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医師・医療関係者のみなさまへ

年末恒例

本紙編集委員会委員が振り返る2023 重大トピックス

府医ニュース

2023年12月27日 第3058号

地球沸騰化と人類の未来

 欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」は12月6日に2023年が歴史上最も暖かい年となることを明らかにした。11月までの世界の平均気温が1850~1900年の平均を1・46度上回り、過去最高を記録した。コペルニクスのサマンサ・バージェス副所長は声明で「11月の気温は世界的に異常だった。2023年は観測史上最も暖かい年になる」と指摘した。
 今年の夏は、我が国だけでなく世界各地で連日、猛暑が続いた。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、今年「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と警鐘を鳴らした。過去に例をみない異常気象が世界各地で報告され、大きな被害をもたらしたことは記憶に新しい。その原因として、いくつかの温室効果ガスが指摘され、中でも人類の経済活動によって排出される二酸化炭素が大きく寄与しているとされている。二酸化炭素の濃度は産業革命前の1・5倍に増え、2015年~23年の過去9年間は、観測史上最も暑い年の上位を占める。世界の平均気温は2016年に1・29度、20年に1・27度上昇し、今年イタリアで48・2度、モロッコで50・4度など記録的な高温も観測された。深刻な温暖化はすでに地球に変化を引き起こしており、人類は気候変動の危機が現実化した未来を垣間見ている。
 世界各国は、国際ルール「パリ協定」の下で気温上昇を1・5度に抑えようとしているが、現代社会において石油や石炭などを燃焼して得るエネルギーは、人々の生活に欠かせないものとなっており、各国の事情もあって、世界全体が一致して対策を講じることは困難な状況である。人類はかつて世界規模の大洪水により滅亡の危機があったことが記されているが、今後に起こる世界危機は「火と硫黄による」とされている。これが世界的な異常気象や地震、火山の大規模噴火などの自然災害によるものか、近年特にその可能性が危惧されている、世界的な核戦争などによるものかは定かではないが、地球沸騰化は、人類が存亡の危機に瀕していることを実感させる天からの警告とも思われる。
 我々はこのことを真剣に受け止め、この危機に真摯に向き合わなければ、人類の未来は悲惨なものになるであろう。「地球沸騰化の時代」とされた今年は、未来に対する我々のあり方を改めて問われた年となったのではないか。(浩)

新しい戦前

 令和4年末に放送された「徹子の部屋」にて、黒柳徹子氏から「来年はどんな年になるでしょう?」と聞かれ、「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と即答したタモリ氏。この言葉は今年、大きな話題となった。これを契機として戦前生まれの人から「確かに今と戦前の空気はよく似ている」といった話を聴くこともしばしばである。しかし、この空気は平成24年末に発足した第二次安倍政権以降、着実に醸成されてきたものだ。
 27年1月、大阪府医師会は文化講演会に宝田明氏をお招きした。氏は自らの凄絶な戦争体験を語り、平和の大切さ・戦争の愚かさを繰り返し訴えておられた。日野原重明氏と澤地久枝氏との共著「平和と命こそ――憲法九条は世界の宝だ」も、その夏に出版されていたのだが、おりしも当時の安倍政権下では集団的自衛権の行使容認が進められているさなかであった。集団的自衛権行使のための解釈改憲の強行後も「積極的平和主義」の美名の下、行使のための法整備としての「安全保障関連法案」に連なる「特定秘密保護法」「防衛装備移転三原則」(武器輸出三原則を撤廃)が成立した。一方、閣僚による「教育勅語の再評価」発言、「道徳の正式教科化」に加え、戦前を彷彿とさせる「アナクロな家族観」(それは「統一教会」の教義や「日本会議」の主旨に重なるものでもある)が喧伝されるようにもなった。
 今年10月に議会で危うく可決するところであった「埼玉県虐待禁止条例改正案」、これは留守番禁止条例、密告奨励案などと揶揄され、アナクロな家族観を埼玉県民に強制する内容であった。一方で、この条例は保育の市場化を目指しており、大幅な規制緩和の後、成立していればベビーシッター市場の、そして派遣業者の市場拡大をもたらすものでもあった。懐古主義の衣の下に垣間見えたのは、戦争も含めたすべてを市場化せんとする「新自由主義」であったことを痛感した1年でもあった。
(猫)

