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医師・医療関係者のみなさまへ

年末恒例

本紙編集委員会委員が振り返る2025重大トピックス

府医ニュース

2025年12月31日 第3130号

翻弄される医療制度

 11月に来年の診療報酬改定に向けた財政制度等審議会・財政制度分科会の内容が大手紙に掲載された。俎上に上がったのは病院と診療所の利益率の格差である。病院の利益率0.1%、無床診療所のそれは6.4%という数字上の違いを基に病院に手厚く、診療所にはそれなりにとの意見が大勢を占めているという。メリハリをつけてそれなりにとは、それなりに厳しくせよということのようだ。発表された数字を無思慮に見出しとして掲載するメディアにも呆れるが、病院と診療所の利益率を規模の違いを無視して比較する手法は平等ではない。一般経済と違い特殊な用件が加わる医療という世界にどれほどの見識を備えた人物が委員として議論を行っているのか。また、医療に従事しているものは参加しているのか。数字で物言う人達が机上で空論を行っているとは考えたくないのだが、上意下達の統制医療制度だから気楽に数字を解釈しているのではあるまいか。診療所はすっかり悪者にされてしまっている。数字が重要なことは十分承知しているが、医療は数字で測れるほど単純な世界ではない。
 小筆はかつて市民病院で唯一24時間救急に対応し、夜間の緊急手術などを積極的にこなす画期的な病院に勤務していたが、毎年の決算では必ず市からの補填がなされており、病院とりわけ救急医療の採算が黒字になることは難しいのだと知った。理想の医療は金がかかる。現医療制度において病院経営が火の車であることを同業の私達は十分理解しているが、開業医もまた勤務医時代のような後ろ盾もなく、医療に加え経営という新たな業務が加わり、資格や経験を要する職員を確保し、自らの家族も含めその生活を成り立たせるなどすべての責務を背負って頑張っているのが実情で、余裕などあるわけもなく青息吐息なのだ。財務省は、とにかく診療所(狙いは法人より個人開業医)の収入を減らせと居丈高に発信しているが、本来医療行政の元締めである厚生労働省からの発信はない。これは一体なぜ?
 分かっていて敢えて非現実的な数字を基に医療界の経済基盤を揺さぶる作戦なら質が悪い。かつての医療を取り巻いていた甘い環境を否定はしないが、それらが是正された今日、頑張っている大半の小規模医療機関を追い詰めるような改悪は我が国の医療体制の崩壊につながりかねず、慎むべきであろう。落ち目の個人開業医である小筆の思いは、「医療は数式どおりに割り切って良しとされるものではない。病院の経済財政支援を優先的かつ重点的に実施すべきは当然のこと。そして多くの真面目な開業医がもがきながら医療の底辺を支えている現実にも目を向けるべきだ!」。(禾)

「らっふぃ~」活動開始!!

 昨年、大阪府医師会のイメージキャラクターとして、「らっふぃ~」が誕生したことを報告しました。今更ですが、動物のラッコをモチーフにしています。府医の職員に命名を募集したところ、「ラッコ」と「府医」を融合した、「らっふぃ~」をご提案いただき、この1年ですっかりなじんでいます。
 今年度は、その著作権について、専門の弁護士に依頼し、契約を済ませました。今後、様々なところで「らっふぃ~」を登場させ、ノベルティグッズも作成していきます。そのため、現在商標登録も申請していますが、「ぬいぐるみ」については、すでにテレビ北海道のマスコットキャラクター「らっぴぃ」が登録済みのため、名称の登録は難しいとのことです。
 さらに「らっふぃ~」の様々なポーズを一般から募集し、多くの方々から素敵なご提案をいただきました。どれも素晴らしくて、デザイナーを選ぶのが困難でしたが一人に決定し、20ポーズを作成していただきました。「らっふぃ~」の誕生から一年が過ぎ、喜怒哀楽の表情で話し、ポーズを決めてくれます。命が吹き込まれたように生き生きしています。楽しみにしていてください。(平)

