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2018 10大トピックス+(プラス)1

府医ニュース

2018年12月26日 第2878号

大阪に再び 万博が来る

 止めといたら?と思っていた2025年国際博覧会(万博)の大阪開催が決定してしまった。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに健康、医療に関する技術貢献を目指すとのこと。決まったものは全力で成功を目指すしかないが、府市の首長が公言してはばからないカジノを含む統合型リゾート(IR)との抱き合わせは受け入れ難い。
 IRとは本来カジノだけでなく国際展示場や、美術館、博物館、ショッピングモール、宿泊施設などを統合したものを指すのだが、結局ギャンブルの巣窟であるカジノが中核になっているのが実態だ。府市の狙いは、儲けが魅力的なギャンブルしか頭にないようだ。観光立国にとって効率的な収入源との先入観をもって国会はカジノ法案をすんなり成立させた。大阪湾の人工島・夢洲の万博跡地なのか併設なのか不明だが、場所はある。カジノ運営会社との交渉を始めたようだが、その施設は誰が作るのか、法律を通した国は予算をつけ、口を出し運営して儲けを吸い上げるのか、民間が運営するのか、外国の運営会社に任せるのか、儲けの分配はどうするのか。カジノの実態を見学に行ったくらいで分かるわけがない。
 カジノで依存体質の日本人を相手にギャンブルの場を提供しても失敗は明らか。破産者が増えるばかりだ。金持ちの訪日外国人が負けてお金を叩いてくれるのが頼みの綱だ。他国の例を冷静に参考にすべきだが、腹をくくって夢洲にプライベートジェット用の飛行場と豪華ヨットが停泊できる港を作るか。(禾)

平成最後の 暑い夏

 今年は地震、水害、台風と天変地異の多い年だった。水害と台風はとても暑い夏と関連しており、鬱陶しさのみが思い出として残る。しかし、来年からは若い人にも「エー、平成生まれ?」というような、義理でも嬉しくない言葉を発する必要がなくなった。見りゃ分かるよ。
 私が生まれたのは昭和の真ん中辺くらいなので、このような言葉を発せられたことは一度もない。昭和生まれは、もう一塊として同族なのである。いや同族にされていたに違いない。「なーんや、平成生まれやんか!」と言ってやろうと思う。劣等感にも似たこのような感覚は、各人の人生において繰り返すものだ。「誕生日おめでとう!」は嫌だが、「20歳、成人おめでとう!」と言われた言葉は、各人が嬉しく胸の中に秘めている。
 さて暑くて暗い夏ではあったが、ふと昭和最後の日はどんなのであったのだろうかと回顧してみるが、全くイメージが湧いてこない。確か故小渕恵三首相が、「平成」という文字をテレビの前に提示していたことくらいである。調べてみると1988年(昭和64年)1月7日が昭和最後の日であった。それぞれに思い出がある30年前である。昭和最後の年は、今年とは逆の冷夏であったそう。それも忘れている。しかし、とても暗かったことは覚えている。喪に伏すのは崩御してからであるべきなのに、その前から自粛ムードが続き経済は停滞した。この時、初めて天皇制が日本人の心の中に深く根差していることを実感した。
 平成になると、このことへの反省か、天変地異があっても経済は活気づくように、被災地の産物を買おうとか、企業を誘致するとか、あえて悲しさを紛らわすがごとく、明るく日常活動を停止させないような国民性に変わってきたと思う。それが生前退位につながっていったのであろうが、平成から次の元号へ変わると、きっといいことがあると夢を見ながら、明るくあと半年を送りたい。
(晴)

