[勤務医からの提言 第10集(平成19年6月発刊)] ごあいさつ 「勤務医からの提言」第10集刊行にあたって   大阪府医師会 副会長(勤務医担当)/勤務医部会 部会長    杉 本   壽  この度、平成十六年四月から平成十九年三月までの三年間に府医ニュース「勤務医の窓」に掲載された一一二編を纏めた「勤務医からの提言」第10集を発刊いたしました。  この三年間のわが国医療界の変貌、特に病院や勤務医を取り巻く環境の変化は目まぐるしく、到底一言では言い表せませんが、特に社会問題化している“地域医療崩壊”については医療に携わるものとして憂慮に堪えません。  平成十六年四月、新臨床研修制度が多くの課題を抱えながら見切り発車のまま始まりましたが、同制度のスタート直後から地方の公的病院を中心に医師の引き揚げ問題が表面化し、産婦人科、小児科、麻酔科を中心に医師不足が叫ばれるようになりました。しかし顕在化した医師不足は留まるところがなく、やがて大都市においても、また、外科、内科というメジャー科でも医師不足が加速化し、病院勤務医の労働環境はますます悪化し、それに耐えられなくなった医師たちが病院を辞めていく、いわゆる“立ち去り型サボタージュ”が社会現象化し、診療科の閉鎖や病院の廃止を捉え、マスコミは地域住民の不安を煽るように“医療難民”と称して、連日報道しました。  このような中においても、国は従前からの考えを変えず、“医師不足”ではなく、医師の“地域偏在”あるいは“診療科偏在”であるとし、問題の本質から眼を逸らし続けました。その結果、ますます病院は疲弊し、地域医療の崩壊が進みました。  平成十九年五月末になって、漸く政府・与党も重い腰を上げ、「緊急医師確保対策」を決定しましたが、これも参院選のための道具に使われているだけで、現場の声を全く反映していません。  われわれ医師は、国民の健康を守るという最大の使命があります。小泉純一郎氏は“医療も聖域ではない”として医療改革と医療費抑制策を推し進めましたが、これが失政であったことは万人が認めるところであります。今こそ、医師の全てが医師会に結集し、聖域である医療を取り戻すために声を挙げていかなければなりません。示唆に富むこの「提言集」をお読みいただき、その思いを強くしていただければ幸いです。 [平成16年度 府医ニュース「勤務医の窓」掲載分(37編)] 医師は誰に語るべきか――将来の医療のための情報発信 府医ニュース 2004年4月7日 第2329号  やはり、と言うべきか。今年度から始まった卒後臨床研修必修化のための予算措置は、厚生労働省がぶち上げた研修医ひとり年額360万円の半分にも満たない。にもかかわらず、研修医の受け入れを決めた研修病院では病院を挙げて受け入れ準備に懸命である。給与の不足分は当然のことながら病院負担となる。研修病院の勤務医であり指導医となる我々は、十分な国の予算措置を求めたはずである。でなければ良い研修は出来ない、と叫んだはずである。しかし、たぶん我々の多くはこのペテンとも言うべき厚労省の仕打ちに耐え、学生に約束した最良の研修を実現するために励むであろう。  厚労省の官僚は得意気に言うだろう。「ほら、やっぱりこれで十分じゃないか」。国民はと言えば、この日本の医療の将来を左右する問題に関心を持っている人は稀である。あのイラク法案でさえ、楽々と国会で事後承認されたのだ。医師の卒後研修など歯牙にもかけてはいない。マスコミも「大学を卒業したかどうか弁護士に聞いてみないと分からない」とほざく代議士を追い掛け回しはしても、医学教育の将来には興味を示さない。  なぜ、こうなるのだろうか? 我々の情報発信に問題があるのだろうか。では、どうすれば? マスコミを味方に? しかし新聞や雑誌の記事もテレビの特集も単なる大衆のための消費の対象に過ぎない。インターネット? 確かに発信は可能である。しかし「医療問題」というキーワードで検索すると何と約70万件がヒットするのだ。我々の発信が世の中にインパクトを与えると考えるのは楽天的に過ぎるだろう。  結局、我々医師が有効に情報発信出来る相手は、相対する患者だけではないだろうか。むろん、そのすべてが医師の理解者ではないにしろ、多くは敵ではない。1人の医師が5人の患者に発信すれば100万人の患者に伝わる。50人なら1千万人である。患者は弱者であるがゆえに大衆ではない。真摯に患者に向き合うことこそ、将来の医学を救う道であろう。  これは、あるいは単なる物語かも知れない。しかし「広く国民に理解を求める」という物語よりは、ずっと現実的な物語である。 大手前病院診療部長  片桐修一  ――1092 鍋島焼のススメ 府医ニュース 2004年4月21日 第2330号  佐賀県は、タレントの「はなわ」だけではなく、昔から焼き物の里として有名であります。特に鍋島焼の里として大川内山(おおかわちやま)は、異彩を放っております。私は焼き物に魅せられて、日本や世界の窯を巡っておりますが、その中でも最も完成された美しさを持っている作品群のひとつと思われます。  その色合いやデザインは、とても江戸時代のものとは思われません。