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新春対談
府医ニュース
2015年1月7日 第2735号
我が国が超高齢・人口減少社会となり、医療を守る医師の役割も新たな段階を迎えている。医学教育において、専門分化した高度な医学知識の追求に加え、患者個々の生涯にかかわることができるひとりの人間としての医師像が求められている。そこで、新春特集では、全国医学部長病院長会議を率いる荒川哲男・大阪市立大学医学部長を迎え、伯井俊明・大阪府医師会長とともに、現代の医学生気質に基づく医師養成と医療専門団体である医師会への参画などについて対談した。ふたりは縁戚の間柄にあり、本紙初の兄弟新春対談である(司会:阪本栄理事)。
阪本 明けましておめでとうございます。司会を務めさせていただく大阪府医師会広報担当理事の阪本です。今回は、大阪市立大学・荒川哲男教授をお招きし、伯井俊明・府医会長との対談をお願いしました。伺ったところ、伯井会長と荒川先生は義理の兄弟のご関係にあると。
伯井 正月から荒川先生とお会いしているので、新春対談となるとやや照れますね。
荒川 明けましておめでとうございます。今年も早々に年賀を交わしました。府医会館には研修会や会合で参りますが、こうして伯井会長の横に座ると緊張しますよ。
阪本 本紙特集での恒例の質問ですが、年末年始をどのように過ごしておられますか。
荒川 毎年、正月休みのうち1日は息子2人とゴルフに行きます。また、孫達も一緒ですので、お節料理にも飽きた頃でしょうから、お好み焼を焼いたり、前もってシチューを作ったりして、ちょっとしたサービスをしています。
阪本 お料理が得意だと聞いております。
荒川 食べることの方が得意ですよ(笑)。しかし、クリエイティブなことをしていると楽しいじゃないですか。煮たり焼いたりしていると気持ちいいし、作り始めたら味を改良し、だんだんおいしくなっていく。それをみんなが評価してくれるので、楽しくなってきたんです。年に6~7回作ったら多い方ですけどね。
阪本 お雑煮は関西風ですか。
荒川 家内は白味噌仕立てで作ります。伯井会長もお雑煮は白味噌ですね。
伯井 そうですよ。実家がそうだから、そのまま引き継いでいるのでしょう。
荒川 伯井会長の妹ですから、家庭の味をそのまま守っているという感じです。家内と付き合い始めた頃、義兄はすごく怖かったんですよ。
伯井 医学部6年間を待てるか、兄貴として心配だったのです。学生時代に結婚したのですね。甥が生まれてからは、よくミルク缶を妹に届けましたよ。
阪本 伯井会長は中学時代に、野球部に所属されていたとお聞きしていますが、荒川先生も同じだったそうですね。
荒川 高校のクラブ活動ですね。幼い頃から野球に親しんでいたので、中学時代からしたかったのですが、すごく弱くて部活動が休止になりました。そこで、柔道部に入り、大阪大会では上位になりました。
阪本 進学後に高校野球ですか。
荒川 野球部に入れると思ったら、またも弱くて活動休止ですよ。僕が中学3年の時、大会後に高校生が校内の銅像の周りで泣いていました。勝ててうれし泣きかと思ったら「コールド負けしなかった」と…。
阪本 伯井会長は阪神タイガースファンですが、荒川先生はいかがですか。
荒川 阪神タイガースですね。この間、ピッチャーだった藪恵壹さんと一緒にゴルフしたんです。それはよく飛びますよ。普通は前の組が二打目を終えたらティーショットしますが、彼は飛ばすので、前の組がグリーンに上がるまで打てないんですよ。
伯井 プロ野球経験者は、よく飛ばすね。
荒川 特にピッチャーはタイミングがいいですね。
阪本 荒川先生が医師を志した動機、消化器内科へ入局された理由などについてお伺いします。
荒川 家内と私は高校の同級生でした。家内の兄弟は医師で尊敬していましたから、医師への憧れがあったようです。そこで私は、高校3年生から猛勉強を始めました。
伯井 はじめは医学部進学を考えていなかったのですか。
荒川 高校1年生の夏休みに北海道へ旅行し、牧場経営もいいなと感じました。
阪本 何かご縁をお持ちだったのですか。
荒川 友達の影響や、自然科学分野の本を読んだ印象が強かったと思います。