高額療養費制度の在り方に関する専門委員会開催中

 「高額療養費制度」の見直しは令和7年1月23日に第192回社会保障審議会医療保険部会において方針が示された(本紙第3100号〈7年2月26日付〉にて報告)。しかし、自己負担を引き上げる政府案は患者団体等の意見を聞かず、見直しの方向性を医療保険部会の中で議論したのみで、具体的な金額を含む設計等は、国と政府が決定したものであった。その後、政府・与党が負担増軽減の協議を始め、2月14日には厚生労働大臣が「多数回該当」の限度額引き上げを見送るとし、3月7日に石破茂総理大臣(当時)が制度見直しの実施見合わせを表明した。
 厚労省は5月26日に第1回「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会(以下、専門委員会)」を開催し、「丁寧」な議論が開始された。長期療養をしている患者団体の意見を聞く機会が無かったという反省点に立ち、全国がん患者団体連合会理事長や日本難病・疾病団体協議会代表理事の委員の発言から議事が行われた。各委員から内容が精査されないままに、本制度を利用している当事者の意見が十分に反映された見直し案になっていなかったことに対する反省発言が多くあり、委員会での検討の重要性が指摘された(本紙第3113号〈7年7月2日付〉にて報告)。
 6月30日には第2回「専門委員会」を開催し、「患者団体」等から4人の参考人が制度見直しについて意見を述べ、「静かな自殺」の増加が強く懸念されると訴えた(本紙第3118号〈7年8月27日付〉にて報告)。それを受けての各委員の質問があり、WHOが定義する「破滅的医療支出」に相当する所得層には何らかの手立ての必要性等が議論された(本紙第3121号〈7年9月24日付〉にて報告)。
 さらに8月28日には第3回「専門委員会」を開催し、「保険者・医療関係者・学識経験者」から4人の参考人が制度のあり方について意見を述べ(本紙第3125号〈7年11月5日付〉にて報告)、次いで質疑応答が行われた(本紙第3129号〈7年12月17日付〉にて報告)。これまでの常套手段であった「自己負担増」を高額療養費制度に適用することは、患者の家計や健康面での悪影響を否定できないので、全く意味が違い、一律の適用は困難である。高額療養費制度はすぐに結論を出せるような問題ではないので、1~2年かけて中期的な課題としてしっかり議論すべきとの意見があった。
 その後、9月16日に第4回、10月22日に第5回、11月21日に第6回「専門委員会」が開催されているが、最近一般紙に「高齢者『病院通い放題』抑制」の見出しで、「住民税非課税世帯」等を例に高額療養費制度の「外来特例」上限を見直すべきとの容認論がみられたが、「専門委員会」で議論を進めている時期に1年前の失敗を忘れたかの様な自民党と日本維新の会の協議はいかがなものであろうか。「専門委員会」においても高額療養費制度は医療費節減に資する他の代替手段を優先かつ十分に検討すべきであるとの意見がある。(中)

「いのち輝く未来社会のデザイン」の行方

 今年最大のトピックスは、2025大阪・関西万博の開催であろう。開催までに様々な問題が指摘され、開催そのものが危惧されることもあったが、4月13日に予定通りの開幕となった。当初は入場者数が伸びず、大幅な赤字が懸念されたが、実際に入場した人の評価は高く、人気は徐々に上昇していった。9月中旬以降は、会場が連日20万人以上の来場者でごった返し、入場予約が全く取れない事態になった。あまりの人気の沸騰に、会期の延長を希望する声も多く上がったが、万博規約上6カ月以上の開催は不可能とのことで、万博は10月13日に予定通り閉幕した。開催期間中の一般来場者数は2557万8986人、総来場者数は2901万7924人を記録し、すでに万博ロスとなった人も多いと聞く。開催のために巨額の費用が投入されているが、運営費は黒字となる見込みとのことである。
 今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」である。会場では、参加各国の数多くのパビリオンが様々な趣向を凝らして「未来社会のデザイン」を示していた。1970年に開催された大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」であった。その時も多種多様なアピールがなされていた。55年後の「未来」になって振り返ってみると、当時の予想を超える進歩もあったが、いまだに達成できていないことも多い。特に「調和」に関しては、退化していると思われることもある。今回の万博が示した「未来社会のデザイン」は未来の人々が振り返った時に、どのような評価を受けるのであろうか。
 さて現在、今回の万博のレガシーについての議論が起こっている。一つの世界を象徴し、今回の万博のシンボルとなった全周2025㍍の大屋根リングは一部の保存が計画されているが、その他の施設の大半は解体撤去の予定である。再生可能なものはごく少数のものに限られるようだ。後世に何を残すのかの議論は現在も続いている。
 医療分野の発展は目覚ましく、その点では今回の万博で、未来に明るい展望を期待させる展示も多かった。しかし、現在の我が国では経済効率性が優先されており、医療に対する優先順位はかつてなく低く見積もられている。医療体制そのものの危惧が叫ばれている状態で、未来社会は「いのち輝くデザイン」によってより良いものになっていくのであろうか。(浩)