立ち止まれない、大阪万博とマイナカード――問われるべき、主体性と責任の所在

 まさか、ここまでズンドコぶりを発揮するとは思いませんでした。大阪・関西万博の話です。大阪市や大阪府の首長がコロナ禍の中でも「主体的に」万博アピールしていたと思ったのですが、今夏以降、アピールも少なくなり、逆に、吉村洋文知事は運営主体の日本国際博覧会協会に対して「(概算予算の増額の)説明は不十分だ。どういう積算でこの数字になったのか、詳細を確認のうえ協会に改めて質問し、回答を踏まえて判断したい」と課題を突き付けたそうです。
 当初、大阪府市の首長(当時)は、低予算で地域住民の負担は少ない、そして、万博による経済効果を訴えていました。しかし、いつの間にか、建設予算額は1250億→1850億→2350億とまだまだ増えそうな勢いです。さらなる府と市の財政負担増も考えられます。
 新自由主義的な言説をする方がよく用いる「無駄を省け」「身を切る改革」を、彼らが訴えれば訴えるほど、万博の経費増はどうするの? とツッコミを入れたくなるのは私だけではないでしょう。彼らが無駄と認定しターゲットになる項目は、いわゆる社会的共通資本の予算、つまり公助です。しかし、万博に関しては、その後に控えるIRのためか、無駄とカウントするつもりはなさそうです。やるのはいいのですが、当初から予想された危惧が噴出しているだけで、万博そもそもの計画が杜撰とも一部言われています。
 マイナンバーカードも海外に個人情報が流れ、そして、簡単にカードそのものを偽造されてしまったという報道も出てきました。本人確認そのものが毀損されてしまう事件です。万博もマイナカードも、後で問題が出てきて修正を繰り返そうとする、程度の低いPDCAサイクルを見せつけられています。マイナカードに関するデジタル担当大臣の会見を見ても、「主体性」と「責任の所在」が不確かです。問題の本質そのものを考え直さず、ひたすら「納期を守り」突き進む姿は、令和のインパール作戦のように思えてしまいます。
 従来、当たり前のようにあったと思われた、熟議と検討の結果、ある程度信頼できる、政治的決断や政策はどこに行ったのでしょうか。この問題を放置する有権者の態度こそ「将来世代に禍根(負担)」を残すものでしょう。
(葵)

「国立健康危機管理研究機構法」公布

 「国立健康危機管理研究機構法(機構法)」および「国立健康危機管理研究機構法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(整備法)」が令和5年5月31日に国会で可決・成立し、6月7日付けで公布された。
 「機構法」の趣旨は、感染症その他の疾患に関し、調査研究、医療の提供、国際協力、人材の養成等を行うとともに、国民の生命および健康に重大な影響を与える恐れがある感染症の発生および蔓延時において疫学調査から臨床研究までを総合的に実施し科学的知見を提供できる体制の強化を図る。そのために、国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し、国立健康危機管理研究機構(以下、機構)を設立する。
 機構は特別の法律により設立される法人(特殊法人)とし、政府の全額出資によるものとする。機構は以下の業務、▽感染症その他の疾病に係る予防・医療に関し、調査・研究・分析・技術の開発を行うとともに、これに密接に関連する医療の提供▽予防・医療に係る国際協力に関し、調査・研究・分析・技術を開発。また、国内外の人材の養成および資質の向上▽感染症等の病原および病因の検索ならびに予防・医療に係る科学的知見に関する情報の収集、整理、分析、提供▽病原体および毒素の収集、検査、保管ならびにその実施に必要な技術や試薬、試料、機械器具の開発と普及を行うほか、地方衛生研究所等に対して研修等の支援▽感染症法第65条の4に規定する事務および同5に規定する権限に係る事務――を行う。
 厚生労働大臣は、報告徴取・立入検査を行うことができる。また、必要があると認める時は、監督上必要な命令をすることができる。
 この法律は、一部の規定の除き、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとする。機構は2025年度に創設される予定である。
(中)

