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医師・医療関係者のみなさまへ
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時事
府医ニュース
2014年8月20日 第2721号
バルサルタンの市販後大規模臨床研究における捏造データが「高血圧治療ガイドライン」に引用され、大規模な販売戦略も相まって患者の不安感や臨床研究への多大な不信感を抱かせた。事態は一見最悪のようだが、今後、日本の医学・医療発展への足がかりも垣間見られる。
我々医師がプロジェクトを遂行する場合、患者主体の研究の方向にあるかどうか、常に心の羅針盤を意識しなければならない。この10年で時代は大きく変わり、小規模であった日本の臨床研究がEBMを主体とした多施設大規模臨床試験という、欧米が先鞭を付けた研究体系に変貌した。大規模研究の統計解析側は無味乾燥な数字との勝負になるため、患者の顔が見えず基本原則を忘れがちになる。また、運営に膨大な資金を要するため、営利企業の協力を得る結果を招いた。
欧米でも医師主導型研究の統制には、幾多の試行錯誤を経ているが、利益相反(COI)開示という機能により、医療関連企業の営利主義が医学発展の内燃機関として形成されつつある。しかし、急激に変化した日本の研究体系が患者保護への十分な強度を持っていなかったため、営利主義の暴走を許した。医療は患者の安全を確保するため、厳重な国家統制が敷かれた特殊な領域である。また、膨大な医療費を巡って各方面から営利の触手が規制緩和の綻びを広げようとする。営利のみを追求し、患者の安全性が組織的に侵害されることは、日本医師会が常々主張する、自由診療や医療ツーリズムなどと同様の問題構造になっている。
国家統制のない学会という自由な領域に拡大した営利主義が、比較的統制がとれていた医療界に影響を及ぼし始めた。学会の研究体制の維持に、大規模な産学協同体制が必要なことは、医師会の立場とは異なっている。しかし多施設共同研究の大規模化につれ、その影響が学会だけにとどまらない状態に拡大している。研究会出席後に、バルサルタンを処方した医師会員もおられるであろう。我々は、意識しないまま患者主体の医療という原則から外れた状況に引きずり込まれてしまっているのではないか。そこで、今まで比較的独立した存在であった学会と医師会が、患者を守るという根本原則の運用方法で、共同歩調を取る必要性が生じてきた。
今回のバルサルタン関連事案は、国民が医療の安全性を意識する重要な機会を与えた。最高学府を含む病院群でさえ、盲目的に信頼してはいけないという教訓を得ることにもなった。
以前、「国民は医療を空気的存在としてきた」ことを記したが、絶対的な信頼感は、ともすれば安全な医療は当たり前という意識を起こし、安全性の概念が欠落してしまう。「患者が望めば、数週間後に新薬として使える」という制度のように、この意識が揺らいだことは、先進的な思考も、我々に十分な議論をもって判断する余地が与えられたことを意味する。医療は非常な労力を要して維持されており、それが国民の安全を守ることに使われている事実は、国民が医師会活動を理解する上で重要であると思われる。
国民には、データ捏造を論理の整合性で突き詰めたことを積極的にアピールすべきである。学会は非難の目で見られがちであるが、これは逆であり、営利主義による事実の歪曲が論理に屈したことで学会の自律性・独立性が示された。ただ、事実の解明に数年を要するように、論理の展開には長時間が必要であることも事実である。国民の安全を守るため、新薬採用には長時間を要する場合もあるのだ。(晴)