ACP、進められる

 ACP(Advance Care Planning;人生の最終段階における医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合うプロセス)普及への取り組みが、一気に加速した1年であった。昨年11月に公表された日本医師会第XV次生命倫理懇談会答申「超高齢社会と終末期医療」では、ACPの重要性や意思決定支援に関し、かかりつけ医が担うべき役割の大きさが指摘されていた。
 3月:厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が、実質11年ぶりに改訂された。高齢多死社会の進行を背景に、延命を望まない者の医療処置や搬送が行われる可能性や、望む場所で治療を受け自分らしい暮らしを最期まで続けられる環境整備が課題として、①病院での延命治療への対応のみならず、在宅医療・介護の現場での活用も想定②チームに介護従事者を含むことを明確化③ACPの取り組みを重要視したこと――が特徴である。更に、特定の家族等(今後単身世帯が増えることも想定し、親しい友人等を含む)を、自らの意思を推定する者として、前もって定めておくことも重要と踏み込んでいる。
 あわせて、ガイドラインの考え方に基づくパンフレット「これからの治療・ケアに関する話し合い」が改訂(初版発行は1月)、医療代理人の文言の削除など小変更が行われた。
 4月:診療報酬改定に際し、地域包括ケア病棟における一部の管理料の施設基準、一部の訪問診療・訪問看護におけるターミナルケア加算等の算定要件について、上記ガイドラインなどを踏まえた指針作りや対応が要件とされた。
 4月:日医がパンフレット「終末期医療 ACPから考える」を作成した。
 11月:厚労省の選定委員会により、ACPの愛称が「人生会議」に決まる。加えて、11月30日(いい看取り・看取られ)を「人生会議の日」とすることが発表された。
 後期高齢者医療制度とともに新設された「終末期相談支援料」が、国会で延命治療の打ち切りを迫る制度、医療費削減ありきと問題となり、メディアからは延命治療の中止と医療機関の収入があたかもセットになっているかのように報じられ、ルール外の措置でわずか3カ月で算定中止となったのは、ちょうど10年前であった。社会の状況や価値観は変わりゆくことを、感じさせられる。(学)

永遠のヤングマン  西城秀樹さん逝去

 5月16日に西城秀樹さんが亡くなって以来、ほぼ毎日、在りし日の動画巡りをしている。西城さんが活躍した1970年代は、三島由紀夫の割腹自殺やあさま山荘事件など、戦後思想の転換となる事件があった一方、経済、芸能・スポーツ、庶民文化などの面では、昭和元禄と言うべき希望に満ちた時代であった。当時、多くの歌番組があり、チャンネルをひねると西城秀樹が映っていた。自由でおおらか、容姿端麗でありながら、近所にいる親戚のお兄さんというイメージそのものだった西城さん。口には出さないものの、当時の若者はみんな西城秀樹になりたかったのではないか。子どもだった私も、なぜ、ヒデキという名前でなかったのか本気で悩んだ。
 80年代に入り、西城さんも長髪を切り、曲調もアダルトなものとなり脱アイドルしていた。時代もバブルに突入し、西城さんのような天真爛漫さや誠実さを冷めた目でみる空気があったように思う。三島由紀夫が心配した、日本全体に「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない」ニヒリズムが蔓延してきたのだ。西城さんはそんな時代でも西城秀樹であろうとした。そして平成に入り、数度の脳梗塞からお亡くなりなるまでの闘病生活は壮絶であった。そんな中でも西城さんは家族を大事にし、そして、ご近所や地元の商店街の人々に対して以前と同様、誠実に接し、仕事においても音楽を愛し、自分の求められている使命を果たしていたという。
 ヒデキロスという言葉がある。日本全体が彼から元気をもらっていたから、特別なファンじゃなくてもがっくりくる人が多いのだ。過去の映像を見ては、西城さんの素晴らしい歌唱力(これも本当に驚いた)とともに、当時の輝かしい自分たちの日常をも思い出す。彼は間違いなく西城秀樹という時代のアイコンだった。明日はいい日がくる、明後日はもっといい日がくると、本気で信じていた子ども時代。そんな70年代の記憶が西城秀樹なのだ。(真)

