TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

新春随想

郡市区等医師会長

府医ニュース

2026年1月21日 第3132号

 本紙恒例の郡市区等医師会長による「新春随想」。医療界に限らず、幅広いテーマでご執筆をお願いし、11人の先生から玉稿をいただきました。(順不同/敬称略)

生かされて生きる
旭区医師会長 木野 稔

 2025年問題が過ぎ、次は85歳以上の人口が増加する2040年へ向けて、医療と介護の複合ニーズへの対応に問題は移っている。私はALS(筋萎縮性側索硬化症)で気管切開を受け、在宅療養が1年あまり経った。訪問医療、介護のお世話になる毎日である。直径数㍉の気管チューブを通じて呼吸器で生かされているのを奇跡的だと思っている。人間誰しも、生かされて生きているのだが、身体が自由に動いている時には感じてもいなかった毎回の呼吸の営み、介助者に手や背中をさすってもらう感触に喜びと生きている実感が湧き出る。医者が患者・利用者の立場になって、遅まきながら我が国の充実した在宅医療と介護体制に感謝している。ところが、最近は病院や在宅医療でのクレームやカスタマーハラスメントが増えているらしく嘆かわしい。私は、公益財団法人モラロジー道徳教育財団の創設者である廣池千九郎博士が百年前に唱えた次の「病床十訓」を心に刻んでいる。
一、病床は修養の道場であることを悟る
二、焦燥不平不満および反抗心は病気を重くする
三、剛情、我慢、負け惜しみ、頑固はもちろん、神経質に悲観してくよくすることも病気を重くする
四、一切の病気のことは神様にゆだねる心になり総て医師にお任せする心でいること
五、病気は過去の不徳の償いである、静かに喜びて病気に安住すること
六、人の欠点短所を許す心が自分の不徳の許されることになることを知ること
七、食事は神様の賜物、皆様の誠の結晶と考え少量でも感謝のうちにいただくことにすること
八、看護とかお世話を願う人々に只只結構有難いという心で接すること
九、素直な温かい心、柔らかい優しい心が病気を自然に治癒してくれることを知ること
十、常に全快すればご恩法じに世の中のためにつくさしていただくことを誓いつつ安らかに養生していること
 右の心を堅持しつつ養生すれば薬の力も滋養物も科学の力も倍増して必ず改善する
 右朝夕反復熟読せられたし

古希と「Back to the Future」――1955年への思い
東淀川区医師会長 辻 正純

 2025年私は古希を迎えた。還暦・古希は中学や高校の同窓会が開催されることが多い。還暦同窓会は何となく華やいだ雰囲気はあるが、古希同窓会ともなると安否確認の意味合いが強くなる。この10年で親しい友人も何人かは鬼籍に入り、特にコロナ禍があったせいか再会を喜び合う光景があちこちで見られた。今では70歳は決して珍しくはないが、やはり感慨深いものがある。
 戦後まだ10年しか経っていない1955年、まだまだ戦争の傷跡が残っているものの、世間はようやく復興に向かって動き出した頃に私は生まれた。子どもの頃の遊び場は淀川河川敷。「爆弾池」と呼ばれる爆弾投下の跡があり、高い建物もなく、赤川鉄橋からは城北公園の向こうに大阪城が見えていた。生成AIによると1955年生まれは、「戦争を知らずに生まれ、東西冷戦と成長の時代を生き抜いた最初の世代」らしい。確かに1964年の東京オリンピックや、1970年の万国博覧会の開催は平和を感じるとともに、東西の緊張感が漂っていた記憶がある。2度目の東京オリンピックや大阪・関西万博を経験はしたものの、年を重ねるということはこういうことかと隔世の感を禁じ得なかった。
 さて、「Back to the Future」は1985年に公開された映画である。1985年に生きる主人公のマーティがタイムスリップしたのは1955年11月5日。なんと私が生まれた日だ。彼の両親が出会い、恋をし、人生が動き出す年。つまりここは、マーティが生まれるかどうか、家族の形がどうなるか、30年後の未来である1985年がどんな世界になるか、そのすべての分岐点になる年だった。ストーリーはともかく、私にとって「Back to the Future」は1955年の香りを運んでくれる。フィクションの世界であっても、舞台はカリフォルニアであっても、私だけの密かな〝Back to the Birthday〟なのだ。
 杜甫の詩では「人生七十 古来稀なり」の後に「花の中を蝶が深く舞い、水面には蜻蛉がゆったりと飛ぶ。この美しい風景よ、ともに移ろいゆくのだから、いましばらくは楽しもうではないか」と続く。
 70年、短いようで長い、長いようで短い。いろんな分岐点はあっただろうがそれは過去のこと。〝Go to the Future!!〟。さぁ、デロリアンに乗って新たな分岐点へスタート!と思った瞬間、左膝がコキッと鳴った。

