
TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ
本日休診
府医ニュース
2026年9月2日 第3155号
最近「スネハラ」という言葉が話題になっている。東京都庁などで猛暑対策としてTシャツやハーフパンツでの勤務を認める動きが広がったことがきっかけとなり、「男性のハーフパンツから見えるすね毛が不快」という反応がSNSで出て、「すね毛ハラスメント」「スネハラ」という表現が拡散したようである。
ハラスメントを否定する訳ではない。法的に問題となる「ハラスメント」は、社会通念や就業環境への影響などを考慮することで、一定の客観性が担保されている。一方、日常語としてのハラスメントは、主観的な『不快』との境界が曖昧になりがちで、言葉そのものがインフレーションを起こしている。
1916年、D・W・グリフィスは『イントレランス』を制作した。私の記憶では、「不寛容な人々」の邦題で紹介されていたように思う。古代バビロン、キリストの時代、16世紀フランス、20世紀初頭のアメリカという四つの物語を通して、人間が繰り返してきた「不寛容」が描かれる。そこに共通するのは、「自分達が正しい」と信じ、その正しさを他者にも強制する構造である。
現代では国家や法律が直接強制するのではなく、SNS上の多数意見や同調圧力が、かつての道徳運動に似た役割を果たすことがある。「正しさ」が強くなりすぎた時、それはしばしば寛容さを失う。誰も不快にさせない社会は、誰も自由ではいられない社会なのかもしれない。
映画から110年経った現在、問われているのは、他人の不快さではなく、私達が他人の違いをどこまで受け入れられるかということなのだろう。
人間の体毛は不快だと言われる一方で、全身毛だらけのネコや犬は「もふもふ」と愛でられる。どうやら毛そのものが問題なのではないようだ。いっそ狼男にまでなれば、社会から愛されるのかもしれない。(隆)