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瓦礫沈淪

府医ニュース

2021年2月24日 第2956号

 あれほどの番狂わせ、濃姫スキャンダルやコロナ休配のNHK大河ドラマも楽日を迎え、小欄光秀シリーズも投了です。本能寺の謎は解けましたでしょうか。麒麟やいかに、いかに。
 理屈が先行しますが、お題の瓦礫沈淪です。光秀の信長への忠誠心の象徴とされる「家中軍法」の末尾にみえます。原文は「瓦礫沈淪之輩、国家之費以椋公務」でありまして、上様は河原の砂利のようなわたくしを引き立てひとかどの大名に、というところでしょうか。この条文は天正十年六月二日の「変」の丁度一年前、九年同月同日制定、居城のあった福知山市の御霊神社に伝わります。更に半年後発給の「家中法度」という訓令では、信長の直臣に対しても最大限の敬意を払うべし、と律します。明けて十年年始七日の茶会では、上様の自書を軸装して床の間(茶席では貴人座)に奉じます。丹波、丹後平定の戦塵癒えぬ身ながら「馬揃え」という正親町帝勅臨の軍事パレードのプロデュース、信州武田討伐の供奉、家康の饗応役と、明智先生、獅子奮迅の大ハッスルです。パワハラ全開の上様に全身全霊の宮仕えに精勤した末に「変」は決行されました。
 がまんに我慢をこらえて崇め奉る信長を討ったのは、時代考証の小和田哲男・静岡大学名誉教授の学説に沿う心理描写のとおりでしょう。しかし小筆はクーデターであると確信しますぞ。信長父子悪逆天下の奸討ち果たす、との声明を発し、ただちに朝廷や有力寺社に金子バラマキ宣撫工作を展開します。そもそも下克上なんて戦国時代のお約束です。秀吉も信長嫡流を蔑ろにしますし、その上をいったのは家康です。
 ところで文献渉猟の旅すがら、この明智軍法は明らかに疑文書、という論文*を見付けて驚きました。考えれば「変」と一年違いの同一の日にちも変です。だいいち秀吉こそ瓦礫沈淪そのものです。二度びっくりは著者の尊名です。すき焼きをゴチになった、教養過程で習った教授(奥様、食べ散らかしてすみませんでした)とはいかに、いかに。(冬)
*石躍胤央「史学雑誌」近世、1964年74―5