医療受難の時代
泉大津市医師会長 武本 優次

 医療者となり、30年以上経過しました。医療に対して、これほど閉塞感を感じたことは今までありませんでした。財政を理由に、財政制度等審議会からの圧力もあり、医療機関の経営状況は少なからず圧迫され、医療機関としてやらなければいけない書類、電子機器などの対応、電子機器導入後のハッキング対策、設備投資です。医療の最新知識の導入、高度化への対応、新たな医療制度への対応、とてもついていくだけで精一杯です。
 この中で医療機関は、利益を上げていると中傷めいた資料の提出に日本医師会も怒りを隠せず、定例会見で反論しています。新春なのに、少しも明るい気持ちになれず、恣意的な財政主導に振り回され、今後、さらに困窮することがないように願いたいものです。願うだけではダメで医療者として、普段の患者さんの気持ちをしっかりとつかんで、この実態を分かっていただき、理解して、一緒に対抗していただける取り組みが必要であると感じます。

金を産む鶏
大阪狭山市医師会長 芝元 啓治

 改めて新春おめでとうございます。各地区医師会でも会報を発行されていることと思われます。当医師会では会報の表紙に季節の草花などを載せており、令和7年10月号の表紙は「葛の花」でした。開発された空地や山間に茂り広がり土地を占領していく繁殖力は凄まじいです。花房の上下は逆ですが、葛の花は藤の花に似ており、両者ともマメ科だそうですが棚なす藤の幹は太くなり登れそうでもあります。そしてマメが空高く生い茂る様子で寓話『ジャックと豆の木』を想起されます。
 内容に変化はあるものの、入手した魔法の種が巨木となり、ジャックが登ると雲の上に巨人が住んでおり、ジャックが金の卵と喋るハープを盗み巨人に追いかけられ、豆の木を切ると巨人が墜落し死亡、すると鶏とハープは消えて無くなった。何か、民衆と日本国や大企業の上層部の構図、そして国際的機関のありようを連想します。SNS等の発展で、国家権力や既成マスコミが我々の視界より遠ざけてきた国(政治屋官僚機構)企業集団が利益独占共同体であること(一般消費税も一例)を我々が知る環境が出現しました。
 寓話で巨人の手にあった金を産む鶏は「日々働き続ける我々日本国民」ではないでしょうか。そして我々には報酬少なく雲の上で多くが分配されており、予算が無い国債利払いに必要だと言い逃れながら、大企業や外国人には大盤振る舞いです(外国の民間財団のワクチン接種事業へ812億円拠出等)。早く金の鶏を我々に取り戻さないと、すでに衰弱した鶏も息絶えます。
 令和8年度の診療報酬改定への注視を怠れません。我々医療機関が存続できる改定であり、患者負担軽減も必要であります。財務省は情報操作で病院と診療所の分断を図り、法人診療所と個人診療所との分断も図っています。過去、診療科間での分断操作の例が幾度かありました。我々は分断されてはなりません。金を産む鶏が我々国民の手元に戻れば、日本国は元気を取り戻し幸福と安心が戻るはずです。

初夢2026「大阪市役所医師会MVP報告」
大阪市役所医師会長 細井 雅之

 2025年はアメリカ大リーグの大谷翔平選手が3年連続4回目のMVPを獲得されました。大阪市役所医師会でも2022年よりMVPを作っています。これは、Most Valuable PlayerのMVPではなく、Medical Valuable Personとし、臨床、研究、実地活動、後継者の指導に寄与した医師会員を顕彰する「いいね制度」として、働き甲斐のある職場づくりを目指したいと思って制定しました。
 現在、大阪市役所医師会は、総合医療センター、十三市民病院、住之江診療所、大阪市人事室、こども青少年局、健康局保健所、教育委員会、こころの健康センター、心身障がい者リハビリテーションセンター、弘済院附属病院などに全589人の会員がいます。全会員からの推薦を集め、選考委員会で投票をして2025年のMVPを以下のように決定しました。
 追記、このようにして医師会活動をみんなに知ってもらおうと思って4年目になります。ところが、11月に行った大阪府医師会認知度アンケートの回収率は8.7%と、府医の中で最低でした。今年は、初夢でもうなされそうな心配が残っています。

