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医師・医療関係者のみなさまへ

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府医ニュース
2025年10月29日 第3124号
ここ数年、市中病院が相次いでNICU(新生児集中治療室)から撤退している。理由は人材確保の困難、経営母体の赤字体質、そして採算性の悪化である。高度な専門性を要する周産期医療は、医師と看護師がそろって初めて機能する。しかし診療報酬抑制下では人件費を十分に手当てできず、疲弊と離職が続き、病院経営そのものが立ち行かなくなっている。
統計では、分娩を扱う病院は1990年代半ばの約1700から2020年には約950施設へと激減した。NICUの施設数や病床数は全国では横ばいだが、地方では稼働停止や統合が進み、実質的なアクセス悪化が指摘されている。
出生直後の生存率は社会の成熟度を映す鏡である。歴史人口学者エマニュエル・トッドは旧ソ連崩壊を予見した際、乳児死亡率の上昇に注目した。食料、輸送、医療・保健の劣化を映すその変化を、彼は「東方で何かが起こっている明確な証拠」と記した。
NICU撤退が相次げば、過疎地域から死亡率の逆流が始まる。都市部も含む統計が悪化して初めて社会は気付くが、その時には多くの「見えない犠牲」が積み重なっている。周産期医療だけに重点配分しても、総合病院では他の診療科が疲弊し持続できない。診療報酬の基盤である診察料の低さを放置し、加算で場当たり的に対応するPDCA思考は制度を育てる力を奪っている。
NICU撤退は一病院の問題ではない。医療の自己責任化が進み、「産むか」「救うか」を個人に委ねる社会になれば、失われるのは医療資源だけでなく、未来を育む力そのものだ。診療報酬の「底」を上げ、制度を真に育てる視点を取り戻さなければ、いつものPDCAに振り回され、トッドの警告は、再び国家崩壊として私達の前に立ちはだかるだろう。(真)