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医師・医療関係者のみなさまへ
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ミミズクの小窓Returns
府医ニュース
2016年9月28日 第2797号
1950年代の終わりから1960年代前半は米国作輸入テレビ番組の全盛期であった。ヒーロー、名犬、西部劇、私立探偵、家族愛、戦争、名医など、もうなんでもあり……。「アンタッチャブル」もそのひとつである。禁酒法時代のシカゴを舞台にした実話に基づく“マフィアVS財務省酒類取締官の戦い”はなかなか見応えがあった。
禁酒法(Prohibition)、正式名合衆国憲法修正第18条は、1920年に施行され1933年に廃止されたが、今もなお米国では地方行政単位でアルコール飲料の販売が全面禁止されている郡があり、これをdry countryと呼ぶそうだ。飲酒が制限されていない郡はwet countryである。
アルコールと心臓病の関係はいまだ議論のあるところだ。そこでカリフォルニア大学のグループはdry countryとwet countryの存在を“natural experiment”(naturalどころか思い切りartificialじゃないかとツッコミをいれたくなるが)と捉え、この関係を検証しようと試みた(BMJ 2016,353:i2714)。
結果は、wet郡ではdry郡に比べて心房細動の有病率/罹患率が高いが(+5%/+7%)、心筋梗塞の有病率/罹患率が低く(-17%/-9%)、心不全の有病率も低かった(-13%)。心房細動・心筋梗塞・心不全は互いに原因・結果にもなり得るので、「えっ、ほんと?」と言いたくなるが、著者らは、アルコールは短期的には心臓に対する陰性変力作用を有するが、長期的には冠動脈硬化に対する防御的作用が現れるという可能性を挙げている。「心房細動VS心筋梗塞・心不全ならお酒が飲める方が良いな~」というご意見も少なくないだろうが、当然のことながらwet郡はdry郡に比較してアルコール乱用とアルコール性肝疾患の有病率と罹患率が高くなるので油断はできない。いずれにしろこの研究は、飲酒、禁酒のどちらにもそれなりに害がある可能性を示唆している。僭越ながら(と一応遜っておく)これを“untouchable dilemma”と名付けたい。
さて、アンタッチャブルのエースであったエリオット・ネス氏は、禁酒法撤廃後の人生ではあまり幸福でなかったようだ。晩年は皮肉にもアルコールに溺れ54歳の若さで心臓発作により死去したという。1987年の映画「アンタッチャブル」のラスト・シーンで、ケビン・コスナー扮するネスは「禁酒法が廃止になるそうですが、どう思いますか?」と新聞記者に問われて、こう答える。「一杯やるさ……」その時の顔、確かにちょっと寂しそうだったな~。