令和7年ワクチン最前線 定期接種拡充と経口ワクチンへの期待

 令和7年、日本のワクチン政策は大きな節目を迎えている。高齢者向けRSウイルスワクチンは6年初頭から、妊婦向けRSウイルスワクチンは同年夏から接種が開始され、母子免疫を通じて新生児の感染予防を図る取り組みが始まった。RSウイルスは乳幼児の入院原因として最も多い呼吸器感染症であり、医療現場にとって新たな予防策の選択肢となる。さらに8年には妊婦を対象とした日本初の定期接種ワクチンとして公費補助が予定されている。肺炎球菌ワクチンの刷新も進む。従来のPPSV23に加え、PCV20やPCV21といった結合型ワクチンが承認され、広範な血清型に対応可能となり今後は定期接種への移行が検討されている。新型コロナウイルスワクチンは定期接種化されたが、国の助成終了に伴い自治体ごとの価格差が接種率に影響を及ぼす懸念がある。帯状疱疹ワクチンは7年度から定期接種に組み込まれ、神経痛などの合併症予防が期待されている。さらに小児向けには経鼻インフルエンザワクチンが導入され、注射の痛みからの解放や免疫期間の延長といった利点が注目されている。これらの動きは、ライフコース免疫の考え方を背景に、年齢やリスクに応じた予防戦略を強化するものだ。
 一方で、未来を見据えた新技術も注目される。東京大学や大阪大学、大阪公立大学での粘膜免疫研究を基盤に現在は千葉大学を中心に開発が進められているコメ型経口ワクチンMucoRiceは、注射を必要とせず常温保存が可能な飲むワクチンとして期待されている。3年にはThe Lancet Microbe誌に第I相臨床試験の成果が掲載され、安全性と免疫原性が確認された。腸管粘膜免疫を誘導する仕組みは呼吸器感染症や腸管感染症への応用が期待され、災害時や医療資源の乏しい地域での活躍が期待できる。コレラや毒素原性大腸菌に始まりインフルエンザ、RSウイルス、新型コロナウイルス等への応用も検討されている。
 医療従事者にとって、ワクチンの動向は単なる制度改正や研究成果にとどまらず、現場での説明責任や接種支援につながる。患者や家族に最新情報を分かりやすく伝え、適切な接種判断を支えることが求められる。(昌)