高度プロフェッショナル制度

 2007年、経団連の提言を受け、「ホワイトカラー・エグゼンプション」が議論された際、当時の厚生労働大臣が「家庭だんらん法」と呼んだにもかかわらず、「定額働かせホーダイ」と喝破する国民の激しい反発を受け、第一次安倍政権は、その導入を断念した。しかし11年後、18年の通常国会では、働き方改革関連法の成立に伴い、ホワイトカラー・エグゼンプションは「高度プロフェッショナル制度」と名前を変え、ついに19年4月の導入が決定してしまう。
 「高度プロフェッショナル制度」とは、「高度の専門職かつ高年収の人(エリート)を従来の労働基準法の保護外に置く制度」である。つまり労基法で定められている労働時間と賃金の関係を切り離すことで、企業は完全な成果主義の導入を実現する。建前は「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応える」とするが、どうだろうか?
 95年、日経連が提唱した「新時代の『日本的経営』」を思い出してほしい。当時も「柔軟に働きたい働き手のニーズに応える」として、派遣法の適用拡大が繰り返された結果、非正規雇用の増加、格差と貧困をもたらした。この「新時代の『日本的経営』」の中では、「長期雇用蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」という雇用形態の3つの類型が提唱されたが、それぞれが「無限定な働き方をする終身雇用の正社員」「残業代不要の高度プロフェッショナル」「雇用保障も賃金も低い非正規雇用」と対応・一致し、一貫して通底するのは、あくなき「人件費抑制」である。
 「世界で一番企業が活躍しやすい国」を掲げる安倍政権らしいが、そこに生活者への顧慮はない。例えば、労働時間の管理が無い以上、過労死をはじめとする労災認定はほとんど不可能となろう。がらんどうの法案は以降、国会で議論されることもなく、年収要件も適用職種も労働政策審議会で議論され、派遣法同様に、厚労省の省令で順次、改正が繰り返されていくという。(猫)

医学部入試で得点操作

 東京医科大学を発端として、複数の大学医学部の入試において女性や多浪生の合格を抑制するような得点操作が長年にわたって行われていたことが明らかになった。少子化により欠員が出る大学が多い中、医学部人気は衰えることなく難関学部とされている。今回の問題の底流には長年の医師不足の問題があり、医療現場の窮状から今回の問題に理解を示す意見もあるが、医師を志し、厳しい受験戦争を経験した受験生に対する裏切り行為であることには違いない。
 女性医師は年々増加しており、厚労省の調査によれば2016年には医師総数に占める女性の比率は21%で、医学部入学者の約3分の1となっている。しかし、OECD加盟国の多くは既に40%を超えており、日本はOECD加盟国平均の約半分である。現在、男女共同参画の理念の下、女性医師支援対策が進められているが、女性医師の就業率は、卒業後、徐々に減少し、卒業後11年(概ね36歳)で76%と最も低下する。これは、出産、育児などのライフイベンントによるものであるが、子育てがひと段落した後も男性医師の就業率までにはなかなか回復しない。女性医師が活躍できる環境整備は、いまだ十分とは言えない。
 今後、しばらくは高齢者を中心とした医療需要は増加すると思われるが、医師数の増加、人口減少、医療需要の減少などから約10年後には医師の需給は均衡し、その後、医療需要も徐々に減少するため、「医師過剰時代」が到来すると見通されている。これまで日本の医療は、少ない医療従事者による献身的な努力に依存してきたが、今後は医師の働き方改革の推進、多様化する医師の業務、ライフワークバランス重視などの価値観の多様化などに配慮した、女性医師支援、医師需給対策が必要である。
(榮)