高額薬剤と皆保険制度

 世界に冠たると誇る我が国の健康保険制度だが、高額の薬剤が次々と保険適用される中、その存在が揺らいでいる。詳細は省くが脊髄性筋萎縮症の患児に投与するゾルゲンスマの薬価が約1億6千万円、白血病治療に要するキムリア1カ月分の薬価が約3千万円、アルツハイマー病の進行を抑制するレケンビ(レカネマブ)は年内承認予定だが、米国では年間約340万円かかる。
 新薬の開発は医療に携わる者にとって大いに歓迎すべきことなのだが、高額故に我が国の医療制度にとって逆風となり得る。これらの薬剤使用には厳しいガイドラインによる制限が課され、直ちに保険財政が逼迫するとは言えないが、かのオプジーボに対するドタバタを見るに油断は禁物だ。
 治療による自己負担額が高額になれば支払い不能の事態も生ずる。我が国には「高額療養費制度」という、設定された上限を超える患者負担分を肩代わりする優れた救済制度があるのだが、その実態は救済額の大部分を保険者、つまり健康保険組合が支える仕組みなのだ。国は補助金として一部を補填するに過ぎず、その関与の薄さに驚きを隠せない。ちなみに大阪府医師国民健康保険組合が負担した令和4年度の高額療養費は3億9千万円超であるが、これに対する国の補助額が5160万円余り。わずか13%程である。
 医師国保組合に対する国の扱いは、医師(=富裕層?)の組織という理由だけで、准組合員の家族まで抱える組合に対し、すでに補助の削減を強行しつつあり、廃止の意向を明らかにしている。小規模の医師国保組合は存続を危惧し、統合・合併・解散まで視野に入れていると耳にする。当組合への診療報酬請求を見るにアルツハイマー型認知症の病名が含まれるものは10件程度だが、6年には500万人に達すると予想されるアルツハイマー型認知症に対し、適用基準の拡大解釈でレケンビの継続投与が常態化すれば、小規模国保組合の財政はひとたまりもなかろう。
 医師国保を例に挙げたが、少子高齢化が進む中「いつでも、どこでも」と謳った皆保険制度は大丈夫か。また、外国籍の患者が来日直後に健康保険に加入し高額な治療を受けてさっさと帰国するという「トンビに油揚げ」の実態に唖然、不適切使用を含め健康保険制度を危うくする数々の問題に不安が募る。
 日本が誇る健康保険制度の目指すところ、誰のためにあるのかを再確認し、堅持しなければならない。
(禾)

こども家庭庁の発足

 令和5年4月1日、こども家庭庁が発足した。総理大臣直属の機関として、内閣府の外局に設置され、こども政策担当の内閣府特命担当大臣をおいて、「こどもまんなか社会」の実現、少子化対策につながる政策を担当している。高校生まで児童手当の拡大、育休制度の拡充(特に男性の育休の取得)、不妊治療の保険診療適用、こども誰でも通園制度、妊産婦10万円支給の恒久化、育休中の給与補償、低所得者の高校受験や大学受験の受験料・模擬試験料の補助、雇用保険適用を週10時間に拡大、など様々な提案がなされ、一部始まっている。少子化の流れを止め、増加に反転できるかは、その財源が恒久的であるか否かにかかっている。
 政府は、11月9日、制度設計の論点を公表し、公的医療保険の保険料に上乗せして徴収する案を正式に公表。子育て世帯は「給付が拠出を大きく上回る」一方、それ以外の世帯は新たな拠出になると指摘。「子育て世帯への所得の再配分」と位置付けて理解を求めた。公的保険は現役世代から高齢者、企業も含むが、追加の徴収額はそれぞれの負担能力に応じて決める。現在、保険料負担が軽減されている約2600万人の低所得者には軽減措置を考えている。それを支援金(1~1・5兆円)として、医療や介護の社会保障費の歳出改革の徹底による削減(1兆円)に規定の予算(1兆円)の合計3~3・5兆円を財源としている。軌道に乗るまでは、つなぎ国債を発行する。日本医師会をはじめ医療関係団体は、少子化対策は重要と認識しているが、医療や介護の費用削減には反対している。物価高騰の折、他業種と同様に医療従事者の賃金アップのためには、公的価格の診療報酬のアップを求めている。
 本稿締め切りの12月11日現在、財務省は診療所の財務状況を徹底的に調べ、診療所は2年度から4年度まで8・8%の経常利益率の上昇で、かなり剰余金があると考え、来年のトリプル改定は、診療所にはマイナス改定(改定率マイナス1%)を強硬に主張している。上昇分はコロナ禍での発熱外来や特例の診療報酬、ワクチン接種、さらには不妊治療の保険診療化によるものである。それを除外すれば、年間1・8%の上昇率で、むしろコロナ以前より悪化している。まだ、完全には回復せず、コロナ禍の影響(受診抑制)は残っている。少子化対策の財源確保のためと私は考えている。(平)

