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医師・医療関係者のみなさまへ

時事

STAP細胞とルネサンス

府医ニュース

2014年5月7日 第2711号

連続した独創性が世界をリードする

 iPS細胞による再生医療の実現に大きな期待が寄せられる最中、30歳の小保方晴子氏が発見したとされるSTAP細胞は、大衆の関心を呼び起こした。STAP細胞ほど日本国民が興味を示した実験は、今までになかったと思う。理化学研究所(理研)内で、マウスの細胞を弱酸性溶液に浸けるという簡単な手法が厳しく追及され、小保方氏が反論するお家騒動に関心が集中した。報道を通じて、世間は強面な理研が、か弱い小保方氏を攻撃しているような流れになっている。特定国立研究開発法人の承認の時期に重なっていたことも、本来は素晴らしいことなのに、それすら今回は保留された。
 小保方氏の会見に対する毎日新聞のツイッター分析によると、情緒的な側面からの肯定意見に対し、科学的視点からの批判は少数である。だが、研究者にも言い分がある。トップレベルの論文になるほど、専門家の購読者が多くなる。当然論文のすべてに関心を払わなければならず、そのことを著者自身が感じなければならない。そういう意味で、不文律とも言える研究者の感性が問われている。優秀な研究者は自ら悟る能力がなければ独創的な仕事はできない。また、独創的な仕事をする指導者にとって、任せられる部分を任すことが研究者の独立性と自主性を育てる上で必要であろう。だから、一流になれば、「まさかそういうことはしない」という共通認識がある。その中で、コピーペーストがあったこと自体、度肝を抜かれる行動であり、小保方氏単独の不正という、勇み足的な結論になったと推察される。理研の高い研究レベルからみると、第三者機関に判断を委ねるなど、とても恥ずかしい限りである。常識論的な判断として十分理解される。
 小保方氏にも言い分はあろう。今まで経験がなかったような、オリンピック選手並みの精神状態に置かれていた可能性がある。NatureのArticleは、Figure一つひとつが、それぞれ普通の論文1本分のデータを含んでいるので、猛烈な数の実験をこなさなければならない。特に投稿から受理までの10カ月間は、精神的にも強烈なストレスがあったと思われる。細胞とマウスどちらも使う実験は、細胞を整えたり、受精卵に細胞を注射したり、またマウスの妊娠後、胎児を解析したりと、短期間では再現実験すらとても大変で、多くの人が関与しなければできない。時間が切迫した中で、つい過去のデータを拝借したということであろうが、若い研究者にとって、精神的苦痛に耐えかねるほど世界の壁は厚い。指導者の十分な精神的サポートが必要であったかもしれないのだ。
 とはいえ、このお家騒動、親子げんかのようでもある。両者とも真のSTAP細胞を切望しているので、根本的な対立はなく、あくまで対外的に立ち回っているだけである。それよりも、背後に鳴り響く心の高揚感は何であろうか。
 今回、マスコミが騒ぐ世論とは、科学者以外が反応している単純なものではない。日本は長い低迷期を経ているが、この間に追随してきたアジアが巨大な世界のエネルギーを吸い込んでいた事実を現実として知った。我が国のお家芸であったテレビ受像機、携帯電話、そしてパソコンが負けてしまった。かろうじて自動車はハイブリッド車でリードしているが、それも時間の問題であろう。欧米追従で大きくなった日本は、白物家電のように所詮借り物人生であったかという失望感が渦巻く。世界を牽引するルネサンスを是が非でも行わなければ、アジアの波に飲み込まれてしまう危機感があるのだ。その渦中にジャンヌダルク的STAP細胞が登壇した。
 もちろん日本は、STAP細胞だけでは浮かばれない。各分野でも、我々医療界でも、第2、第3の度肝を抜く独創性が連続して生み出されることが必要である。そのためにはSTAP細胞に感じる高揚感を、全国民が継続して共有することが今回一番重要なのである。(晴)