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時事
府医ニュース
2015年12月30日 第2770号
一般財団法人化学及血清療法研究所(以下、化血研)が国の承諾書とは異なる製造方法で血液製剤を製造していたとして、厚生労働省より出荷差し止めを受けた。
事件解明の発端は5月の内部告発に始まる。同月、医薬品医療機器総合機構が立ち入り調査を行い問題が発覚し、厚労省が出荷差し止めを指導。化血研は内部調査と並行して、第三者委員会に調査を委託した。全編83頁にも及ぶ調査結果の報告書は、詳細かつ客観的に記述されている。組織的な違法行為に厚労省は、医薬品医療機器法違反の疑いで刑事告発も検討する考えを示した。報告書では一連の行動を、『研究者のおごり』と『違法行為による呪縛』と結論付けている。
報告書によると、化血研は1945年、熊本医科大学に設立されていたワクチン、診断抗原、抗血清などを製造する実験医学研究所を母体に設立された。当初は血液銀行を運営していたが、66年から血漿分画製剤を作り始め、80年にはあの有名な「ベニロン」を売り出している。88年からは純国産技術で遺伝子組み換えB型肝炎ワクチン「ビームゲン」の製造を開始した。医学研究者にとって、「トランスレーショナルリサーチ」や「産学協同」は理想である。理想を追い求めても、多くは「研究のための研究」しかできず、ごく一部の研究者だけが理解する自己満足として忘れ去られていく中、極めて数少ない研究だけが応用へと進む。それだけでも最高の至福感を味わうだろう。これを更に発展させ、自分の研究を企業化できる研究者は垂涎の的となる。ただし、利潤が絡むと、純粋な研究心も徐々に俗っぽくなるものである。
化血研の社会貢献度は大きい。9月に出荷自粛になったワクチンに関しても、インフルエンザワクチンは国内シェア29%であり、4種混合64%、B型肝炎は79%、狂犬病やガス壊疽は100%である。ここに至るまでの80年代から90年代は、血漿分画事業が化血研の売り上げの大半を占め、血漿分画製造部門の発言力が徐々に大きくなっていった。売り上げの増加は技術力への自信となり、抵抗勢力が存在しえなくなったことが、軌道修正しなかった理由と指摘されている。ここには日本の血漿事業を支える自信と自負があったに違いない。すべてを知り尽くした技術水準をもってすれば、製造工程を変えることはそれほど苦もなく行われるであろうが、そのようにして製造された製品が、国の検査を通過し治療に役立ったのであれば、再申請を申し出て製造を停止することが憚られたのであろう。この一点に欲が働いた。隠し通せることに、不安ながらも小さな自信を生んだに違いない。
この分岐点での処理が研究者の資質である。「謙虚さがあれば」と言うことは仮定法にすぎない。薬剤エイズ問題による薬事規制に対する意識の高まりを受け、95年前後には不整合を解消しようとの意見も出たが、巨大になりすぎた傲慢と呪縛により変質させられ、集団隠蔽工作へ誘導されていった。多くの人は当初は良心の呵責に悩まされたとは思うが、慣れと集団心理は恐ろしい。偽造のため、書類に紫外線を浴びせて紙質を劣化させたとの報道があったが、それだけで万事を説明する。不整合の技術を40年間覆い隠した行為は、やはり社会の常識を完全に越えている。傲慢な文系は不整合を隠すため賄賂を使うなど動物的方法に訴えるが、傲慢な理系が力を持つと、素人には分からない常軌を逸した化け物を作り出す。しかも往々にして鋭角的な脆弱性を持ち、妬みや怒りなどの極めて原始的な心理葛藤までは制御できない。内部告発がどのような経緯で行われたかは知る由もないが、巨大な不整合を隠し持った組織が、一瞬にして自壊したことが、せめてもの救いである。 (晴)