地域医療構想への精神医療の参画――新たな地域精神医療への道

 精神科入院患者は、2000年初頭の35万人から29万人へと減少している。薬物療法・非薬物療法の進歩に加え、精神科医療関係者による先駆的取り組みによる退院促進と地域生活支援の充実の成果である。そのような現場の実績を踏まえ、14年「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」で精神医療の構造改革への方向性が示された。住まいを中心とし、医療、福祉、そして地域の三者で当事者を支える。
 精神科外来患者は200万人から600万人へと急増している。高齢化社会を反映しての認知症や、ストレス関連障害(うつ、適応障害など)、発達障害といったメンタルヘルスの急速な拡大である。在宅医療のリソースを踏まえた時、精神医療と一般医療を切り分けない連携が求められる。精神科での認知症鑑別診断および定期的病状評価と診療の方向性に基づいた、一般医療・在宅医療での認知症患者支援は先駆的取り組みと言える。救急医療や身体合併症治療にでも、精神医療・一般医療での連携が成果をあげつつある。
 新たな地域医療構想と第8次医療計画の策定にあたって、「精神医療に関する地域医療調整会議」「一般医療に関する地域医療構想会議」への精神医療関係者の参画が示された。精神病床の適正化・機能分化にとどまらず、精神科救急を含めての精神科にかかる外来・在宅医療提供体制の確保、身体合併症、認知症、メンタルヘルスなどでの一般医療との連携が検討される。精神医療の変革は、精神疾患患者の社会復帰への精神医療関係者の思いと努力の賜物である。現場が新たな姿を目指す。学会が学術として評価。評価に呼応して行政が制度を構築という順である。新たな地域医療構想にあっても医療提供の需給問題に終始するのではなく、精神医療の現場が背負う課題や志向する方向を尊重しての地域医療構想を期待したい。(翔)

世界で動き始めた未成年のSNS規制

 今や政治家をはじめ著名人が発信するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が即座にトップニュースになる時代である。その内容が物議を醸し、世界の政治、経済、社会に多大な影響を及ぼすことも珍しくない。現代社会ではSNSは情報の発信・収集、コミュニケーション、さらにはマーケティングなどにおいて深く浸透し、生活に不可欠な存在となっている。
 その一方で、SNSは多岐にわたる社会問題を引き起こしている。誹謗中傷、いじめ、ハラスメントやそれらによる自殺事例、フェイクニュース、性的被害、詐欺、闇バイト、ストーカー、オンラインカジノ等々、枚挙にいとまがない。
 SNS関連の課題に対する法整備は各国で進められているが、「表現の自由」や「生活利用の価値観」とのバランスで、明白な規制基準を示す解決策は見出せていない。しかし、昨年末から今年にかけて、利用規制という形で、子どもをSNSのリスクから守る動きが世界的に活発になっている。まだ視野が狭く、無防備な子どもには、SNSによるメンタルヘルスの悪化、睡眠障害、学力の低下、社会性発達への悪影響、犯罪への誘引といった問題が深刻化している。オーストラリアでは16歳未満のSNSの利用を規制する法律が成立し、施行に至っている。さらに、アメリカの10州以上、デンマーク、フランス、ノルウェー、ニュージーランドが若年層のSNS利用規制の法律を制定もしくは検討をしている。つまりこれら各国は、子どものSNS利用の悪影響を国家的な危機的状況として捉えている。
 昨今の一般社会ではコンプライアンスが厳格化している。法律を守るだけでなく、倫理観や道徳観が強く求められる時代にある。しかし、SNS環境におけるコンプライアンス意識は、倫理観や道徳観を持ち合わせているはずの大人でも低いことが多い。まして、まだコンプライアンスなどには概ね無頓着とも言える子どもには、SNS利用の善悪の見極めは乏しく、様々なリスクに巻き込まれる可能性が高い。子どもの将来に汚点を残させないためにも、確かに国レベルで守る必要性は理解できる。
 しかし、子どもでさえすでに生活に根付いてしまったSNS利用を完全に法律で規制することが可能か否かは懐疑的でもある。まずはオーストラリアでの試みが注目されるところだ。今後は、プラットフォーマー側の対策の充実、子どもへのネットリテラシー教育の徹底はもちろんであるが、やはり、大人一人ひとりが子どもの模範となるよう倫理観や道徳観の意識を高めることが、SNS環境整備に最も必要なことであろう。(誠)

