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月明りの届かない場所

府医ニュース

2026年10月7日 第3158号

 ようやく秋らしくなってきた。
 空気が澄み、夜空の月も、ひときわくっきりと見える。

一(ひと)つ家(や)に
  遊女(ゆうじょ)も寝(ね)たり
       萩(はぎ)と月(つき)

 松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で詠んだ一句だ。同じ宿に泊まり合わせた遊女達と旅人。折しも庭には萩の花が咲き、美しい月が照り輝いている。朝になれば、それぞれの人生へ戻ってゆく、遊女と自らの取り合わせを萩と月にたとえた名句とされている。
 この句を初めて目にしたのは、小学生の頃。横溝正史の「獄門島」の中だった。この美しい「萩と月」は、殺人の情景に現れた。3人の娘達の凄惨な連続殺人事件の現場に残る松尾芭蕉と宝井其角の句。句に隠されたメッセージとトリックを金田一耕助が解き明かし五七五の句が謎解きになるミステリーとして有名な作品だったと後に知った。
 10月7日は、ミステリー記念日だそうだ。アメリカの作家エドガー・アラン・ポーの忌日に由来する。ポーが描いた恐怖の多くは、幽霊や怪物そのものではない。疑い、憎しみ、執着、良心の呵責――人間の心の奥に生まれる闇だった。『モルグ街の殺人』に始まるミステリーの歴史は、以来180年以上、人を惹きつけ続けてきた。
 ポーから横溝を経て現在までミステリーが照らしてきたのは、犯罪だけではなく、人間そのものだったのかもしれない。
 秋の夜、月は明るい。けれど、すべてを照らすわけではない。その光の届かない場所に何があるのか。私達は、それを知りたくてミステリーを読むのかもしれない。(颯)