第3回 MVP 2024年度
専攻医/レジデント/シニアレジデント部門
長嶋 大輔 先生
 総合医療センター消化器外科

病院部門スタッフ
坂田 侑平 先生
 総合医療センター消化器内科

行政部門スタッフ
小向 潤 先生
 大阪市健康局保健所感染症対策課

スタッフチーム部門
Diabetes Control Team
 総合医療センターDCT

「新春随想」番外編2
大正区医師会長 樫原 秀一

 「新春随想読んだよ」と先生方から声をかけていただくことがあり、嬉しかったです。今回で最終稿となります。
 昨年夏に何も計画しないで山形に遊びに行きました。伊丹空港から約60分で「おいしい山形空港」に到着し、レンタカーで次女が希望する秋保(あきう)大滝へ向かいました。落差55㍍・幅6㍍の直瀑で「日本三大名瀑」の一つとも称されるこの滝は迫力と癒しを兼ね備え、良いリフレッシュになりました。
 山形に戻る途中で見つけた宮城峡蒸溜所はニッカウヰスキーの第二蒸溜所で、1969年に創業者・竹鶴政孝が選んだ仙台市青葉区の緑豊かな峡谷に建てられ、余市蒸溜所と並び日本を代表するウイスキー蒸溜所の一つです。広瀬川と新川に囲まれた自然豊かな環境と湿潤な空気が熟成に適しており、モルトウイスキーとグレーンウイスキーの両方を製造している世界的にも珍しい蒸溜所です。ハンドルを妻に任せて所内で試飲しました。余市が「男性的」と評されるのに対し、宮城峡は「女性的」で華やか、フルーティーと言われるのですが…違いは分かりませんが美味しかったです。上山温泉に向かう途中、ジンギスカンを食しました。山形のジンギスカンは発祥の地とされるほど有名で、疲労回復、脂肪燃焼にも良いとされる柔らかく旨味のある羊肉と美味しい焼き野菜を楽しみました。
 毎年蔵王でお世話になっているたかみやグループの上山温泉老舗旅館に泊まりました。総平屋造りで源泉かけ流しの温泉と、敷地内で採れる野菜や米を中心に蔵王牛など地元食材を生かした料理と地酒は絶品でした。館内の静けさに癒されて熟睡し翌朝もしっかり朝食をいただいて蔵王の御釜に行きました。御釜は蔵王連峰の象徴的な火口湖(湖水は強酸性)です。エメラルドグリーンの湖面が季節や天候により色を変える神秘的なスポットに圧倒されました。
 山形は「そば王国」と呼ばれるほどそば文化が盛んで、帰る前に女将さんから薦められた庄司屋に寄りました。大きな板に盛り付けられる板そばと鶏出汁のきいたスープにコシのあるそばを合わせた肉そばと地酒に舌鼓を打ちました。空港に向かう途中の酒屋さんで地酒を購入して行き当たりばったりの旅・夏の山形を満喫しました。みなさん、無計画の旅も気楽で楽しいですよ。

