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医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

ハエ、マウス、ヒトが共有する体温日内リズムの制御機構

府医ニュース

2018年5月30日 第2857号

 古来、日本では明と暗が接する時、すなわち黄昏時には"禍々(まがまが)しいもの"に出会いやすいとされており、今も「逢魔時」という言葉が残っている。だが不肖ミミズク、普段の行いが良いので黄昏時に禍々しいものに出会ったことはない。しかしなぜか昼食後のひと時には、しばしば「魔」に遭遇する。ご存じ「睡魔」である。
 この睡魔なるもの、実体は「体温の日内リズム」に由来するという。動物ではこのリズムによって体温を下げて休息・睡眠に導く、というメカニズムが備わっているが、その分子機構は明らかではなかった。
 だが最近、京都大学とシンシナティ小児病院の研究者らが、カルシトニン受容体が変温動物である昆虫(ショウジョウバエ:この種ではDH31受容体という)と恒温動物であるマウスに共通した体温日内リズムの制御に関わっていることを明らかにした(Genes & Development Feb 12,2018)。昆虫とマウスに共通しているということは、このシステムが、両種が進化系統樹で分離した時以前、すなわち6億年以上前から成立していたことを示唆している。無論ヒトもこのシステムを共有している。
 カルシトニン受容体は「G蛋白質共役受容体」のひとつである。7つのヘリックスが細胞質膜を貫通する構造を持っているので「7回膜貫通型受容体」とも呼ばれ、およそ生物の受容体の中では最大のファミリーを形成している。そこで"lucky seven receptor family"と名付けたいと思うがいかがだろうか……。どうも反対多数のようなので一応撤回しておく。
 カルシトニン受容体を発現する神経細胞は、哺乳類では視交叉上核に存在する。そういえば昼間に眠くなると、つい眼と眼の間をごしごし擦りたくなるのは、この付近に体温日内リズムの中枢があるせいかも知れない……。「そんなこと関係ないに決まっているだろう!」というご批判は謹んでお受けし、今後の糧としたい。とにもかくにも、かつて不覚にも居眠りしてうちの研修医の先生の学会発表を聴き逃したのも、重要な会議でつい寝入ってしまって隣席の人から足を蹴飛ばされて起こされたのも、決してミミズクのグータラな性格によるものではなく、視床下部にあるカルシトニン受容体のせいであったことが明らかとなった。長年の濡れ衣が晴れたことは喜ばしい限りである。