今年のノーベル平和賞

 今年のノーベル平和賞の対象となった内容は、私にとって今年最大の衝撃であったと言っても過言ではない。
 受賞者は、コンゴの紛争地帯で性暴力の被害にあった女性達の治療や救済に取り組んでいるムクウェゲ医師と、自身も被害者となった過激派組織ISの女性への暴力をはじめとして女性や少数者への暴力を告発している、イラクのムラドさん。
 紛争地帯における女性への暴力は今に始まったことではないことは承知していた。しかし、ノーベル平和賞を与えるという形で世界に向かって明らかにされた事実は、遠い国々の女性達の受難が、他人事と思えない、正に自分の身体の痛みとして感じるほどに私に迫ってきた。
 これらの地域における女性への暴力は、単に混乱の中で起こった偶発的な出来事ではないということに特に衝撃を受けた。敵、あるいは抹消すべきとみなした集団を恐怖によって支配するという目的のために、安上がりの武器として組織的に行われている、言わばテロの一種とのことである。女性が子どもを産むという機能を持っていることによって傷つけられていることに、いたたまれない思いがする。
 自分の身を危険にさらす可能性を顧みず、世界に向かって訴える活動をしているお二人の勇気に尊敬の念を覚える。ノーベル平和賞を与えられたからと言って問題がすぐ解決するわけではない。また、私に何ができるのかも分からない。しかし、今回の受賞が解決への一歩となればと願ってやまない。(瞳)

診療報酬改定

 今回の改定では、在宅医療の提供体制の量的整備を図るため、在宅療養支援診療所(在支診)以外の医療機関に対する評価が拡充された。更に、在宅患者訪問診療料では「1人の患者に対して1保険医療機関しか算定出来ない」取り扱いが見直された。すなわち、在宅時医学総合管理料(在総管)、施設入居時等医学総合管理料(施設総管)または在宅がん医療総合診療料の算定要件を満たす他の医療機関の依頼により、診療を求められた傷病に対して訪問診療を行った場合、求めがあった日を含む月から6カ月を限度に「在宅患者訪問診療料(Ⅰ)―2=830点等」を算定できることとなった。
 在宅医療を手掛けている医療機関にとって、最も影響が大きいのは在総管、施設総管の点数の見直しで、厚生労働大臣が別に定める状態の重症者以外の患者に対する「月2回以上訪問の場合」の点数が、一律100点引き下げられた。一方、「月1回訪問の場合」の点数については、在支診・在宅療養支援病院(在支病)では20点、在支診・在支病以外の診療所・病院では50点引き上げられた。
 一方で、在総管および施設総管に関して、患者の状態に応じたきめ細やかな評価とするため、一定の状態にある患者について、包括的支援加算150点を新設した。同加算の算定対象患者に月2回以上の訪問診療を行う場合、在総管などの引き下げを勘案しても改定後は50点のプラスとなる。医療依存度の高い患者を受け入れる入院医療の受け皿となり得る在宅医療の普及を目指しているが、医師会は対応出来る医療機関の育成に取り組む必要がある。(中)

歴史を刻む夏の甲子園 第100回記念大会

 子どもの頃、夏の甲子園が始まると、1試合も見逃すまいと、1日中テレビの前にかじりついていたことを思い出す。そして、自分の生きてきた時代を、それぞれの夏に活躍した選手や名試合と重ね合わせて記憶しているのである。高校野球に熱い思い入れのある者にとっては、この100回記念大会は特別感慨深いものになった。いい大人が、レジェンド始球式に妙にワクワクし、その記憶を蘇えらせて饒舌に語るのである。松山商業(井上明)対三沢高校(太田幸司)、鹿児島実業(定岡正二)対東海大相模(原辰徳)、PL学園(桑田真澄)対池田高校(水野雄仁)等々、古い時代の伝説の選手や名場面を知っていればいるほど、もうそれは自分の自慢話にもなる。
 今年は、私立の強豪校がひしめく中、全員地元の選手で戦った公立校の金足農業が決勝戦まで勝ち上がった。身体を反らしながら力いっぱい校歌を熱唱する姿も光り輝いて見えた。最後は、最強チームとして目標とされながら、重圧を跳ね返した大阪桐蔭の見事な優勝で幕を閉じたが、ドラマの筋書きのような展開に湧き立つ大会であった。
 今回の第100回記念大会は、戦後からは71回目にあたり、もはや戦後に長い歴史を刻んでいる。終戦1年後の1946年8月15日に西宮球場で復活し、その翌年からは甲子園球場で再開された。これまで、阪神淡路大震災や東日本大震災などの苦境を乗り越え、途切れずに続いている。それは、夏の甲子園が、多くの日本人の魂に深く宿っているからなのかもしれない。近江高校・中尾雄斗主将の選手宣誓の中に胸の詰まる言葉がある。「数多くの災害に見舞われ、人々にとって笑顔だけでは乗り越えることのできない悲しみがありました。しかし甲子園は勇気、希望を与え、日本を平和にしてきた証です」。8月15日の正午、試合が中断され、熱気と歓声がサイレンの音とともに静寂となる。63年から平和を祈り、戦没者への黙祷を捧げている。今後、日本がどんな形で平和が守られるのかは知らないが、普通に夏の甲子園の歴史が刻まれることを願う。
(誠)

