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医師・医療関係者のみなさまへ

時事

新型コロナと感性

府医ニュース

2020年7月29日 第2935号

高度情報伝達への挑戦

 新型コロナは確かに怖い。この恐怖感が原動力となり、世界中で数々の社会的影響が生じている。新型コロナの死亡率は高いが、全体の肺炎死亡数を下げている現象は逆説的展開となっている。受診率が低下する現象を誰が予想し得たであろうか。新型コロナは生物学的影響よりも、人々の心理に間接的に働き、社会活動を混乱させるウイルスと言える。その悪影響のひとつに、情報伝達へのネガティブ効果がある。
 マスクが感染防止目的に重要なのは言うまでもない。その効用は口と鼻を隠すことによるが、呼吸器の保護は、口と鼻のもうひとつの機能である情報伝達機能を減弱させる。マスク着用で声が聞き取りにくくなることで聞き返す時間的無駄と、聞き間違いによる情報の質低下の影響が馬鹿にならない。更に顔の半分が隠された時、視覚による情報伝達機能が格段に落ちる。最近、読唇術で情報を読み取る聴力障害者のため、一部透明のマスクを米国の高校生が開発したという明るい話題があった。しかし聴力障害者でなくとも、鼻と口が相手の認識に重要な例は、日常診療で経験する。
 最近は患者のほとんどがマスクを着けており、そのまま診察室を後にする。顔半分は分からずじまいであるから、個人を特定しにくい。私の場合、疾患名は顔とともに記憶野に格納しているから、最近の診察は個人の特定に苦労する。顔を一瞬で認識する方が失礼がないし、診察中はカルテ入力に必死であるから、目をチラリと見る程度で、眉毛が剃り込んであるとか、睫毛が人造であるかも見ない。だから化粧法を変えるとか、髪型を変えて来られたら、もはや認識の術もないのである。
 顔認識は言語と同じように目と口を中心としたポイント構図で記憶する方法を本能的に会得しているから、今年になって新たな顔認識方法をやらざるを得ないことも付加的努力がいるし、個人の特定にあいまいさが残る。中国で顔面整形によりAI顔認識システムが判断できなかったニュースと重なるが、AIは顔を整形していなければ、マスクをかけていても認識する優れものだそうだから、その点では私の能力は劣っているのかもしれない。もはや目の前のマスクをかけた人物は、本人とは似て非なるもの、目と睫毛と眉だけで、別人として新たに認識し直さなければならない非常事態なのである。
 以上の話は、まだ2次元顔認識だけである。更に3次元から4次元顔認識となると話は複雑化する。3次元まではコンピュータで代用できる時代になったが、4次元の概念は今のところ聞かない。それは相手の表情の一挙一動を総合して、相手の心を探り合う術である。3次元認識はコンピュータに負けても、4次元認識では今のところ人間が勝つ。例えば何かの話の途中で、一瞬だけ鼻をヒクヒクさせたとしよう。この一瞬の行為だけで、相手は自分の話に乗り気であると判断することがある。もちろんその行為までには、会話や雰囲気からも察することはできるが、最後の決め手が鼻と口の動きであるというような状況は多々あるのだ。マスクはこのような高度情報伝達を阻害する。情感の情報量は顔認識の情報量よりもかなり多いと思われる。マスク着用により、伝えられない感情や体の状態がある。毎日悶々とし、間食して太った患者が外来では続出している。コロナ太りと言うと、皆自嘲的な目をするが、マスクが無ければ口の表情と合わせ、相手が冗談と認識しているのか、それとも馬鹿にされたと怒っているのか、瞬間的に相手の表情を読み取り、話題を変えることもあるのだが、目と眉の位置関係で相手の感情を判断せざるを得ないから、患者の目を見つめる時間分が白ける。夜の街やカラオケには、口や鼻は言うに及ばず、全身で意思疎通できる情報交換を求める人達が屯するのであろうが、こういう場所こそ新型コロナが大好きというのも、皮肉なものである。
 新型コロナが影響した社会事象として、リモート通話がある。ここではマスクをかけず相手の顔を画面で認識できるが、先ほどのカラオケではないが、体全体から伝わる言葉で言い表せない情報が、デジタル化によって劣化することは否めない。感性が判断を助ける我々の情報伝達機能を低下させるのである。リモート通話に4次元的な情報交換を期待したとしても、物には限界があることを認識するべきである。(晴)