大阪・関西万博

 祝祭は、きっちり184日間で夢のように消えた。マルチタスクで忙しくて地味な私の日常の中で、万博に通った(と言うほど回数多く行ったわけではないが)日々だけは夢の中にいたように思う。
 次々に上がる華麗な花火を見ながら、「生きていて良かった」と思った(普段、生きているのが辛いと思っていたわけではないが)。ワルシャワ交響楽団とショパンコンクール入賞者2人による「ショパンガラコンサート」が抽選で当たった時は、ご褒美を貰ったような気になった。「次は〇日に万博に行く」が日々の生活の励みになっていた。
 どのパビリオンの抽選予約に申し込むか、会場でどの列に並ぶかなど作戦を立てるのは、ゲームのようで楽しかった。あまり成果は得られなかったが。
 私を含め万博に行った人々は、各国の歴史や文化に触れてちょっと勉強したような気になれたり、外国人スタッフと少し言葉を交わしてちょっと国際交流をしたような気になれたりしたと思う。それらは、浅薄だと言われればその通りなのだが、しかし、その中の一部の人でも何かの第一歩にはなったかもしれない。
 敵対している国や民族も大屋根リングの内側にあの期間だけは、大きな争いもなく収まっていた。それがずっと続くことを夢見た。希望のある話を見聞きすることが少ない昨今であるが、万博では、たくさんの「未来への希望」が語られていた。建前だと言えばそうかもしれないが、語らなくては何も始まらないと思う。
 パビリオンの外観を見るだけでも楽しかったが、一部の建設業者への未払い問題があるのは辛い。早期の解決を願う。(瞳)

〝次の〟パンデミックに備えて――JIHS(国立健康危機管理研究機構)発足

 令和7年4月、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合し「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」が発足した。前者の前身は、昭和22年に設立された国立予防衛生研究所であり、その起源は、明治25年設立の私立衛生会附属伝染病研究所にさかのぼる。後者の前身は、明治元年に設けられた兵隊仮病院であり、最初の陸軍病院とされる。
 統合は令和5年5月に成立した「国立健康危機管理研究機構法」に基づくもので、2年10月、COVID-19のパンデミックを受けて自由民主党政務調査会の小委員会からなされた提言に端を発する。JIHSには、感染症危機対応における司令塔機能の強化のため、5年9月に設置された「内閣感染症危機管理統括庁」や厚生労働省へ、政策ニーズに沿った科学的知見を提供する役割が与えられている。
 ミッション(使命)に、感染症その他の疾患に関する調査・研究の実施や医療の提供を通じて安心できる社会の実現に貢献することを掲げ、ビジョン(将来像)には、世界トップレベルの感染症対策を牽引する感染症総合サイエンスセンターとして、基礎、臨床、疫学、公衆衛生にわたるすべての領域研究を統合的に推進し、最先端の医療と公衆衛生対策を提供すると謳っている。
 具体的には、①情報収集・分析・リスク評価②研究・開発③臨床④人材育成・国際協力──の4つの機能を担うとされ、米国のCDCに臨床のキャパシティーを付けたイメージとのことである。
 なお、〝次〟への備えの一環として、サーベイランスも強化された。未知の呼吸器感染症の発生を迅速に探知する体制整備などを目的に、急性呼吸器感染症(ARI)が感染症法上の5類感染症に位置付けられ、7年4月7日診療分から定点報告が開始されている。症例定義は「咳嗽、咽頭痛、呼吸困難、鼻汁、鼻閉のいずれか一つ以上の症状を呈し、発症から10日以内の急性的な症状であり、かつ医師が感染症を疑う外来症例」とされ、発熱の有無は問わない。この結果(週報)も、他のサーベイランス同様、旧・国立感染症研究所のサイトから移行したJIHSの「感染症情報提供サイト」に掲載されている。ちなみに、移行に伴いディレクトリ構造も大きく変更されたので、従来から掲載されている情報を閲覧する場合でも、以前のURLをたどってのアクセスはできなくなっている。(学)

