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医師・医療関係者のみなさまへ
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ミミズクの小窓 Returns
府医ニュース
2015年7月29日 第2755号
今年初頭、ジョンズ・ホプキンス大学の2人の研究者が「Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions.」と題する論文を発表した(Science,Jan.2,2015)。これが海外メディアで盛んに取り上げられ、大騒動を巻き起こした。
がんは組織によって発生頻度が大きく異なる。そこで著者らはそれぞれの組織の恒常性を維持する正常自己複製細胞、すなわち幹細胞の分裂頻度とがんの発生頻度との関係を31種類のがんで検討し、そこに強い相関(相関係数0.81)を見いだした。そして彼らはこう結論する。「がんの発生の3分の2は“bad luck” 、すなわちランダムな突然変異に起因し、遺伝性因子や環境因子の影響よりずっと大きな要因である。がんの本態を知る上でも死亡率低下を計る上でもこの結果は重要である」――けっこう上から目線の論文である。「まっ、何のかんの言っても、重要なのはbad luckだから、病因研究や予防研究するなら、我々の論文をよく読んで勉強してね~」というふうに読めないこともない。
今回はいつものようにミミズクがわざと曲解しているのではない。現にWHOのIARCはすぐさまこれに反応し、Press Releaseでかなり痛烈な批判を展開した。曰く、「著者らは多くのがんにおいてbad luckが主因なので予防よりは早期発見を重視すべきと結論しているが、このような主張は、誤解されるとがんの研究や公衆衛生に深刻な悪影響があり得る」……かなり怒っている。
著者らの縦軸にがんの生涯発生頻度をとり、横軸に幹細胞の分裂回数をとったきれいな相関グラフはよくよく見るとえっ、ほんと? と思わせるところもある。胃がん、乳がん、前立腺がんが含まれていないし、骨肉腫は部位別に5つもプロットがあるし……確かに遺伝性大腸がんや喫煙者の肺がん、HCV陽性肝臓がんは幹細胞の分裂回数は同じだが非遺伝性や非喫煙者、HCV陰性者よりもがんの発生頻度が高いことはグラフでも示されているので、遺伝や環境因子を頭からコケにしているのではないのだが、Science誌もマスメディアも派手にぶち上げ過ぎた嫌いがないではない。
幹細胞の分裂頻度はがん発生に重要とは思うが、遺伝や環境因子の是正にも配慮した記述が求められると思う。英語の諺にも“Hope for the best and prepare for the worst”とあるではないか。やはりluckにまかせず、やるべきことはやることが重要なのだ。……それにしても毎回the bestを期待し、かつthe worstには心の準備はしているのだが……ほんと宝くじは当たらん……。