医療DX(デジタル・トランスフォーメーション)猛進

 令和5年1月、電子処方箋の運用が開始された。ただし、直前の段階で、初日から利用可能としていたのは、全国で154施設、大阪府では4薬局にとどまった。
 4月、マイナンバーカードを健康保険証として利用するオンライン資格確認(以下、オン資)が、医療機関・薬局で原則義務化された。国はオン資を基盤として、医療機関間で電子カルテ情報等を共有・交換する「電子カルテ情報共有サービス」を構築し、さらには、予防接種、自治体検診情報、介護情報などをも含む「全国医療情報プラットフォーム」の創設を目指している。
 6月、本部長を総理大臣とする医療DX推進本部が、推進に関する工程表を決定した。来年秋の健康保険証廃止とともに、クラウドベースの標準型電子カルテの開発により、遅くとも2030年には、概ねすべての医療機関での電子カルテの導入を目指すことも盛り込まれている。
 7月には厚生労働省に医療DX推進室が設置された。オン資に関して来年度中までの、▽医療扶助受給者への対象拡大▽訪問診療や訪問看護(マイナ在宅受付Web)、柔道整復師・あん摩マッサージ師・はり師・きゅう師の施術所での導入▽スマホからの資格確認の構築――さらには低調なままの電子処方箋の普及拡大に向けて、作業が進められている。
 一方で、肝心のマイナ保険証の利用率は芳しくない。4月の6・3%をピークに6カ月連続で低下、10月時点では4・49%と報じられた。厚労省は「マイナ保険証、1度使ってみませんか」キャンペーンを開始、デジタル庁と連携してのPR活動を行うとともに、日本医師会を含む医療関係団体とは、各々連名でのポスターを作成するなど、様々な取り組みを実施している。
 医療DX施策は矢継ぎ早に進められてはいるものの、残念ながら、マイナ保険証の紐付け不備や窓口負担の誤表示の問題、12月に発覚したマイナンバーカード偽造への対応やサイバーセキュリティ対策など、環境整備や安心・信頼の確保は二の次にされている感は否めない。結果、患者からも医療従事者からも支持を得られていないように感じられる。
 急がば回れ、来年こそは地に足をつけた推進となることを願いたい。
(学)

辛いニュースが多過ぎた

 新聞の一面にガザ地区の病院の保育器から出さざるを得なくなった新生児達の写真が載っていると直視できず目をそらしてしまう。イスラエルによる病院攻撃のためとのことだ。
 昨年2月に始まったロシアのウクライナへの侵攻がいつ終わるともわからない中、また新たな大規模な紛争が始まってしまった。テレビや新聞、ネットニュースでは連日爆撃された街や傷つき、逃げまどう人々が映し出される。他にも自然災害、虐待、いじめ、自殺など辛いニュースが目白押しだ。
 今年9月にあるテレビ番組で「共感し過ぎてしまう人」についての特集を放送していた。自分が当事者でなくても辛いニュースを見聞きすると「食欲がなくなる」「眠れない」「涙が止まらない」という状態になる人がいると言う。私はそこまでではないが、「自分がこの場所にいたら」とか「この人の家族だったら」とかつい想像しそうになってしまう。特に幼児が被害に遭った事件は辛くて詳しい内容を読むことができない。
 いずれの問題も解決のために個人ができることは限られているが、多くの人が関心を持ち、起こっていることをしっかり認識することが解決への一歩であることは理解している。しかし、自分の心の平衡を保ち、日々仕事をし、日常生活を送るために自分にとって辛すぎる問題を見つめないでおくということは許されないだろうか? とそんなことを考えたこの一年だった。
 来年は明るいニュースが多いことを願うばかりだ。
(瞳)

