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SARS-CoV-2感染症診断におけるPCR検査と抗体検査

府医ニュース

2020年5月27日 第2929号

大阪府医師会精度管理委員会委員長
近畿大学病院臨床検査医学教授 上硲 俊法

 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID―19)が全世界的な公衆衛生上の危機を起こし、社会生活すべてに深刻な影響を及ぼしている。本症の問題は一部の患者に重篤な転機をもたらすにもかかわらず、その発症早期には他のウイルス性上気道感染症と区別することは難しいことにある。そのため、確定診断のためにPCR法やLAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法などの遺伝子検査によってSARS-CoV-2の存在を証明することが必要となる。
 これらの検査は確定診断に必須の重要な検査であるが、日常臨床において少なくとも3つの課題がある。第一は遺伝子検査の供給態勢に関しての課題、第二は検査前過程の課題、第三はPCR検査の感度に関しての課題である。第一の課題の解決のためにPCR検査体制の整備とともに抗原検査や後述する抗体検査の開発が急がれている。抗原検査はイムノアッセイによりウイルスの抗原を検出し、検査時間が30分程度である。今のところ感度や特異度に関して正確な情報はないが、感度に関してはPCRよりかなり劣ることが分かっており、現時点では診断の補助的検査と考えられている。第二はPCR検査の検査前過程の課題である。鼻咽頭ぬぐい液や喀痰などの検体を採取する医療従事者の感染を予防する観点から、煩雑で厳重な暴露予防対策が必要となる。最近、唾液をPCR検査の検体として使用可能であることが報告された。検査検体として妥当であることが明確となれば、採取過程での安全性は上昇することが期待されている。その他、院内でPCR検査を行わない場合の検体搬送を確実に管理することもハードルになる(筆者の施設から大手の検査センターへの搬送も煩雑になり、検査品質を保証できる環境整備に苦心した)。第三の課題としては、検体として用いられる鼻咽頭ぬぐい液におけるPCR感度は必ずしも高くない(偽陰性が多い)ことが挙げられる。これはCOVID―19が下気道に親和性が高いウイルスであり、鼻咽頭にはウイルス量が少ないことが原因と考えられている。
 抗原検査は検査感度がPCRよりも更に低いことから、検査結果を日常臨床に容易には使えない可能性がある。一方、抗体検査はその特性を理解すればある程度日常診療に利用できるところまで開発が進んできている。抗体検査の利点は、(1)遺伝子検査や抗原検査と異なり血清を用いるので検体採取の煩雑さや危険性の回避が喀痰を検体とするより容易であること(2)PCRより短時間で測定可能な上、感染既往の確認というPCRを補完する情報を得ることが可能であること――である。しかし抗体検査は免疫検査であるが故の、特性があることを理解する必要がある。
 現時点(令和2年5月中旬)では、COVID―19での抗体検査についての正確な情報は限られているが、既に国内外多くのメーカーからイムノアッセイキットが発売中あるいは発売される(研究用試薬として)予定である。多くのイムノアッセイキットはIgM抗体、IgG抗体を測定可能である。我が国ではクラボウの「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体キット」などがある。免疫検査なので製品ごとに特性が異なると考えられるが、いくつかの報告をまとめると、①多くのイムノアッセイキットでのIgM抗体、IgG抗体はともに早くとも第10病日以降に陽性となり、発症早期には陽性とならず発症早期の患者の診断に用いることは推奨されない②一部のイムノアッセイ系ではIgM抗体は感度、特異度とも低く、IgM抗体陽性のみで確定診断はできない③発症後時間が経過している場合、多くのキットにてIgG抗体の陽性率は高く既感染の確認には有用であると考えられる。これら3つの知見から、抗体検査は発症早期の診断には有用ではないが、患者の経過観察や地域の疫学調査には有用であることが分かる。ただし抗体検査による「既感染」の確認はできても、十分な中和抗体の存在を示しているわけではなく、再感染の可能性を現時点では否定するものではないことを理解しておく必要がある。
 現在(令和2年5月中旬)、我が国のCOVID―19の流行は少しずつ収束しつつあるが、流行の第2波、第3波がくることが予測されている。SARS-Cov-2の検査に関しては、PCRやLAMP法による遺伝子検査の検査供給体制の整備がなされ、抗原検査・抗体検査の改良が大きく進むと考えられる。今は検査の進歩を予測してCOVID―19急性期の遺伝子検査・抗原検査・抗体検査を正しく用い、第2波、第3波到来時の患者フォローアップ体制確立を研究すべき時期と考えている。