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今後の医療DXの見通し

府医ニュース

2025年8月20日 第3117号

保険証廃止とマイナ保険証

 令和7年7月31日をもって、多くの健康保険証が有効期限を迎え、紙の健康保険証は実質的に廃止となった。法的には12月1日まで使用可能だが、6年12月2日以降は新規発行が終了しており、多くの被保険者が「マイナ保険証」または「資格確認書」への移行を迫られている。
 7年6月時点でのマイナ保険証の使用率は、厚生労働省の発表では30.64%であり、6年12月時点の25.42%から7カ月で約5%増加した。しかしながら、依然として70%近くの患者が紙の保険証を前提とした運用を想定している実態がある。
 制度の周知は、政府や自治体による広報活動が行われているものの、十分に国民に浸透しているとは言いがたく、とりわけ後期高齢者層やマイナンバーカード未取得者への対応には課題が残る。
 また、制度変更を知らない患者が紙の保険証を提示して受付で初めて有効期限切れを指摘されるという事例も想定され、受付での混乱やトラブル、事務職員への説明負担が急増することは避けられない。
 マイナ保険証はオンライン資格確認システム(OCS)を通じ、患者の保険資格や薬剤情報、特定健診結果などをリアルタイムで確認することができるが、システム障害や回線不良がこれまでに複数回報告されており、現場からは信頼性に関する懸念が続いている。従来の紙の保険証とは異なり、マイナ保険証は通信環境とクラウドインフラに依存するため、災害時やシステム停止時の代替手段が不十分であるとの指摘もある。
 7年7月23日に開催された第613回中央社会保険医療協議会(中医協)では、医療DX推進体制整備加算の見直し案が厚労省より提示された。現行の加算1.4はマイナ保険証利用率45%以上、加算2.5は30%以上、加算3.6は15%以上という基準だが、これが7年10月からはそれぞれ60%、40%、25%へ、8年3月からは70%、50%、30%へ引き上げられる案が示されている。制度の実質的移行を背景にした数値目標とも見られるが、資格確認書が併存する現状では、加算要件の難易度は高いとの見方もある。
 さらに、同加算の要件に含まれる「電子カルテ情報共有サービス」については、当初7年9月30日までとされていた経過措置が、8年5月31日までに延期された。これは、厚労省が推進する全国医療情報プラットフォームの本格稼働が7年度中に予定されているものの、現在はシステム検証段階であることに起因する。
 医療DXは本来、医療現場の効率化、情報共有の円滑化、患者の安全性向上などを目指して導入されるべきものである。しかし、十分な安定性やセキュリティーの保証がないまま現場への導入を急ぐことは、制度本来の意図を損ねる恐れがある。
 興味深いことに、米市場調査会社ベリファイド・マーケットリサーチによるとアメリカではFAX市場が医療・法務業界を中心に堅調に推移しており、今後10年間で1.7倍(約45億ドル)に拡大するという予測もある。これは、情報の真正性や改ざん耐性といった観点から、米国というIT先進国の中でレガシーシステムであるはずのFAXがいまだに信頼されている現状を反映している。
 本来、医療DXが政府の謳うとおりに医療現場の労力を減らし、患者に対してはポリファーマシーを防ぎ、医療情報の共有によるメリットを受益できるなら大いに賛同すべきである。制度の理想が現場にとっての利便性と一致しない限り、どれほど政策的に正当化された改革でも、現場の混乱と国民の不信感を招く可能性がある。医療DXの導入は、制度設計と技術基盤の両面において、実務的な信頼性を確保した上で進められるべきであり、現場への過度な負担を強いるような拙速な展開は避けるべきである。(隆)