藤井聡太八冠
全冠制覇の偉業達成

 偶然なのか、それとも奇跡なのか、いや、それは必然であったのかもしれない。将棋の八大タイトルすべてを制し、藤井聡太八冠が誕生した。経過を辿れば、史上最年少の14歳2カ月でプロ入りし、いきなり歴代最多の29連勝、その後は毎年のように年間勝率が8割を超え、17歳11カ月の最年少で棋聖を獲得した。以降タイトル戦18連勝で奪取と防衛を続け、デビュー後わずか5年で八冠全冠を制覇した。まさしく必然の道程かのようで、その活躍ぶりは社会現象にもなった。
 遡れば、藤井八冠デビュー前後の将棋界はある意味危機的状況にあった。当時の佐藤天彦名人が将棋AIに完敗し、また、順位戦A級棋士が対局中にAIを利用したとする不正行為を疑われた冤罪事件があった。すでに、実力的に棋士はAIに敵わず、棋士の存在価値が悲観的に見られていた。つまり、AIによって失われる職業にもなりかねなかったのである。
 しかし、棋士はAIを敵ではなく最強の研究パートナーとして受け入れた。その結果、新戦法が生み出され、将棋の内容はさらに深く進化し、81マスの将棋の宇宙空間は膨張し続けている。将棋を見て楽しむ「観る将」にとっても、AIは楽しみ方を何倍にも増幅させた。将棋の局面の優劣がAI評価で可視化され、次の一手による形勢の変化に一喜一憂の緊張が味わえるようになった。特に藤井八冠誕生の最後の奪取劇を生んだ王座戦はその最たるものであった。永瀬拓矢王座は藤井八冠のデビュー当時からの研究パートナーでもあり、将棋に対するストイックな姿勢から「軍曹」との異名を持つ。終盤までほぼ勝勢であった永瀬王座が、最後の最後に痛恨の一手を指し、AI評価が一気に藤井側の優勢に振れた。直後、敗着に気付いた永瀬王座は頭をかきむしり、後悔の表情を露わにし、観る将にとっても余計にその無念さに共感するものとなった。
 藤井八冠の興味は、今も全冠制覇よりも将棋の奥深さへの探求心にあるといわれる。AIはそのためのツールとして欠かせない。一方で、AIの最善手が人間としての棋士の最善手とはせず、あくまでAIは人間の可能性を高めるツールとして活用する。
 これからの社会構築は、様々な分野で限りなく発展するAIによって形付けられることは免れないであろう。しかし、人間は、AIとの共存社会の中で、カオスに陥らず、踏み外すことなく、人間にとっての最善手で、創造ある未来社会を切り開いていかなければならない。将棋界がそうであったように。
(誠)

野球好きの夢は続く

 令和5年新語・流行語大賞は、「アレ」だった。
 阪神タイガース岡田彰布監督が、優勝を意識させないようにアレと表現した。それをAim、Respect、Empowerの略として、A・R・Eと表記し、チームのスローガンにした。開幕から快調だった。長年のファンとしてはいつか減速すると心配していたが、そのまま、18年ぶりのリーグ優勝。毎回苦しむクライマックスシリーズも突破。そして、パ・リーグ3連覇、昨年日本一のオリックスバファローズとの日本シリーズ。59年ぶりの関西ダービーは、連日、わくわくした。負け試合でも、楽しませてくれた。そして、今年のタイガースは、強かった。38年ぶりの日本一。感無量である。
 流行語大賞といえば、3年は、リアル二刀流/ショータイム。大谷翔平選手は、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)優勝をけん引し、MLB(メジャーリーグ)ア・リーグのホームラン王に輝き、ドジャースへの移籍で注目を集めた。
 国人と とつ国人とうちきそふ ベースボールを 見ればゆゝしも(とつ国人:外国人の意)
 今やかの 三つのベースに 人満ちて そゞろに胸の うちさわぐかな
 正岡子規 ベースボールの歌 連作9首より。明治31(1898)年。
 新型コロナウイルス感染症の5類移行やオンライン資格確認への対応で頭が痛い日々が続き、加えて、長引く戦争、高騰する物価など、重いニュースが多かった令和5年。病床の子規が、ベースボールに思いを込めたように、野球で心が躍った1年だった。
 野球好きの夢は続く。
(颯)