ゴッホ神戸に来たる

 ゴッホの絵画で過去に記憶があったのは、数十枚あるうちの2枚の自画像だけである。そのうちの1枚は、左耳を切ったゴッホであったが、強烈な印象として小学生の頃の記憶に残った。その頃は、重症なのになぜ自画像を平然と描けるかは分からなかった。ゴッホを再認識したのは、米国にいた時、ニューヨーク近代美術館での『星月夜』を間近で見た時であった。その時の印象は、比較的小さな絵と思ったことを覚えている。3度目の認識は昨年市民講義の準備中に、臨死体験はどういうものかを紹介する資料を調べている時であった。私は28歳の時に臨死体験を持つが、表現することに興味を持ったのは、地域医療と関係がある。生活習慣病診療において、死と対極の生の意義を展開するのが目的であった。
 宗教も死を見据えた体系化された生の学問であるが、その研究者の多さから宗派や戒律が複雑化しすぎて、これまた一般人にはすぐに伝わらない。曼荼羅などは、分かりやすい説明図であるが古い。だから直感的に訴えることができる画像を長年探しているのである。たまたま講義の前に見つけたのは、『2001年宇宙の旅』の後半に出てくる、宇宙飛行士が虹色の光の筋に吸い込まれていく一場面と、ゴッホの『星月夜』であった。前者の監督であるスタンリー・キューブリックは、作風が非常に難解だが、臨死体験を持ってそうなので調べたら、自家用飛行機の墜落事故を起こしていた。
 映画では生と死を対極させ、人工知能HALと戦った主人公の死と、地球大の赤ちゃんが生命の輪廻を表現している。ちなみにHALは主人公によって機能停止させられたが、警鐘的な人工知能の死である。この感覚は50年前といえど新しい。2番目はゴッホの『星月夜』である。直感的に星が死を意味することは理解できたが、疑問に思ったのは、臨死体験にしては星の数が多すぎるのである。複数個あるということは、それぞれの意識下という結論しか出なかった。ただゴッホは耳切り事件後発作を不安がらず、ありのままの意識を伝えようとしたのではないかという論説を見つけた。彼が臨死体験を持つのかという疑問を解決したのが、今夏の唯我独尊的重大ニュースである。8月、ゴッホの絵画を800点ほどサーチした時に、金星一点に収束する光の渦を見つけた。渦の中心に金星を淡々と表現している。自害2カ月前である。ロシアのエルミタージュ美術館所蔵の『夜の白い家』である。この対極に位置するのが、現在神戸で展示されている『夜のカフェテラス』である。ゴッホが生涯に描いた星空数枚のうち、一番初めの作品であるが、生と病との戦いが交錯する後半の作品群のうち、最も生を謳歌した作品である。(晴)

量子コンピューティングとその先の世界

 2025年4月、富士通と理化学研究所(理研)は世界最大級の超電導方式の256量子ビットコンピューターを発表した。1920年代に確立した近代量子力学の基本である「量子の不確実性」と「観測」の2点は、「神はサイコロをふらない」というアインシュタインの言葉に代表されるように、古典物理学で育った我々には感覚的に理解しがたいものだ。しかし2重スリットの実験など、自然界の森羅万象は量子力学を用いなければ説明がつかないものが多い。自然界をシミュレートするには現在のトランジスタコンピューターでは限界があり、量子自体を使ったコンピューティングが必要であると米国物理学者リチャード・ファインマンが1959年に提唱した時から量子コンピューターの歴史が始まる。それから60年あまり、ようやく量子コンピューターが(特定の分野においては)現在のスーパーコンピューターの10億倍以上の速さで結果を出せることが証明された。
 量子コンピューターの最大の問題は「不確実性」に伴うエラーの訂正であり、これは量子ビットを増やすこととアルゴリズムを改良することで解決されていくと考えられている。実用レベルに達するには1万量子ビット以上は必要であり、先述の富士通と理研の256量子ビットであってもまだまだ赤子のようなものであるが、今後は加速的に開発が進んでいくと思われる。実用的な量子コンピューターが生まれれば、これまで実際の実験としてやってきたものが、ほぼすべて架空の計算で済ますことができる。
 我々の分野では、疾患の原因解明や新薬の創造に期待が寄せられている。しかしその反面、現在のインターネットの暗号通信技術は量子コンピューターを使えばほぼ瞬時に解読される。現在新しい暗号通信技術も並走して研究されているが、今の世界の通信を新たに策定される暗号通信に置き換えるには莫大な費用と時間がかかる。もし新たな暗号化が遅れれば、暗号資産やクレジットカード決済などの安全性は根本から崩れ去る。また、量子コンピューターはAIとも親和性が高く、今後はAIとの融合で人間の生活の根幹を覆すような新たな技術が短時間で生まれる可能性もある。その先には何があるのだろうか。労働や疾患の恐怖から解き放たれて余暇を持てあます未来か、量子コンピューターを手に入れたAIの奴隷となる世の中か。米国の科学者ジョン・フォン・ノイマンは〝In science, once a technical possibility is demonstrated, it must be realized ―― no matter how frightening it may be.〟と述べ、科学の発展は人間の倫理感を無視することに警鐘を鳴らした。
 インターネットという革新的な技術が普及して約40年が経つが、叡知の母となるはずであったこの大海原が他人への悪意や粗悪なコンテンツというゴミで溢れる現状に対しては悲観的な将来予測は否めない。
 「神のサイコロ」を奪える日まで早ければ10年先と言われているが、それまでに人間は少しでも進化して、「お利口」になっていることを願ってやまない。(隆)

