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時事

令和7年度財政制度等審議会

府医ニュース

2025年12月3日 第3128号

診療所は高収入という欺瞞

 財務省は11月に入り財政制度等審議会(財政審)の分科会を開き、来年度予算の編成に向けた議論を始めた。医療分野に関して、増田寛也分科会長代理は記者会見で、多くの委員から「診療所は経営余力があり、改革していく必要がある」との意見が出たと明らかにした。また財政審では「日本の開業医の給与は平均賃金の4.47倍に達し、国際的に見ても突出して高い」との説明を行ったと報じられている。しかし、この〝4.47倍〟が何に基づく数字なのか、またそれがどのような性質の指標であるのかを正確に理解することは、今後の診療報酬議論において極めて重要である。
 まず押さえるべき点は、〝4.47倍〟の分子として用いられた「医療経済実態調査(医経実)」の数値が、一般的にイメージされる〝院長の手取り所得〟ではないということである。OECD(経済協力開発機構)が示す「physician remuneration」は、各国で医師が実際に得ている〝経費控除後の所得〟を前提としている。一方、医経実は、医療法人を含む医療機関の損益計算書を集計したものであり、診療所院長の「年間平均給与」は、法人経費として計上された役員報酬の額面をそのまま集計した数字である。そこには、所得税・住民税・社会保険料といった個人負担は当然控除されておらず、さらに開設時の借入返済、設備更新、自費での医療機器購入など、院長が実際に負担しているキャッシュアウトは一切反映されない。国際統計として比較すべきは、こうした会計構造を揃えた〝所得概念〟であり、医経実の役員報酬とは制度的にも概念的にも別物である。すなわち、医経実上の「院長給与」は、国際的にいう〝physician’s income(医師個人の可処分所得)〟とは全く別の概念であり、生活実態や手取りを示す数値ではない。
 さらに、財政審が比較対象として持ち出した〝OECD加盟諸国の医師給与に対して、日本では国内全産業の平均と比較して、開業医が2.9倍〟との比較も適切とは言い難い。OECDに提出されている日本の医師データは「勤務医(salaried doctors)」のみであり、開業医のデータは提出されていない。つまり、日本の「開業医の報酬」を示す国際比較統計は存在しない。それにもかかわらず、国内独自の役員報酬データを、OECDが定義する「自営業GP・専門医の所得データ」と並置し、「日本は国際平均を上回る」と結論付けるのは、統計概念が全く一致していない比較である。
 実際、OECDの自営業GPの所得は平均賃金の2~4倍、自営業専門医では3~5倍が多く、ドイツやスイスでは4~5倍超も珍しくない。こうした国際レンジを踏まえると、「4.47倍」という数字が直ちに〝日本が突出して高い〟ことを意味するわけではない。むしろ問題は、財政審が会計上の役員報酬を医師個人の所得と誤認し、国際統計とそのまま比較してしまった点にある。
 帝国データバンクが7月に発表した「医療機関の倒産動向調査(2025年上半期)」によると、25年1~6月の医療機関(病院・診療所・歯科医院)の倒産件数は35件に達し、24年に通年で最多となった64件をすでに上回るペースとなっている。内訳は「病院9件」「診療所12件」「歯科医院14件」となった。同レポートでは「25年の通年では初めて70件に達する可能性」があると分析しており、医療機関経営における収益悪化・構造転換の波が現実化していることを示している。
 「数字は嘘をつかないが、詐欺師は数字を使う」。恣意的な数字の切り取りで「診療所は儲かっている」という偽りのレッテルを貼り、国民と医療現場、開業医と勤務医を分断する狙いに対しては確固たる証拠をもって反論していきたい。(隆)