TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

イナーシャからの脱却

府医ニュース

2019年9月25日 第2905号

 府医会員諸兄姉は〝イナーシャinertia”と聞いて何を思い浮かべられるだろうか。ミミズクはメキシコ五輪・体操の華、ナターシャ・クチンスカヤの妹か?!と思ったが、さにあらず「惰性・慣性・怠惰」を意味する英語であった。この4月に日本高血圧学会(JSH)が高血圧治療ガイドラインを改訂して130/80未満を目標値としたのだが、その際に高血圧管理が不十分となる要因として「不適切な生活習慣」「アドヒアランスの不足」に加えて「臨床的イナーシャ」を挙げていた。
 不肖ミミズク、「惰性・慣性・怠惰」は得意である。専門分野と言ってもよい。「自分が怠惰であることと、イナーシャに詳しいことは違うぞ!!」というご意見には、己が怠惰だからこそ分かることがあるのだ、と強弁しておく。
 JSHの言うイナーシャは「降圧剤を開始すべきときに開始しない、あるいは治療中に治療を強化すべきときに強化しない」ということだ。なるほど、ミミズクの座右の銘である「明日できることは今日するな」に通じるものがある。「そんなところで納得するな!!」というご意見は今後の糧にしたい。
 臨床的イナーシャあるいは治療的イナーシャは近年、生活習慣病の治療で注目を集めている。最も多くの論文が発表されている対象疾患は糖尿病で、高血圧症、高脂血症がこれに次ぐ。糖尿病診療では、イナーシャは「薬物治療開始時」「薬剤追加時」「インスリン治療導入時」に起こりやすく(Diabetes & Metabolism 43:502 2017)、決断の遅れは平均1年以上で最長7年を超えるという(Diabetes Care 41:e113 2018)。
 イナーシャが起こるのは、患者側の問題、主治医側の問題、社会経済的問題など、様々な要因が絡んでいる。また治療の開始や強化には一定の確率で有害事象も伴い得るので、何でもかんでもイケイケどんどん、も問題である。それに〝少し様子を見ましょう型イナーシャ”と〝熟考の上でのcareful watching”とは、傍目には必ずしも区別が容易でない。ここは経験とエビデンスに加えて医師―患者間の良好なラポールで担保するしかないであろう。
 今回、改めてイナーシャを考えてみた。ミミズクの胸にも反省と悔悟の想いが去来する。そこで今後の人生においてイナーシャから脱却すると決心した!
 ……でもまあ、今しばらくは様子をみよう……。