布石を打つ
貝塚市医師会長 川﨑 康寛

 新春あけましておめでとうございます。
 昨年は大リーグでドジャースが2年連続でチャンピオンとなりました。NHKも民放各社もニュースのスポーツコーナーでは、連日日本のプロ野球よりもほかのスポーツより何より大谷翔平選手を取り上げていました。大谷選手を応援する気は大いにありますが、いささか食傷気味になりました。そんなスポーツ報道の中に思いのほか将棋や囲碁から由来する言葉が多いことに気付きました。「シリーズ制覇に王手をかけた」「チームの主軸の2人がけがで離脱して、まさに飛車角落ち」「ダメ押しのスリーランホームラン」などもはや将棋や囲碁のルールを知らない人でも普通に使っているようです。
 「王手をかける」と言えば、将棋で相手の玉を詰みに追い込む直前の緊迫した局面を指しますが、野球で使われる時は、優勝や勝利まであと一歩という状況を表しています。「飛車角落ち」は、将棋で対戦者同士の実力が大きく離れている時に強い方が自らの強力な駒を減らして弱い方に合わせるハンディキャップ戦のことです。このあたりはまだご存じでしょうが、「ダメ押し」は囲碁由来ですので元の意味をご存じないかもしれません。そもそも囲碁での「ダメ」とは白と黒の石の境界にあって、どちらの陣地にもならない空白の領域のことです。それで「ダメ押し」の語源は、囲碁の終局後にその「ダメ」という領域に石を置いて、勝敗の確定と陣地を分かりやすくするための作業からきています。この行為が転じて、すでに勝負が決まっている状況で、さらに勝負を確実にするために念を入れることを指すようになりました。アナウンサーでもそんなことまで知っていて話しているのでしょうか。
 現在、病院・診療所にかかわらず医業経営は苦境にあります。地域医療を守るため、そして自分や職員の生活を守るため、「詰んで」しまわぬように「一手先を読み」、次への「布石を打つ」ことを考えたいものです。

丙 午
吹田市医師会長 御前 治

 新年あけましておめでとうございます。
 さて今年の干支は丙午です。前回は昭和41年でしたが、丙午生まれの女性は気性が荒く嫁ぎ先に災いをもたらすという迷信のため、年間出生数が前年比で25%減少しました。人口ピラミッドを見ても、今年還暦を迎える人達が異様に少ないのが分かります。令和6年我が国の出生数は当初の70万人予想をさらに下回り68万6千人でした。60年前と同じ現象が起これば、実に50万人になってしまいます。昭和40年代後半の第2次ベビーブーム時は年間200万人前後でしたので、その減少率がお分かりになると思います。丙午の影響だけではなく、少子化傾向はますます加速してきています。総人口はすでに減少し始めており、年代別人口では高齢化が進み生産年齢人口割合は減少の一途をたどっています。
 出生数が減少することはまず産科、小児科の対象層の人数、件数が減ることになります。そしてやがて全人口が減少するため、ほかの診療科でも対象者が減っていきます。患者数の増加が考えられるのは認知症ぐらいでしょうか。患者数が減ったから、その分だけ施設数、医療従事者数を減らしてしまえば良いというものではありません。そのようなことをすると地域医療が崩壊しかねません。すでに需要減少が大きな地域で産科、小児科病棟を閉鎖するところが出てきています。他科でも今後、医療機関の閉鎖、統合が進む可能性があります。
 人口減少は医療体制にも重大な影響を与えます。高齢化もさることながら医療の担い手自体の減少も考えなければなりません。医療を止めるわけにはいきません。国民皆保険制度の枠組みを維持しつつ持続可能な医療体制を構築する必要があると思います。自身は現在分娩を取り扱っていない産婦人科医のつぶやきです。

誰もが入りたくなる医師会を目指す
浪速区医師会長 久保田 泰弘

 浪速区医師会長になり、早くも2年目の新春を迎えることになりました。就任後、すぐに理事全員にモバイルPC端末を配り、理事会はウェブ併用のハイブリッド開催に移行しました。各種委員会の連絡網は、すべてメーリングリストからLINE WORKSに移行しました。会員向け発信は、Googleグループで配信しています。浪速区医師会では16年前からITに力を入れてきました。
 昨今、厚生労働省による医療DXとして、電子化が急速に進められていることもあり、当会でアンケートを取った結果、現状の厚労省医療DXに7割強の先生方が何らかの不満や不安を持っていることが判明しました。そこで当会では全会員向けにスマホで電子カルテ無しで、会員のネットワークを創設し、それによって将来の3文書6情報にも対応させ、しかも共通の患者の連携をチャット形式で可能にするシステムを構築することにしました。
 現在まで当会では、救急対応システムとしての「ブルーカード」、多職種連携システムとしての「Aケアカード」を運用してきましたが、今回は全会員用の連携システムです。当会のような規模の小さい医師会では経費を支出するのは困難です。そこで令和7年10月29日より58日間のトライアルでクラウドファンディングをすることにしました。その後、会員や支援者の協力で開始20日目で目標額1千万円に到達しました。
 そして昨年、もう一つ力を注いだのが「地域医療の明日を考える会」。今の医療体制を少しでも良い方向に舵取りできるように、厚労省に影響力のある国会議員などを講演者として招き、我々の考えを伝え討論する会です。昨年は6月に高市早苗議員を、11月に横山英幸氏を迎え講演会を実施しました。自民党、日本維新の会が与党になった今、我々は少しでも彼らの医療に対する今後の考え方に注力し、危ない方向に行かないように、協議する必要があると考えています。今、医師会は大きな転換期に来ているように感じます。
 権利を主張する医師会ではなく、誰もが入りたくなるような医師会を目指そうと思います。

