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医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

日本の伝統芸能 従事者の寿命

府医ニュース

2020年10月28日 第2944号

 長年のライフ・スタイルが寿命や死亡率に影響することは周知の事実で、とりわけ運動習慣による死亡率低下はよく知られている。しかし生涯にわたる職業的な運動の寿命への影響は明らかでない。そこで東京工業大学の研究者は、歌舞伎、能楽、茶道、落語、長唄という日本の伝統芸能従事者の寿命を、職業的運動という視点から検討した論文を発表した(Palgrave Communications May 18 on line 2020)。
 対象は1700年以降に生まれた男性伝統芸能従事者で、誕生年・没年が2つ以上の資料から確認され、かつ戦死、自殺、事故死と20歳に達しない死亡を除いた699人(死亡566人)。対照群は当時最高レベルの食事と医療が提供されていたと考えられる天皇家と将軍家である。
 まずKaplan-Meier解析では、すべての伝統芸能従事者は天皇家・将軍家よりも中央値で15歳ほど長命であった(70.6歳VS54歳)。著者らは当初、他の座位中心の芸能に比べ、生涯高強度の運動を続ける歌舞伎役者の寿命が長いという仮説を立てていた。そこで離散時間ロジスティック回帰解析を行うと、予想に反して歌舞伎役者の寿命は茶道・落語・長唄従事者より短命であった。更に社会的・衛生的・医学的環境を反映する誕生年を加味して解析すると、歌舞伎役者の寿命は天皇家や将軍家とも有意差がなかった。
 天皇家や将軍家の短命については、食事内容がバランスを欠き贅沢過ぎたという可能性や、ストレスフルで座位が多いという生活習慣の影響が考察されている。一方、歌舞伎役者の寿命が他の伝統芸能従事者に比べて短いことについては、世襲であったが故の遺伝的背景、顔料に含まれていた鉛の毒性、江戸期における歌舞伎役者という地位の特殊性などが考察されているが、いずれも決定的な要因とは言えないようだ。高強度の運動を行う歌舞伎の方が座位主体の伝統芸能より短命という事実について、著者らは「日々の職業としての激しい運動は寿命延長というよりむしろ寿命短縮につながる可能性を示唆する」と述べるに留めている。
 ミミズクは思う。日々たゆまぬ厳しい鍛錬と舞台、そして庶民の熱狂……。当時の歌舞伎役者は我々の想像を絶する煌めくスターであった。生まれ落ちた時から定められた人生を一気に駆け抜ける役者人生……。彼らは節制・健康・長命とは無縁の世界に生きていたのかもしれない。