありがとうございます。IT社長の話で、再生医療の権威として登場させた人物がいるのですが、実は、大阪大学の澤芳樹先生をモデルにさせていただきました。
茂松 府医の澤副会長ですか?
南 はい。再生医療のフォーラムでお目にかかりました。澤先生は覚えておられないかもしれませんが、私はよく覚えています(笑)。作品の中では柿沢(かきざわ)芳城(よしき)という名前にしています。
茂松 IT社長のエピソードはすごく印象に残っています。在宅医療に最先端の医療を融合させるという斬新な発想でした。
南 小説が映画化される際に、東映ともお話しさせていただく中、昨年11月18日に急逝された岡田裕介・東映代表取締役グループ会長に「在宅医療だから何もできないのはおかしい。夢がなければダメだ」という助言をいただきました。私もハッとし、在宅で最先端の医療を行うということがあっても良いのではないかと思いました。
茂松 南先生の医師の視点で描かれたリアルな世界観は、本当に興味深いものばかりです。府医としても先生の作品を通して、在宅医療の普及・推進に努めていきたいという思いを強くしました。ますますのご活躍を祈念いたしますとともに、医師会にもご助言をいただければ幸いです。
南 大阪の医師会長との対談ということで緊張もありましたが、地域医療や在宅医療、女性医師の話題など、様々な分野で意見交換ができました。たいへん嬉しく思いますし、貴重な経験ができたと感謝しております。ありがとうございました。
茂松・阪本 ありがとうございました。

『いのちの停車場』南杏子 著

 東京の救命救急センターで働いていた、62歳の医師・白石咲和子は、あることの責任をとって退職し、故郷の金沢に戻り「まほろば診療所」で訪問診療医になる。これまで「命を助ける」現場で闘ってきた咲和子にとって、「命を送る」現場は戸惑うことばかり。咲和子はスタッフ達に支えられ、老老介護、四肢麻痺のIT社長、6歳の小児がんの少女……様々な現場を経験し、在宅医療を学んでいく。
 一方、家庭では、老いた父親が骨折の手術で入院し、誤嚥性肺炎、脳梗塞を経て、脳卒中後疼痛という激しい痛みに襲われ、「これ以上生きていたくない」と言うようになる。「積極的安楽死」という父の望みを叶えるべきなのか。咲和子は医師として、娘として、悩む。8万部突破『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』、連続ドラマ化『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』は著者の話題作。