TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

老化細胞をワクチンで除去する

府医ニュース

2020年9月30日 第2941号

 誰でもいくばくかの経験を積むと、上の世代のやり方に対して不平不満を抱くようになる。「彼らは古い! 古すぎる!」一方、上の世代は「最近の若い者はなってない!」という慣用句で対抗し、ここに〝世代間対立”が生まれる。だが恐るべきは、ついこの間まで「いつまでも旧態依然の人達に任せてはおけない!」と吠えていた自分が、いつのまにかその旧態依然の人達になっていることに気付かないという現実であろう。この人間社会の〝老VS若”の構造は細胞間においても存在するようだ。
 「細胞老化(cellular senescence)」の概念を初めて示したのは、米国のHayflick博士である。彼はヒトの皮膚から採取した線維芽細胞を培養すると、常に一定回数の細胞分裂を経た後に永久に分裂を停止し、なお細胞は生き永らえることを発見した(Exp Cell Res 25:585 1961)。
 現在では、細胞老化は、様々なストレスによるDNA損傷の蓄積によると考えられている。この細胞老化自体は必ずしも常に不都合な現象ではないが、老化細胞からは炎症性サイトカインなど様々な種類の生理活性物質が分泌され、周辺の細胞に悪影響を及ぼし(老化関連分泌現象)、慢性炎症や腫瘍の発生に関連する(Trends Cell Biol 28:436 2018)。となれば、この老化細胞を除去すると明るい未来が来ると考えるのは、あながち突飛な考え方ではあるまい。
 最近、大阪大学のグループは老化T細胞を抗体依存性細胞傷害により生体から除去するワクチンを開発したことを発表した (Nature Communications on line May 18 2020)。ある種の実験マウスは高脂肪食で飼育すると、耐糖能低下や脂肪組織での慢性炎症が生じ、この時、脂肪組織では老化T細胞が増加している。そこで老化T細胞を除去するようなワクチンを作成して投与することにより、高脂肪食で飼育しても血糖上昇が抑制され、脂肪組織の炎症も軽減されるという。一方、ヒトにおいても肥満者の内臓脂肪には老化T細胞が蓄積しているとする報告があり(Circulation 126:1301 2012)、将来ワクチンでメタボリック症候群の是正、ひいては老化の克服も夢ではない。
 遺憾ながらミミズクも若くはない。下手をすればワクチンの標的になりそうだ。だが〝舞台を降りる”覚悟もできているし、決別の辞も決めている。「Old doctors never die,they just fade away」。近似は否定しないが盗作ではない、とは年寄りの強弁であろうか。