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時事

新型コロナと風

府医ニュース

2020年6月24日 第2932号

感染予防のための風道と遮断

 最近、歯科検診を受け、その仰々しさに驚いた。当たり前だが、自院以外の医療機関を受診すれば、私は患者である。歯科外来は処置によって飛沫が確実に飛散するので、私は完全に新型コロナ対策をされた。歯科助手はPPEに身を固め、厳重な装備をして口腔内処置をしていた。処置中に上をぼんやりと見ていたら、天井に吊るしたモニュメントがゆっくりと回転していた。またカーテンも微かに揺れていた。医院の空調のみには頼らず、窓を開けた主治医の換気への配慮があった。「焼肉屋にあるようなデカイ掃除機の吸い込み口みたいなものをつけたら良いですね」と言った瞬間、「はい、これです」と私の顔の横に設置してあった吸い込み口を指さした。歯科検診であったため、その装置を作動させていなかったので気がつかなかったのだが、初診の時からずっとそこにあったのである。
 実際、医療機関の換気はどうなっているのか。件の歯科医院で窓を少し開けるということは、医院の空調だけでは新型コロナ対策は十分でないということを示している。医療機関の空調は、昭和23年に公布された医療法で規定されている。その施行規則第三章第十六条五で『機械換気設備については、感染症病室、結核病室又は病理細菌検査室の空気が風道を通じて病院又は診療所の他の部分に流入しないようにすること』と記され、同七では『感染症病室及び結核病室には、病院又は診療所の他の部分及び外部に対して感染予防のためにしゃ断その他必要な方法を講ずること』と規定している。法律の常で曖昧な表現ではあるが、これを元に日本建築学会や日本造血細胞移植学会などの独自基準も定められている。また、『病院設備設計ガイドライン(HEAS)』が日本医療福祉設備協会から発行されている。これによれば、時間あたりの外気混入量、換気最小風量、フィルターの有無、陽圧か陰圧か、気流の有無の条件が定められており、「Ⅰ.高度清潔区域」から「Ⅴ.汚染管理区域」までを5段階に分類している。新型コロナ感染管理に関しては「Ⅴ.汚染管理区域」に該当し、時間あたり外気量2回換気、室内循環最小風量12回換気、中性能フィルターが必要、室内は陰圧となる。また歯科や医科などの一般診察室は「Ⅳ.一般清潔区域」で、時間あたり外気量2回換気、室内循環最小風量6回換気、中性能フィルターが必要、室内は等圧と定められている。これが私が受診した歯科医院の設備設計である。窓を開けることは、診察室が属する清浄度クラスの条件のうち、外気量と室内循環風量を増加させることである。
 しかし施設基準が満たされれば、感染が起こらないというわけではない。平成15年のSARS流行時、中国広州の病院ICUでの院内集団感染は、必ずしも強制換気が万全でないことを示している(殷平:室内環境的安全性和独立新風系統、暖通空調HV&AC〈33〉,
2003)。気流が設計的に意識されているのは、「Ⅰ.高度清潔区域」に分類されるバイオクリーン手術室や易感染患者用病室であるが、普通の病室や診察室が属する等圧の「Ⅳ.一般清潔区域」でも、汚染された空気が直接患者に接しないように、吹き出し口と排出口の位置関係の配慮が求められている。
 一方、例え空調設備に配慮したとしても、職員や患者が空気の流れを意識しなければ、換気などは意味を持たない。計算窓口や待合室が芋洗い状態では、折角の設備が泣くのである。そういう時のソーシャルディスタンスというのは、気流が通過する道を作るという考えもある。しかし現在は窓を開けたり、ソーシャルディスタンスの応急処置であるが、このような過密状態を想定した空調設備というのも可能ではないか。例えばエアーシャワーのように、上から下へ向けた気流は、飛沫を呼吸する機会を少なくする。満員電車もそうだが、扇風機で横向き気流を与えても、気流は顔の位置を通過していくため、下流に位置する乗客は、濃厚な飛沫のシャワーを常時浴びることになる。横向き気流でも、飛沫希釈度が自然換気を下回れば、窓を開ける意義はある。マスクはもちろん最大の飛沫感染防止策ではあるが、今まで全く意識しなかった空気の流れに、サイクロン式掃除機のようなアイデアを出す価値は十分ある。(晴)