阪本 消化器内科を選択されたきっかけは。
荒川 当初、患部を切除して患者が見違えるように良くなることから外科を志していましたが、マスクアレルギーがあり断念しました。同時に、謎を論理的に解いて素早く的確に診断を付けるという思考過程にも魅力を感じていました。そこで、外科的な内科として、当時の消化器内科では内視鏡下で粘膜切除術を施行しており、先輩の姿に憧れ消化器内科に入局したのです。
伯井 その後は、「実験潰瘍」と言われる研究を進めたのですね。
荒川 入局から1年間研修医を務め、2年目からいずれかの研究グループに所属するのですが、僕は2年間臨床を勉強させてもらったんです。その後、市中の病院での勤務も考えたのですが、研究が嫌ではなかったので3年目から大学院に進みました。国際学会での討議など研究の手応えが面白くなり、やがて「実験潰瘍」に到達しました。
伯井 大阪市大では、女性医師の就労環境整備や他大学出身者に門戸を開放するなど特徴がありますね。
荒川 ルールやシステムはありません。私が医局で先輩に育てられたように、仲間が一番の宝だと思っています。仲間とはフラットな関係です。上下関係はあっても、助け合いながら力を合わせ、ひとつの目的達成を目指す。欧米をターゲットとし、医学会で研究でも臨床にしても勝負を挑む。だから、仲間を大事にする伝統が続いていると思います。ことさら女性医師の待遇を改善を図っているわけではないのです。ただし、女性医師のライフイベントには配慮し、ライフ・ワークバランスを保てるよう、皆で支え合う雰囲気があります。
阪本 それが本来の医局の役目と言えるのでしょうね。
伯井 荒川先生は平成26年5月に全国医学部長病院長会議(AJMC)会長に就任されましたね。東北地方や国家戦略特区での医学部新設構想に反対されています。
荒川 東日本大震災の被災地域における医師不足対策に端を発していますが、AJMCでは既に文部科学省の政策に協力し、現在では医学部入学定員が1529人増えています。定員増は暫定的措置であり、その後の調整も容易です。約5年後には医師数がピークと見込まれる一方で、人口減少が顕在化します。なぜ、医学部を新設するのか疑問です。
伯井 臨床・基礎の指導教員も必要となり、人材を確保できても、引き抜かれたところは崩壊につながりますよ。
荒川 医学教育や地域医療体制の確保から、大きなダメージになるのは明らかですので反対しています。設置に関する審議も不十分だと思います。
伯井 ハコモノでは、根本的な解決策にはなり得ません。
荒川 医師不足地域にどれだけ定着するか見極めるべきです。
阪本 大阪市立大学医学部附属病院のレストランで東日本大震災の復興支援特別メニューがあるなど、支援を継続されているとお聞きしました。
荒川 医療支援先が府医と同じ岩手県大槌町でした。一期一会の機会であり、その後も物資の支援や、地域を支える若い中高生に奨学金を出し、町を支える気持ちを高めてもらおうとしています。そのひとつにレストランで震災復興支援特別メニューを出してもらい、それには義援金200円程度が含まれています。年間約40万円集まり、3~4人の中高生に奨学金を渡すことができました。小さな取り組みですが、各大学がまねてくれたら約80カ所の「点」がつながり「面」の支援になります。震災に対する公益の支援の在り方が浮かび上がってくることを狙っており、徐々に広がることを期待しています。昨年は学内で市民シンポジウムを行いました。震災を忘れることなく、被災地の人々の生活に思いを寄せることから共助が育まれると思います。
阪本 いいアイデアですね。
荒川 良い医師を育てるための適切な教育素材だと思います。学生間でボランティア団体「なにわすまいるず」ができ、今は学生と教職員が一緒にサークル活動をしています。
阪本 荒川先生が代表をされておられるのですか。
荒川 はい。医学部の承認を得た活動として、医学生が大槌町での現地視察や地域住民との対話を行っています。仮設住宅の体験宿泊では、非常に劣悪だと報告していました。寒いし、音は響くので、きちんとした生活環境とは言えないと。そんな体験から医師の在り様を見定めてほしいと願います。
伯井 体験から意識を持つ意義は大きいですね。
