TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

座りすぎはメンタル・タイムトラベルを阻害する?!

府医ニュース

2018年9月26日 第2869号

 人にはエピソード記憶なるものがある。時空を超え、いついかなる時でも、時、所、人、そして感情さえも鮮やかに、あたかもそれが現実世界であるかのように過去の出来事を脳内に展開することができる。この脳の機能はトロント大学のTulving博士によって「mental time travel」と名付けられた(PNAS 107:22356,2010)。この言葉にそこはかとないromanticismとnostalgiaを感じるのはミミズクだけであろうか。
 あっ、ちょっと情緒的になってしまった。知らず知らずのうち、つい「時をかけるミミズク」になっていたのだ。このメンタル・タイムトラベルという機能には脳の海馬を含む内側側頭葉(MTL)が重要な働きをしていて、そこでは"物に関する情報"と"時間に関する情報"が統合されるという(Science 333:773,2011)。だが加齢とともにこのMTLの機能も低下するらしい。
 高齢者にとって、過去を振り返ることは単なる"ノスタルジー"以上の意味がある。現在の自分を肯定的に承認する上で重要なのだろう。例えば、フランク・シナトラの「My Way」は自己肯定感満載のエピソード記憶を歌い上げている。「シナトラは好きじゃない!」とおっしゃる方、シャルル・アズナブルの「帰り来ぬ青春 Yesterday when I was young」はいかがだろうか。
 ところが最近、座位時間が長すぎるとエピソード記憶の主座であるMTLが薄くなるという研究結果が報告された(PLOS ONE April 12, 2018)。米国UCLAのグループは35人の認知症のない中高年(男性10人、女性25人、45~75歳)を対象に、質問表で生活習慣を問うとともに3Tの高解像度MRIでMTLを撮像している。その結果は、座位時間はMTLの厚さと逆相関していたが、運動とMTLの厚さとの間には相関は見られなかった。
 座位時間が長い生活習慣(sedentary behavior)は"すべての原因による死亡"や"心血管病による死亡"の増加と関連し(Eur J Epidemiol, 2018)、がんの罹患率も上昇させる(Lancet Oncol, 2017)と報告されている。この座位時間が長いことによる有害事象は、運動を励行しても帳消しにできないという。その上、MTLも薄くなるというのだ。下手すれば"メンタル・タイムトラブル"になる可能性もある。
 "アームチェアに腰掛けながらブランデーのグラスを傾ける時、過ぎ去りし日の想い出がよみがえる"……というのはどうも高リスクのようだ。「時をかける高齢者」であり続けるには、座位時間の見直しが必要かもしれない。