TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

恐るべし"睡眠負債"

府医ニュース

2018年8月29日 第2866号

――たった一夜の徹夜でAβが…

 なんだ、なんだ! もう借金などないと思っていたのに、どういうことだ! 温厚無比のミミズクを怒らせているのは、昨年の流行語大賞ベスト10にもノミネートされた"睡眠負債"のことである。この負債、○○法律事務所に相談しても始まらない。着手金無料と言われてもどうにもならない。
 確かに睡眠時間・睡眠の質は重要であろう。現代人の多くが慢性の睡眠不足を来していて、これが積み重なると免疫、神経内分泌や血管系の失調を引き起こして、糖尿病、心血管病、事故などのリスクが上昇する(Sleep Medicine Reviews 35:85,2017)。これが"睡眠負債"である。
 また、更にやっかいなことに、睡眠負債はアルツハイマー型認知症の発症や進展に関係している可能性があるらしい。ヒトの遺伝子に"惰眠をむさぼる"というプログラムがあるとは思えないので、睡眠には重要な生理的機能があるに違いない。米国のグループはマウスで脳には脳内で生じた"ゴミ" を睡眠中に排出する機能があることを報告した(Science 342:373,2013)。もしこれがヒトでも同様だとしたら、睡眠不足によって脳内のゴミであるアミロイドβ(Aβ)やリン酸化されたタウタンパク質の除去がうまくいかない可能性もあり、そうなれば睡眠負債は認知症の一因になり得る。
 医師は仕事柄、睡眠時間を常に確保できるとは限らない。「慢性の睡眠不足はダメだろうけど、一晩くらいは仕方ないよね~」と思われる方もあるかも知れない。だが最近のNIHの研究は「それは甘い!」と告げている(PNAS 115:4483,2018)。
 この研究、20人を対象に18Fでラベルしたflorbetabenを用いて脳内のAβ分布をPETで可視化している。そして通常の睡眠後と徹夜後を比較すると、なんと一晩徹夜するだけでほぼ全員にアルツハイマー病の病変部である海馬、海馬傍回、視床でAβの蓄積が認められた。以前、11Cを用いたPET検査で、自覚的な睡眠評価が低い高齢者ではAβが増加していたとする研究(JAMA Neurol 70:1537,2013)も報告されていたが、今回は睡眠阻害とAβとの関係がより直接的に示されたと言える。
 もはやミミズクは徹夜と縁遠くなって久しいが、若かりし頃の睡眠負債は返済した覚えはなく、愕然とせざるを得ない。このままAβが蓄積していくと、そのうちこの睡眠負債のことも忘れてしまいそうな気がする……。それが一番怖い。