TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

本日休診

銭湯の灯り

府医ニュース

2018年11月21日 第2874号

 私が医師になって数年後、母校の附属病院内科に勤務していた時のことです。
 私の受け持ちだった高齢の患者さんが、救急搬送されて来てICUに入りました。当時はICU専属の医師はおらず、ICUに入った患者さんは、元からの主治医が24時間体制で診ることが慣例となっていました。つまり、毎日泊まり込みです。規定外なので当直料は出ませんでした。
 当時私の子ども達は、二人とも就学前でした。家が遠いので合間にちょっと帰ることもできませんでした。あまりにも必死だったので、日々がどう過ぎていったのかよく覚えていませんが、実母、義母、夫で何とかやってくれていたのだと思います。
 入浴ができないので、手術室勤務の看護師用のシャワーがあると聞きつけて使いたいと思いましたが、医師は使ってはいけないことになっていました。確か女性医師専用の当直室はできたばかりだったと思います。それがなかったら、病棟の当直室は本来の当直医が使っており、私には寝るところがなかったはずです。
 さすがに全く家に帰らないわけには行かず、何人かの後輩に替わってもらって何回か帰りました。分ける当直料はなく、折しもバレンタインデーの頃だったので、チョコレートを配りました。
 ある晩抜け出して、病院の近くの古くからの街並みが残っている地区にあった昔ながらの銭湯に行きました。暗がりの中にぼうっと銭湯の灯りがともっていました。それが必死だった日々の中のともしびのように記憶に残っています。寒くて帰りに湯冷めしましたが。
 何日続いたのか覚えていませんが、その患者さんが亡くなって、泊まり込みの日々は終わりました。「労働基準法があるのに」と実母がつぶやきました。(瞳)