阪本 医師養成のグランドデザインについてお聞かせください。
荒川 文科省や厚生労働省は、卒前・卒後のシームレスな医学教育を前面にした施策を講じています。卒前・卒後の一貫した教育体制は不可欠ですが、実は医師国家試験がネックです。知識ばかりが問われるので、医学生は国試対策に時間を割きます。すると、一番大切な6年次の臨床実習で学ぶ内容が半分程度になってしまう。卒後の新医師臨床研修制度では、もっと高レベルな臨床実習が必要なのに、卒前レベルに留まらざるを得ないのですね。
伯井 医師として認められるはずの国試がネックとは皮肉です。
荒川 AJMCでは前会長のご努力により、4年次に知識を問う共用試験を標準化し、クリアした医学生には、国試において共用試験のような問題を省き、奇問・難問を出題しないなど簡略化を提言しました。医学生は普段の勉強で知識問題をクリアできる体制を整えたのです。文科・厚労両省の間でもコンセンサスが得られたので、今後、知識を問う国家試験は簡略化されると思います。
伯井 技能はどのように問うのですか。
荒川 Advanced OSCEと呼ばれる、実践が評価される実習試験、手技試験を卒業時に行います。国試になるかどうかは別として、各大学で標準化した評価水準を決め、国試に準じる方向で動いています。5年次・6年次の臨床実習が、そのまま卒後の臨床研修につながります。
伯井 新医師臨床研修制度の運用に解決すべき課題があったということですね。
荒川 地域や診療科で医師偏在を深刻化させたのは事実です。だから、卒前の臨床実習を中心とした医学教育が医師養成のグランドデザインに沿っていけば、卒後の臨床研修制度は、以前のように各専門科に所属し、必要な部門をローテートする方式で良いと認めてもらえると思い、活動しています。
阪本 全国の医学部で卒業時の目標を共通化あるいは平準化し、卒後研修と組み合わせるのですね。
荒川 よりレベルの高い卒後研修ができるし、より早く専門医に向け動けます。
阪本 今般の専門医制度についてはいかがですか。
荒川 18の基本領域と19番目の総合診療専門医を含む構成はいい。家庭に根差した専門医は、医師会とつながります。医学会との調和を図り、試験や評価、判定に協力を求めつつも、医学会が独走しないよう調整するのが日本専門医機構の役割です。AJMCも同機構の社員の一員です。
阪本 総合診療専門医については、医師会では医療を抑制するツールになると危惧しています。
荒川 総合的・横断的な診療から介護、看取りまで、トータルに携わる医師という存在という意味からかかりつけ医と総合診療医は一致します。大学病院の総合内科専門医とは異なる家庭医の専門家というイメージがあり、その中核を日本プライマリ・ケア連合学会が担っています。
伯井 昭和50年代後半、医師会は旧厚生省が導入を目指したイギリスの家庭医制度に反対しました。厚労省は四半世紀を経て、再度、それに向かいたいのでしょう。新規開業時には総合診療医資格取得を要件にする政策誘導の可能性もあります。大学や大病院で、総合診療専門医が患者から話を聞いて、診療科を振り分けることは必要です。診療所医師はかかりつけ医として、既に総合的に診て必要に応じて紹介しています。患者が専門性を求める時代に、総合診療で横断的にすべて診ることが本当にできるのか。しかも、厚労省は制度化しようとする。「何でも診る」のはある意味良いにせよ、どこまでを診るのか。厚労省には、包括的な医療になれば医療費を抑えられるという発想しかありません。かかりつけ医機能と病院内の振り分け機能とが混ぜ込まれている気がします。
荒川 かつて、医師会が家庭医制度化の芽を抑えたのですね。
伯井 厚労省が言う家庭医とは、イギリスのゲートキーパー機能ですから、今の日本の医療制度が大きく変わってしまいます。診療所医師が相談に応じ、診ていく現状の体制は効率的でいい制度です。
荒川 背景を知らないまま総合診療専門医資格の議論が進めば、将来大変なことになりますね。
伯井 何でも診ることができるのはドラマの話で、実際の医療は違う。医師会は総合診療医に警戒感があります。一般的な診療所医師よりも、プライマリ・ケア全般に広く精通した医師を目指す日本プライマリ・ケア連合学会の活動は、自己研鑚のひとつの方法です。ただ、それを操ろうとする存在に注意してもらいたいですね。
