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時事

本庶佑氏ノーベル医学・生理学賞受賞

府医ニュース

2018年10月31日 第2872号

個人の能力を引き出す集団全体の能力

 本庶佑氏のノーベル医学・生理学賞受賞は、まさに圧巻としか言いようがない快挙であった。学生の頃、私はがん撲滅を目指してノーベル賞を夢見ていた。約30年前、故山村雄一・大阪大学総長(当時)が、「結核でがんが治る」というエビデンスを基に、ウシ型結核菌BCG株から抽出したBCG‐CWS(cell wall skelton)が、抗腫瘍効果を持つことを証明した一連の研究により、治験薬として外来で肺がん患者を治療していた現場を回顧した。実験的には腫瘍サイズを縮小させる統計結果は出ていた。一方、実臨床で患者の胸部X線で腫瘍サイズを計ると、指導医は「確かに小さくなった」と説明されたが、学生の私の目には曖昧な結果に感じ、がんの免疫療法の有効性に疑問を持つようになった。当時は、人型結核菌体抽出多糖体の「丸山ワクチン」が有名であったが、実験データでは圧倒的にBCG‐CWSが論理的優位であった。どちらも完全に治癒した症例があったが切り札の治療にはならず、補助療法としての地位に甘んじてきたのである。
 BCG‐CWSを根幹に、日本の免疫学は世界的な発展を遂げたが、がんの免疫療法は大きく発展しなかった。治療の基本は早期発見、進行がんに対する王道は手術療法であった。その後、抗がん剤の全盛時代を迎え、血液がんなどでは抗がん剤で寛解するものもあり、世間では免疫療法への興味は薄れていった。研究では分子生物学が全盛となり、あらゆる遺伝子の蛋白機能を解析する時代に入った。遺伝子操作、当時発明された胚操作技術とともに、ノックイン・ノックアウトマウスが大量に作成された。また、がんの分子メカニズムを解き明かそうと、多くの細胞内シグナルや核内の転写物質が解明され、がん特有のシグナル伝達機構を同定することに躍起になった。抗がん剤はこれらの知見によるものが多くなり、膨大な分子生物学的データを基に、遺伝子組み替え蛋白で結晶化が進んだ。更に、シグナル伝達物質の作用機作の立体的な構造解析まで発展し、蛋白の相互反応を阻止する小分子や抗体が、遺伝子操作や化学合成で自由にデザインされ、抗がん剤や自己免疫疾患治療にまで応用されるようになった。ベンチャービジネスも隆盛となり、多くの機能的ペプチド、小分子化学合成物質が創出されたが、開発リスクが高い分、薬剤の価格は高騰した。まさに彼らの人件費が価格に反映している。
 このような分子標的薬の開発に携わってきた経験からすると、オプジーボの薬価を減額する政策は研究者の意欲を激減させ、科学の未来を考えた時には言語道断の政策である。しかし、日本の医療政策を考えると、背に腹は代えられない。そうした時代の中で、特にがん免疫を追求されてきたわけではないのに、その時々の最新データを提示しながら、新しい現象を追求されてきたことは、素晴らしい能力であると感嘆する。研究は大物を狙って続けてもうまくいかない。だめな時はいくら頑張っても難しい。「天命を待って人事を尽くせ」と言われるように、天命がない時には、がむしゃらに研究を続けるのではなく、小さなデータでもとにかく方向性を持ちながら論文を継続することが重要である。しかし、重箱の隅をつつく論文ばかりでは、「肩たたき」にもなりかねない。こうした方向性を維持できるのは個人の資質によるところが大きいが、同じ方向性を持つ研究者が多いほど、その中に「青天の霹靂」が起こる確率も増すわけである。
 人間の能力を最大限まで引き出すのは、個人の多様な能力を最大限まで引き出すことができるように構築された集団全体の能力が土台になる。ある小さな発見をした時、その現象をどう捉えてどのように発展させるかは、個人の考え方が一番大きな部分ではあるが、片隅には恩師の考え方が移植されている。個人が推察する現象の捉え方を真っ向から否定するのではなく、発展性のある方向を模索させながら、独自の道を開発させることが指導者の能力であろう。このような考え方が医師会内でどんどん発展していけば、多くの医療問題を解決する青天の霹靂が必ず訪れると思う。(晴)