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医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

ヒトを〝出アフリカ〟に導いた遺伝子変異

府医ニュース

2020年8月26日 第2938号

 ヒトはいかにして地上の覇者となり得たか? それはヒトの進化の道筋がfitters電話 victoryたるにふさわしいものであったからだろう。それは必ずしも身体的進化に止まらない。いや、むしろヒトの情動や心の在りようの変化が種の存続・発展に決定的な役割を果たしたのではないか。もっとも、〝運が良かった〟こともあるだろう。6600万年前の巨大隕石衝突がなければ、今でも哺乳類は恐竜から逃げ回っていたかも……。
 東北大学のグループは最近、類人猿から現代人に至る進化の過程で生じた可能性のある、小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)タンパク質(セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質をtransportする働きを持つ)を人工的に再現し、その進化段階と神経伝達物質の取り込み能との関係を明らかにした(BMC Evolutionary Biology 19:220 2019)。
 それによればVMAT1の進化段階は5段階に分けられるが、当初は神経伝達物質の取り込みが減少する方向に進化しており、不安やうつ傾向が優位であったと考えられるが、最終段階で取り込みが増加する変異が出現した。この〝hyper-function allele”の出現の時期が、ちょうどヒトが母なる大地であるアフリカを出て、世界各地に分散して行く、すなわち 〝Out of Africa――出アフリカ”の時期に一致するという。
 出アフリカの時期は約10万年前とされている。それまでの間、なぜ不安やうつ優位という遺伝子特性がヒトという種にとって有利に働いたかについては想像するしかないが、現在の精神病理学的見解をヒトの黎明期の環境に当てはめるわけにはいかないだろう。あるいは慎重、共感、利他などの行動につながって、集団の生存に有利に働いたのかもしれない。しかし環境が激変し、状況が切羽詰まってきて「ここは一番、運を天に任せて新天地を目指す」という〝ギャンブラー的遺伝子変異〟の出番となったのではないか。なお、最近Out of Africaでのヒトの痕跡は、約20万年前まで遡ることができるという報告もあるので(Nature 571:500 2019)、突然変異による〝ギャンブラー〟は当初は五月雨式に現れ、後に爆発的に増加したのだろうか。
 このような研究に接すると、やはり人体は所詮遺伝子の乗り物なのか、と思わぬではない。だとすればだいぶガタがきている。車ならもう車検の時期か。「お客さ~ん、こりゃダメだ~もう廃車だね~」……。勝手に決めるな! まだまだ走れるぞ!