荒川 「総合診療医資格がなければ開業できない」など、規制しようとする疑念がありますね。
伯井 長く医師会活動をしていると、仕組みの危険性や厚労省の思惑を察知することができます。実際そうですから、機会あるごとに会員に伝えています。従来の専門医が歩むコースと総合診療専門医がたどるコースとは違います。総合診療専門医のコースを選択したら、他のコースをとれないとか、開業時の条件といった制度化を危惧します。
荒川 一方、大学や大病院での総合診療専門医は、総合診療医を統括するレベルだと思うんですが。
伯井 病院での総合診断医は必要なことです。
阪本 医学生の気質や考え方などで感じる点をお聞かせください。
荒川 個人主義、あるいは自分のメリットで動く人が増え、組織として動く体質が減りつつあるのは事実ですが、それは方法の問題もあります。病院医療全体の向上になるから、医師会と協調し、会員として力を合わせる。病院の発言力により個々が恩恵を受けられると言えるよう取り組んでいます。控除対象外消費税問題はその最たるもので、例えば大阪市大病院では十数億円もの消費税負担があります。診療報酬での手当て相当額を差し引いても2億円程の損税は免れません。7対1入院基本料算定について「重症度、医療・看護必要度」を大学病院でクリアするのはハードルが高い。特定機能病院にまで「重症度、医療・看護必要度」の要件を求められると、医育機関として必要な患者の受け入れができなくなります。急性期医療ばかり対応できません。特定機能病院は別扱いにするなど制度が改善され、病院で難渋していることに医師会のバックアップで関係性がより密接になります。医師会未入会では困るという説明が若い人達にできます。
伯井 医学生時代から医師の在り方を教育し、医師会の必要性を説いてほしいですね。控除対象外消費税をはじめ医療制度問題で、国から解決策を得るには医師の団結力、医師会の政治力が必要です。組織内候補が100万票獲得できれば、医師会の主張も反映されやすくなります。
伯井 だから、医師会への結集を教育してほしい。病院個々に損税を訴えても、国は相手にしてくれません。医師として行いたい医療を実現するには、専門集団としての医師会の組織力を強化しなければならない。そうしないと、政策も医療制度も改善されないことを医学生時代から理解してほしいですね。
阪本 若い人に限らず、すぐにメリット論を口にする風潮があります。
伯井 府医主催の「新研修医ウェルカムパーティ」では、医師・医療の在り様を守る医師会活動について啓発しましたが、それだけではなく大阪府医師協同組合や大阪府医師信用組合のスケールメリットも紹介しました。新研修医はほぼ入会してくれたようです。病院長や教授、部長職が同じ気持ちになり、医師会活動を啓発してくれたら、医師会はもっと力を発揮しますよ。患者に良い医療を提供するためには適切な政策を通すこと、そのためには医師会の発言力を強くする必要があります。医師会は開業医の権力団体という誤解を説き、そして、何のために医師会が存在するのか、医師会ががんばったらできると伝えてください。
荒川 AJMCと日医との懇談でも、話題にしたいと思います。全国の医学部長、病院長が同じ意識を持つことが求められます。
伯井 府医副会長が大阪市大や大阪医大に出向いて、医学生に直接、医療制度や診療報酬制度に関する講義を行うなど、医師会の必要性を説いています。
荒川 医師会役員が講義すると、医学生の中には利益誘導だと言う者もいますので、本来は指導医や施設の長が適任でしょうね。
伯井 直接の指導者にそのような認識を持ってもらえればありがたいですね。医師として本質を話し合ってもらったら、相互理解できますよ。
荒川 医学生時代から、医療政策がどのように進んでいるか、関心を持ってもらえればと思います。
伯井 医療制度が悪いと言われますが、それでも医師会は国と闘って踏ん張ってきた。医師会活動の必要性を理解してくれると思います。医療政策下で医療をするわけだから、その根本が悪ければ努力しても報われない。だから何が必要か。きっと分かってくれると思います。
阪本 本日は、ありがとうございました。