生成AIとの葛藤

 初AIを実臨床で使いながら、我々は本当に廃業するのか、杞憂ではないのかと考える機会が多くなった。すぐにでも実用化されるのは医療事務であろう。今盛んに経済界が取り組んでいるテーマであるし、診療行為と直接は関係しないため、医師側にも抵抗感がない。勤怠管理や書類作成、医療機器管理などが、AI任せになるのは時間の問題だ。AIが管理すると業務の平均化と最大効率を追求するから、過去のゆったり感は無くなる。しかし勤務は9時5時だ。自由時間もたっぷり堪能できるから、遊ぶのもよし研究三昧もよしだ。
 診療行為はどうだろう。駆け出しAIでも診療には重宝しているが、ガンダムもそのうち鉄腕アトムになる。しかし世の中に登場して1年で、いきなりガンダムは驚きである。ロボット医師は医療過疎地域では引く手数多だ。医師不足に悩んでいた地方が、ロボット先進地区になった。ネットサーチした胸キュン言葉を随所に散りばめる感動体験医師から、映画から飛び出したような俳優面医師、お好みであればチャブ台返し医師もいる。飽きたら日替わり可能だ。そのいずれもがIoTでつながり、知識が豊富で優しいのである。老若男女すべてが大好きになる鉄腕アトムの再来だ。都会は医師過剰によるロボット医師排斥運動からガラパゴス化した。しかしロボット医師の価値を認めた郊外の医療機関から、最先端の胸キュンロボット医師が導入されつつある。兎に角高齢患者からは、話をよく聞いてくれると定評がある。また電子回路の冷却熱で体表温度37度に温めるから、冬でも聴診器が冷たくない。ロボット医師は医療訴訟の知識が標準インストールされているにもかかわらず、丁寧で性格が良いからほとんど訴訟にならない。医療責任は電子署名ができる人間医師の役目だ。ロボット医師の目を見るだけで、網膜認証完了である。人間医師はロボット医師が手伝ってくれる分、患者とたっぷり話す機会ができた。少々誤診もあるが、それは電子カルテで修正されるから安心だ。人間らしさを好む患者も少なからずおり、ロボット医師にはない荒削り感で繁盛している。
 ふと我に返れば、手には旧式のスマホを握りしめている。邯鄲(かんたん)の夢とはこういうことか。
(晴)

紹介受診重点医療機関の選定
――地域連携向上に柔軟な議論を

 令和4年度から外来機能報告が病院・有床診療所に義務付けられた。「地域の外来機能の明確化・連携の推進」を目的として、都道府県は結果を取りまとめ、必要な協議の上、地域連携の向上に活かすとある。協議の促進や患者にとっての分かりやすさの観点から、医療資源を重点的に活用する外来(重点外来)、地域で基幹的に担う紹介受診重点医療機関(重点医療機関)を明確化することが柱とされている。これにより、①外来機能連携の推進による、かかりつけ医機能向上②基幹的病院医師の外来負担の軽減③待ち時間の短縮を含めての外来医療の効率化、適正化――を目指すとされる。なお、がん手術などの術前検査、フォローのための外来、高額医療機器を必要とする外来などの一定の要件を満たす外来の実施を選定基準とし、診療機能の特性や地域事情によっては、紹介率・逆紹介率を参考に協議することとなる。
 5年8月、地域医療審議会での外来機能報告のとりまとめにあわせ、重点医療機関が選定された。選定を受ける意向があり、かつ重点外来基準を満たす医療機関が、府下では、64病院選定された。ただし、大部分が特定機能病院あるいは地域医療支援病院である。事実上、重点医療機関の機能をすでに発揮している病院である。今年度の選定が、地域連携の一層の向上への寄与は少ないと言わざるを得ない。重点外来基準に固執しての結果である。国では、地域性や当該医療機関の特性等を考慮し、協議するとされており、地域医療支援病院での紹介率・逆紹介率基準を目安とされている。しかし、府は重点外来基準達成以外の視点を持たず、地域ごとでの協議は実質行えなかった。例えば、小児科や精神科において、現在の重点外来基準の適応は無理があるとの意見が多い。地域特性に関する協議もシャットアウトされたのが実態である。かかりつけ医機能向上を含めての地域連携を高めるには、重点医療機関への移行を促進せねばならない。紹介率・逆紹介率という普遍的な指標での評価に関する議論が求められる。特定機能病院・地域医療支援病院が中心の選定では、現状の改善に結びつかない。「屋上屋を重ねる」になってはならない。
(翔)