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ルイセンコの悲劇

府医ニュース

2019年2月27日 第2884号

 旧ソビエトにルイセンコという生物学者がいた。秋撒き小麦の種子を湿らせて冷蔵しておくと春撒き小麦になること(春化)から、彼はそれを、厳しい「環境」によって秋撒き小麦が春撒き小麦の形質を獲得したとした(獲得形質遺伝)。人為的に行う春化処理自体は現在も行われている方法であるが、当時、多くの科学者達がそんなルイセンコの様々な学説を否定した。なぜなら、彼の主張が科学的なものではなく、マルクス主義という思想が基礎にあったからだ。しかし、スターリンはじめソビエトの政治中枢は「共産主義的である」とルイセンコを支持した。彼の学説に反対する常識的な科学者達は排斥され、ルイセンコは党内で権力を獲得した。ソ連国家は学問的には無能であった彼に農業政策を任せたのだが、思想ありきで考えられた政策のためソ連全土で農地は荒廃してしまった。この失敗を、農民達が「反マルクス的」「ブルジョア的」だったからだとし、多くの農民が収容所送りとなった。農業を科学ではなく思想で考える人間が重宝された結果が引き起こした悲劇である。
 今、我が国を見ると、合理的、経済効率的という理由で、医療や教育、農業をはじめ、様々な分野(社会的共通資本)で経済効率性が求められている。メンデル遺伝学(科学)を共産主義的ではないと否定したルイセンコと、我が国の社会的共通資本を経済効率(新自由主義)的ではないと改革を望む人との間に違いはあるのだろうか。平等と自由という方向性に違いはあれ、私には、どちらもイデオロギーが実学を支配する構図に見えてしまう。ケインズは言った、「遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ、危険なものは既得権益ではなく思想である」と。新自由主義も共産主義も既得権益を倒せと言うが、私にはこの2つの思想が同じものに見えて仕方がない。昨今話題となる改竄事件が、政策スローガンを成功させねばならないという一部の者の考えに忖度して起きてはいないかと心配になっている。
(真)