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ミミズクの小窓
府医ニュース
2017年3月29日 第2815号
ヒトをヒトたらしめているものは何か、それは"考える脳"であろう。たぐいまれな進化を遂げた脳の存在がヒトをして地上の覇者とならしめた。では脳はいかにして進化を遂げたか、それは脳の重量が増えたのではなく、脳血流が増加したからだとする研究成果がオーストラリアのグループにより発表された(Royal Society Open Science Sep18, 2016)。
ヒト属の脳血流のほとんどは内頚動脈から供給される。そこで著者らは約300万年間にわたる類人猿から現生人類までの頭蓋骨の化石で内頚動脈のサイズを検討し脳血流と脳の体積の増加の推移を比較した。その結果300万年で脳の容積は約3・5倍に増加したが脳血流量は約6倍に増加していたことが明らかになった。すなわちヒトでは生物のサイズが大きくなるほど単位体積あたりのエネルギー消費は減少するという生物学の大原則「クライバー則」に逆らって、脳体積の増加に比較して脳血流と代謝がより顕著に増加し、脳神経細胞間の情報伝達や認知機能が高められて脳の進化に結びついたというのだ。
「やはり頭蓋骨という箱物よりも血の通った手当が大事だな~」と納得するミミズクであるが、「そりゃ誤解だろう」というご意見にも耳を傾けたい。だが何と言っても脳血流量は重要である。日本語には「頭の血の巡りが悪い」という言い回しがあるが、これこそ日本人が昔から脳の進化の深淵を透徹していた証拠であろう。その点、英語では頭が鈍いことを"thick-skull"と言うそうだが、考え方が"頭蓋骨の呪縛”から抜け切れていないとみた。
今をさかのぼること4万年、ユーラシア大陸において、旧人ネアンデルタール人と新人類すなわち現生人類との交代劇が起こった。これは"文化レベルの差"に基づく種間競争の帰結とする意見がある(PNAS Feb 23,2016)。文化の差は、あるいは脳血流の差であったのかも知れない。しかし、ネアンデルタール人もかなり高度な文化レベルに達していて新人類との本質的な差はなかったとする意見も根強い。ミミズクが思うに、新人類は言語能力と情報リテラシーで勝り、ネアンデルタール人は"優しさ"で勝っていたのではないか。その結果、多数派のネアンデルタール人は地上の王者となれず、少数派の新人類が覇者となった。奇跡的ともいえる脳血流の増加が人類に生存のための冷徹さをもたらし、それが覇者への道を開いたとすれば、ちょっとむなしい。