豊中から…翼を休める2つの公園
豊中市医師会長 辻 毅嗣

 2026年午年の新春を迎えました。先生方の皆様はいかがお過ごしでしょうか。年始からお仕事に励まれている方もいれば、ひと息つかれてゆっくり過ごされている方もおられると思います。豊中市医師会から西に車で15分ほどの所に空港がございます。ここから旅に出られた方もおられたことでしょう。
 昨夏、空路で隠岐島にまいる機会がございました。後鳥羽上皇や後醍醐天皇の流刑の地なのですが、今ではわずか50分の飛行で到着できます。島は国立公園でありユネスコの世界ジオパークにも認定され、島根半島の沖合約80キロメートルにあります。海岸沿いから急峻に緑深い山に至る地形は美しく、険しく、気高い雰囲気が満ちて神々しさを感じました。古来より水源が豊富だったため稲作が盛んで牡蠣やカニなどの海の幸、隠岐牛など食の魅力にも恵まれております。後醍醐天皇が流刑後わずか1年で島を脱出し鎌倉幕府を倒せたのは、この地の豊かな恵みにより癒されたお陰と感じました。島のありようは現代の効率を好む社会からすれば対極の魅力とも映り、また訪れたい場所となりました。
 次に昨年8月12日、先述の空港近くに飛行機の着陸を間近で見ることのできる新しい施設(豊中つばさ公園『ma-zika』)が一部開園しました。着陸間近の高度の低い機体が迫り、乗客の顔が見えるのではと思える程近くを通過するスピード感に圧倒される場所です。飛行機の発展や安全運行に携われている方々の思いも想像し童心に帰って機体を眺め続けるとつい時間を忘れてしまいます。来年3月にはドッグランやバーベキュー場も整備される予定で豊中市の新しい魅力として今から楽しみにしています。さて、どちらの地も忙しい日常で積み重なった疲れをほぐしてくれる所と感じます。皆様も機会があれば一度訪れてみてはいかがでしょうか?

地域とともに歩む医療
西区医師会長 内藤 方克

 新春あけましておめでとうございます。大阪市西区医師会長の内藤方克でございます。大阪府医師会の皆様には、平素より格別のご指導とご高配を賜り、心よりお礼申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 昨秋、有馬の山道を歩いた折、凛と透き通る空気の中で、山々が深い緋色に染まり、静かな風が谷を渡っておりました。葉を落とした木々がその奥に確かな息吹を宿す姿は、私達が日々向き合う地域医療の営みと重なるものでございます。再生を信じて支える力──その原点をふと呼び覚まされた思いがいたしました。
 11月2日には、西区恒例の「区民まつり」が三村浩也区長をはじめ、行政の皆様の中心的なお力添えの下、盛大に開催されました。地域の活力が見事に結集した素晴らしい催しであり、私ども医師会も健康相談などを通じて一端を担わせていただきましたこと、心よりありがたく存じます。行政の皆様の温かいご支援に、あらためて深甚なる感謝を申し上げます。
 新たな年を迎え、地域医療にはこれまで以上に多様な連携と対話が求められます。▽救急▽在宅▽予防▽生活支援──そのどれもが地域の安心を支える基盤であり、医師会という縁の下の力を必要とする場面ばかりでございます。道は平坦ではございませんが、会員の先生方とともに、一つひとつを丁寧に進めてまいりたいと存じます。
 冬の朝、冷たい空に差し込む一筋の光のように、医療もまた静かな場面にあって希望の灯を絶やさぬ存在でありたい──その思いを胸に、本年も西区医師会は謙虚に、誠実に取り組んでまいります。
 引き続きのご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。