地震過剰

 建築物の耐震装置の品質を偽装した、との報道が駆け巡り激震が走った。KYB(旧カヤバ工業)免震ダンパ改竄事件である。
 商業報道だけでは小筆には何がどのように不適切なのか理解できなかった。免震装置とは建物の地下にあって、横方向の加速度を減殺するダンパであり、制震装置は建物の壁などに組み込まれた鎹のダンパである。前者は国土交通省認定の耐震装置であるが、後者は違うそうである。ダンパとはオイルを充填した注射筒を極細の孔で中空の注射筒に連結し、ピストンの動きにブレーキをかける仕組みである。身近には車のサスペンションがある。
 製品各個の減衰力にばらつきがあるが、上下15%以内が国交省の基準である。出荷時検査でこれを逸脱した製品にも合格、と改竄したことが問題となった。しかし報道では耐震能力に欠ける装置となったかのような誤解を招きはしまいか。前年、似たような事件があった、免震装置のもう一方のゴム支柱である。両者には類似点があり、連結売上1%しかない製品のスキャンダルが会社本体の屋台骨を揺るがすような大地震となったことである。
 発明王・萱場資郎氏創業のKYBは車のサスペンションでは世界の半分近いシェアを占める。かつてオートジャイロも製造していた。
(冬)

電子カルテでの所見確認の過誤増多 高次脳機能とITのミスマッチの課題

 バスケットボールの早いパス回しで、白ユニフォームチームのパスを数えるビデオがある。正解が15回に対し、小筆は13回まで。まぁまぁの成績。しかし、「選手以外で何か気がつきましたか」の問いに対しては???……。ビデオをゆっくり回すと、黒いゴリラの着ぐるみが選手の間を横切っている。妨害因子を無視して、本来の作業にのみ専念し、作業能率を高める選択性注意。人間の高次脳機能のひとつ。
 一方、ITが同じ作業を命じられると、画面のゴリラも認識した上で計数から排除する。極めて短時間で網羅的に情報を処理する。人間の選択性注意とはミスマッチである。その典型が電子カルテといえる。電子カルテは多職種での情報伝達・情報共有に極めて有用と考えられている。しかし、本年に入り、検査所見などの見落とし、見誤りによる医療事故が電子カルテの導入に伴って増多している。選択性注意の視点でこれらの過誤は2つに分けられる。
 まず、電子カルテのロジックが人間の選択性注意による作業を前提としていない。クリック画面や手順が輻湊する。つまり妨害因子の影響が強く、見過ごしや見誤りを来す。いまひとつは、選択性注意のための要素、すなわち事前の想定(思い込み)がある。臨床症状からの診断、目視での判断などにとらわれる選択性注意がかえって勘違いや見落としを誘発する。人間の特性に由来するものであり、訓練による回避は望むべくもない。電子カルテ上でのアラートシステムの構築にも限界はあろう。
 電子カルテに頼り切らない情報伝達・情報共有に、いま一度立ち返ることが肝要と思える。多職種でのフェイス・トゥ・フェイスでのカンファレンスなど人間本位のチェック体制が必要であろう。ビデオをゆっくり回し、人間的な情報処理速度に戻すと、パス回数を数えながらゴリラを認識できる。2つの作業を同時処理する最も複雑な注意機能、分配性注意が働く。
(翔)