
TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ
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ミミズクの小窓
府医ニュース
2017年1月18日 第2808号
人は物事に慣れることで生きていける。だが慣れてはいけないことがある。嘘、不正直、不誠実などがそれにあたる。自らを利するために不正直な行動をとり続けると増すのは良心の呵責か、否、増すのは"脳、とりわけ扁桃体の慣れ"である、という英国のグループの論文がnature neuroscienceのonline版(Oct.24 2016)に掲載された。タイトルは「The brain adapts to dishonesty」である。
論文の冒頭にはこうある。「推し量るに、多くの不正直な行動は小さな、だが段階的に増大する偽りの連鎖に遡及できる」――著者らはこれが、欺瞞、剽窃、詐欺、科学分野の捏造など、すべての不正直に共通する現象だという。ミミズクには理解できないが、浮き世というのはそういうものなのかも知れない。
彼らは被験者80人(男性28人、女性52人の若者達である)に対して不正直が利をもたらす状況を作った。するとしだいに利己的な動機による不正直は増大していくことが明らかとなった。また、一部の被験者で血液酸素飽和の変動を捉えるBOLD法を用いた機能性MRIによる検討を行ったところ、不正直の段階的増大とともに、不正直な行動に対する感情反応の座である扁桃体の応答がしだいに減弱していくことが示された。恐るべきことに、嘘は脳を馴らしつつ増殖するのだ。
この研究から我々は何を学ぶべきか。むろん「小さな嘘からこつこつと……」ではない。問題はちょっとした嘘や不正直が、雪だるまが転がるように、坂道を転げ落ちるように(著者らは"slippery slope"と表現する)、膨れ上がることだ。しかもこの時、脳はしだいに"目を逸らし、耳を塞ぐ"ようになっていくことにある。対策はただひとつ、最初の一歩を踏み出さないことである。「もう何度も嘘をついちゃった」とおっしゃる方、too lateである。もうあなたの扁桃体は穢れているのだ。
まっ、それはさておき、ミミズクはこの論文の方法論で"
優しい嘘″と"冷たい嘘″が区別できるかどうか興味がある。また、"バカ正直"と"正直"の区別はどうだろうか。いずれにしてもneuroscienceの発展には目を見張るものがあるが、脳に隠されている心がどんどんあらわになっていくようで、落ち着かないところもある。
念のため断っておくが、ミミズクの辞書に"dishonesty"という文字はない。ただし、なぜか表紙が"dictionary"ではなく"dishonesty"となっているのだ。単純なスペルミスだと信じたいが、自信はない……。