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時事

1月末の難波駅情景

府医ニュース

2020年5月27日 第2929号

マスクは大阪を守ったのか

 武漢市が1月23日に封鎖された時、中国全土での新型コロナ患者の内訳は湖北省444名、その他127名であった。その翌日から中国では春節が始まり、民族大移動が始まった。中国からの団体渡航が禁止になった1月27日以前には、中国人観光客と思われる人々が、難波や梅田の薬局でマスクを大量購入する姿を多々見かけた。平常価格で1人5箱以上は禁止という掲示は、今から考えればとても大盤振る舞いである。日本人が買う光景はそれほど見かけないのに外国人が大量のマスクを土産に買う異様さは、何かとんでもないことが起こっている感があった。また私が観察した範囲内ではあるが、この頃、関空到着後に南海難波駅から地下鉄御堂筋線に乗る中国人観光客と思われる人々のほとんどはマスクを着用していたと思う。それはマスク好きの日本人の眼が厳しかったことも理由のひとつと思われるが、日本でも1月26日の段階で4名の患者が発生していたため、自ら予防策を取った可能性はある。また日本国内ではマスク着用という通達が出ていたのかもしれない。しかしこの時、日本でマスクを買うことができたにもかかわらず、欧米からの観光客のほとんどは、地下鉄内ではマスクを着けていなかった。
 当時の日本人の常識では、新型コロナ感染には咳嗽が発生することから、集団の中の不特定の患者が発する飛沫をマスクで防ぐのは自然であった。しかし欧米では、マスクにウイルス阻止機能がないのであれば装着の意義は少ないという結論に達していた。またウイルス感染防御の定性的議論のみで、定量性を云々する意見もなかった。マスクで顔を隠すことに対する抵抗感はもちろん、マスクが品薄であったことも一因だと思われる。
 1月27日、私はマスク入手が困難になるのではと不安になり、通信販売でマスクを注文しようとしたが、その時には既に白色マスクの欠品が発生していた。同日、湖北省1423名、その他1321名の患者が報告されている。2月になり、まともな値段でのマスク購入は不可能になっていた。この値段の上昇は日本人がどれだけマスクを渇望していたかというバロメーターであるが、それでも欧米からの観光客は、地下鉄内でマスクを着けていなかったと思う。
 中国からの団体渡航が禁止されてから2週間後の2月9日には、湖北省2万7100名、その他1万98名で約14倍となり、日本でも26名に増加した。この時、イタリアでは3名、米国では11名が報告されていたが、2月22日頃よりイタリアや米国ではアウトブレイクが起き、中国と比べ約1カ月程度の遅れがあった。
 4月13日、The National Bureau of Economic Researchから発行された『The Subway Seeded the Massive Coronavirus Epidemic in New York City』では、3月に対数的増加を示した新型コロナ患者の分布が地下鉄沿線に一致していることを証明しているが、中国と欧米のアウトブレイクに挟まれた期間に、同様の現象が地下鉄御堂筋線では確認されていない。日本政府観光局が発表した2月の中国からの観光客は、前年度比マイナス87.9%の8万7200人であった。少なくなったとはいえ、これだけの中国人観光客が来日してアウトブレイクが起こらなかったことが不思議である。
 4月27日、国立感染症研究所より発表された4月16日現在におけるゲノム分子疫学調査によれば、現在の日本における新型コロナウイルスはヨーロッパ由来の第2波であり、中国由来の第1波の封じ込めが成功しているそうである。ヨーロッパへ伝播したウイルス株の第2波と中国由来の第1波は、どちらもアウトブレイクを起こしているので感染性に大きな差があるとは思えない。2月29日までにWHOは、予防目的にマスクは必要がないとのコメントをしたが、比較的マスクが手に入りやすかったアジアで、WHOの声明を信用した人々がどれだけいたかである。
 声明から約1カ月後の3月26日、JAMAに『Turbulent Gas Clouds and Respiratory Pathogen Emissions』が掲載され、4月1日のThe Network Timesには『How to Sew a Fabric Face Mask』という記事が載った。米国CDCは4月3日、布マスクの効果を認めた。諸外国から多数の人々が訪問する難波で、日本人のマスク好き文化への外国人の対応の違いを明確に観察することができた。マスク着用が大阪を守ったかどうかに関しての科学的結論は、今後の研究成果を待たねばならないが、運命の分かれ目は、何時でも一瞬に通り過ぎるものである。(晴)