尹錫悦(ユンソンニョル)逮捕劇――危機を口実に「手続きを飛ばす強さ」の危うさ

 今年の国際ニュースで象徴的だったのが、韓国の尹錫悦前大統領の逮捕劇だ。非常戒厳という国家の最終手段を議会との協議なしに発動しようとした試みは頓挫し、その後、職権乱用などで拘束に至った。危機を口実に手続きを飛ばし、「強いリーダー」を演出しようとする姿勢が、政権の崩壊と社会の混乱を招いたのである。
 隣国に限らず、イスラエルをはじめ世界を見渡すと、危機時に本来の手順より「速さ」「強さ」が優先される政治が目立つ。制度の積み重ねを「遅い」と切り捨て、強い言葉で突破しようとする統治は、一時的には喝采を得ても、長期的には組織の信頼を損なう。
 日本でも、手続きや調整を経ないまま独り歩きする発言が波紋を呼んでいる。首相の台湾有事答弁はその一つだ。手続きを飛ばすリーダーは頼もしく見えても、問題が起きれば責任の所在は曖昧になり、「誤解」「想定の話」と後退する。この構造は国だけでなく、あらゆる組織に通じる。責任が不明確な場ほど、ハラスメントや萎縮が生まれやすいのは医療現場でも医師会組織でも同じだ。
 年末にあたり、あらためて考えたい。強さとは勢いではなく、手続きを守り、責任を明確にし、信頼を積み上げる姿勢である。尹錫悦逮捕劇は、私達の足元にも潜む「手続きを飛ばす強さ」の危険を照らした。隣国ではシステムが機能した。我々の社会は、曖昧な責任に慣れすぎてはいないだろうか。(真)

谷の向こうに

 医療機関の受付にアバターと聞くと、個人的には、タッチパネルだと無意識に応対できるが、実際にアバターを前にすると、おそらく躊躇してしまうだろうと予想している。アバターがリアルであればあるほど抱く違和感を「不気味の谷」と呼ぶそうだ。
 もともと、ロボット工学の東京工業大学(現東京科学大学)森政弘名誉教授が、1970年に提唱したものだ。「ロボットの外観がどれだけ人間に似ているか」と「それを見る者の感情的反応」との関係をグラフ化すると、人間の姿に近づくにつれて、親近感が高まるが、ほとんど同じだが完全には同じではないレベルに達すると、違和感が不気味さとして感じられ、親近感が急激に低下する。さらに人間と見分けがつかないレベルまで到達すると再び好感が回復するという結果が得られた(『Energy』7巻4号1970年33-35頁)。森氏は今年1月12日、98歳でご逝去された。
 当初、科学的な論証では賛否両論があった。その後、多くの研究を経て、人型ロボット、アンドロイド、そして、3DCGやAIを駆使したアバターに対しても、論じられている。
 医療現場のアバターやAIは、医療従事者の負担軽減、外来の待ち時間の短縮など効率化を図るものだ。ただ、現状もAIは万能の技術ではない。大阪大学の土岐祐一郎教授と川崎良特任教授は、機械の方が得意な分野を任せることで、人でしかできないことに集中できるようになり、医療者が患者さんとのコミュニケーションの時間を増やせることを目指す。
 いつの間にか、不気味の谷を乗り越え、より良い医療現場となる日は近いのか?

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(颯)