TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

液体のりで造血幹細胞を増幅する

府医ニュース

2019年10月30日 第2908号

 不肖ミミズク、大学時代は血液腫瘍細胞株の培養を生業としていた。培養液に添加する高価なウシ胎児血清(fetal bovine serum :FBS)のロット間差は極めて重要で、たまたま悪いロットにあたると細胞株は全滅する。こうなってはじめてそのFBSがウシ致死的血清(fatal bovine serum)であったことに気付くのだ。このようなscientific jokeも培養技術とともに先輩から手ほどきを受けた。この場をお借りして深謝したい。
 造血幹細胞移植(SCT)は多くの造血器腫瘍や骨髄機能不全あるいは免疫不全症で、しばしば唯一の治癒的治療手段となる。造血幹細胞(HSCs)は骨髄、末梢血、臍帯血から採取可能であるが、必ずしも十分量が得られるとは限らない。もしHSCsを簡便かつ安価に増幅できれば、SCTへの貢献は計り知れない。しかしHSCsの増幅培養は簡単ではない。細胞分裂には血清成分やアルブミンが不可欠だが、一方でこれらのタンパク成分がHSCsの未分化性の維持を阻害するという厄介な問題があった。増幅培養中にHSCsが勝手に分化してしまえば元も子もない。
 そこで東京大学、スタンフォード大学、理化学研究所の共同研究チームはマウスの系で、HSCsの未分化性を維持しつつ増幅培養を可能とするために、タンパク成分に替わる物質を追い求め、ついに〝液体のり〟の主成分であるポリビニルアルコール(PVA)がこの目的に適うことを発見した(Nature :2019 May 29 Epub)。PVAを培養系に添加すればHSCsの未分化性を維持したまま1カ月以上も増幅培養が可能だという。なお低いStem Cell Factor濃度と高いThrombopoietin濃度も重要な条件だそうだ。
 えっ、「のり?!」と思われる方も少なくないであろう。そう、コンビニに売っているあの〝液体のり〟である。むろん見積りをとるまでもなくFBSより安価だ。理論的には、たった1個のHSCを増幅培養して複数の患者さんにSCTを行うことも可能だそうだ。またマウスの骨髄には多数の〝HSCのための空き部屋〟があるので、大量のHSCsを輸注すれば骨髄破壊的な前処置なしでHSCsが生着するという報告もあり(Blood 2017,129:2124)、更に可能性は広がる。著者の一人の表現をお借りすれば「目からウロコ」の快挙である。ミミズクの目からもウロコが落ちたが、まだ何枚か残っていそうな気がする。「それは白内障じゃないのか!?」というご指摘は有り難く承っておく。