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時事

医師の宿直許可基準

府医ニュース

2019年8月7日 第2900号

忖度から契約社会へ

 7月1日に厚生労働省から都道府県労働局長に宛て、「医師、看護師等の宿日直許可基準について」「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」という2通の通達と、都道府県労働基準部長宛てに「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方についての運用に当たっての留意事項について」という通達が出された。これは今年3月28日の医師の働き方改革に関する検討会報告書を踏まえて、労働基準法解釈の明確化を図ったものである。多くの医師が越えてはいけない法の一線に対して、行政官が行使しうる基準が書かれてあるが、我々には自分が料理されていくレシピを見るような感じである。その表現は医師ではない法律家が関与したと思われ、通達の概要は同意していても、我々が思う方向性とは異なる効果が生じると思われる。
 厚労省の発表後、松本吉郎・日本医師会常任理事から「実態を反映し、医師業務を明確化・現代化したもの」という公式のコメントが発表されている。政府から突如として発表された働き方改革を、厚労省が医療者向けに加工し、その政策が及ぼす混乱と妥協点を、郡市区等医師会や都道府県医師会で影響を探りながら集約され、日医が現場と政策のギャップを調整した努力の結果である。日医のコメントは予想の範囲内であった。すなわち働き方改革の実質的な討議が、都道府県医師会や日医で既に展開しており、支流から本流へつながる流れがあったから、今回の通知に対しては大きな反論はなかった。
 内容は以前の曖昧な表現が現状に合わせて具体化されたものである。多くの例示とともに想定しうる可能性が列挙されており、アルゴリズムがイメージされる。今回の通達を基に雇用関係が構築されていくわけであり、ある意味契約社会の始まりと言ってもいいのではないかと思う。最も該当するのは、市中病院で当直時間帯にとめどなく患者が来院する事態であるが、通常の勤務と同態様であれば、宿直として許可されないということになる。ただ、時間帯や担当科によって、細かい適応がある。また時々重症患者が来院しても、それが稀であり、睡眠時間が確保される限り許可取り消しはなく、時間外労働の手続きをとり、割増賃金が支払われれば良い。ただこの「稀」が月何回を稀というのかの説明はない。拡大解釈ができそうであるが、もし統計的に稀であれば、正規分布する限り、上位の病院は必ず摘発される。通達の周りの表現を見渡しても、稀が今まで通りの解釈になるとは到底思えない。忙しい市中病院では、宿直が許可されようがされまいが、医師の実質勤務時間に対しては、割増賃金を払わないと罰則規定が適応される。今後の病院経営に大きくのしかかることは必至だ。
 また医師の研鑽に関しては、上司の命令があれば、勤務時間外でも労働時間になる。それが研究や論文作成のように、診療とは関係なくても労働時間になるのである。解釈によっては如何様にでもなる自己研鑽に関しては、事前の計画書や記録保持が求められるなど、透明性と客観性の高いものが求められている。暗示的指示もチェックされるため、上司は迂闊に命令できない。自己研鑽する若い医師が、無給で励むと密かに期待するのも間違っている。結局、部下にやらせるよりも、上司が自分でやる方が経営的には好ましい状態が作られるようになっている。体育会系の主従関係や忖度などの東洋的風土は、契約を基盤とした雇用関係に取って代わられるかもしれない。雇用時には今回の通達に抵触しないような契約書、またはそれに類似する書類の交換が必要とされるだろう。また自己研鑽の質は客観的に吟味され記録しておかないと、命令すればするほど金がかかる体系にはなっている。医師の持つ時間の価値を一旦賃金という金額に置き換え、それによって時間の配分が決定される仕組みになっている。通達は一見法律の徹底のように見えるが、実は医療界の体質を根本的に変えるトロイの木馬ではないか。(晴)