ヨーロッパでは、焼き物は長い間、王侯貴族だけのものでありましたが、日本ではそれほどではなく、庶民にも使われておりました。その中にあって有田を有する鍋島藩は、延宝年間(1673〜81年)ごろに藩の用品、大名、貴顕への贈答、将軍への献上品などの特別な焼き物を作るための藩窯として、ここ大川内山に築窯しました。そのため、明治時代になってやっと一般にもその存在が知られるようになりました。  現在、その場所は鍋島藩窯公園となっており、一日ゆっくり楽しめますが、周りは屏風絵のような険しい山々に囲まれ、出入り口には関所跡が残っており、当時の厳重な管理体制がしのばれます。作品の全盛期は元禄(1688〜1704年)から18世紀前半で、その頃の作品を手に入れるのは非常に困難ですが、現在も同じような作品が焼かれています。  その当時の作品を見るには、ここ伊万里市から15`ほど離れた有田町に、佐賀県立九州陶磁文化館(入館無料)があります。この博物館は、世界でも有数の焼き物の美術館です。特に柴田夫妻コレクションは、素晴らしいの一言に尽きます。日頃の疲れを癒すのに、一度行かれてみてはいかがでしょうか。  追記 ちなみに私の好きな窯は光山窯で、現在は若い18代目の市川光山氏が跡を継がれています。ここは小さい所で奥まっており、分かりにくいですが、昔の窯場のそばにあります。 大阪厚生年金病院耳鼻咽喉科部長  仙波 治  ――1093 私のPTSD 府医ニュース 2004年4月28日 第2331号  介護保険がもう間もなくスタートしようとしていたある日、会合に続いて介護保険の話が予定されていました。その会合で普段はほとんど発言されない方が、最後の方で顔を上気させて、一生懸命、話をされているのです。介護保険の話が始まりました。何か気になってその方を見ていると、まだ数分しかたっていないのにウトウトと眠っておられるように右に倒れかけようとしておられます。  話の最中でもあり、そっとその方の後ろに行きました。するとガバッと机にもたれかけるようにされたので、頭を打たれないようにと思い、後ろから支えようとしました。しかし、体は重く床面にひきずられていきました。両方の脚がとんでもない形になって折り畳まれていました。  反応がない。呼吸していない。すぐ救急車を呼んで欲しいと頼み、心肺蘇生を始めましたが、見る見るうちに口唇、顔と手にチアノーゼが現れてきました。じかにマウス・ツー・マウスをしながら、回復された時、何と言おうかと頭をよぎりました。周りの人たちが心配そうに見守る中、心肺蘇生を続け、救急車が到着し、近くの病院に搬送して頂きましたが、1時間後に死亡が確認されました。その方に半年前、心筋梗塞が起こっていたことを知りました。  その後、会合や式典、講演会などの会場で、様子のおかしい方がおられると、式典の最中でも、講演の最中でも飛んで行ってしまいます。私がいなくても周りの方々が、救急車を呼んでくださると思うのですが、あの時の事が思い起こされ、一刻も早く、でも、また、助からないかも知れないと思うと、いても立ってもいられないのです。意識が戻り、顔色が戻ってほっとして、その後、出過ぎたことをしてしまった、講演されておられる方に大変なご迷惑をお掛けしてしまったと反省しきりです。  あれから数年たった今も、私の病気は治まりません。それどころか、ACLSのトレーニングを受けさせて頂き、カバンの中にはいつも心肺蘇生用のマスクが入っています。出番のないことを願って。 大阪市平野区保健福祉センター医務保健長  竹村美知子  ――1094 死についての教育 府医ニュース 2004年5月5日 第2332号  最近、身近な者が病院で亡くなったが、その際、意識のない末期患者の家族に対して、主治医から終末期の診療方針について意向打診(インフォームド・コンセント)があった。以前なら当然のごとく、輸液を始めとする種々の治療や、臨終期の積極的な蘇生手技がなされていたことを思うと、その変化に驚かされた。  死についての議論がわが国の医療関係者で行われるようになったのは1970年代からで、E・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」の翻訳出版や、シシリー・ソンダースの聖クリストファーホスピスの紹介が契機と考えられている。その後、「がん告知」、「安楽死・尊厳死」、「臓器移植」、「ターミナルケア」など、人間の生死に焦点を合わせた議論が活発になされるようになり、また、患者・家族による終末期関係の手記も数多く出版されるなど、国民的広がりのもとに死についての思索が深められつつある。  このような状況の中、医療現場ではターミナルケアとしてどのように対応しているのであろうか。医療者の考え方や、患者・家族の受け止め方、医療制度上の要因などにより対応もさまざまであって、関係者すべてが納得という状況ではないと思われる。ただ、死への関心が高まる中、例えば医学生や研修医に対して、ホスピス研修やグループ討論を行うなど、先駆的な取り組みもなされつつある。  ところで、本年4月から新たな医師臨床研修制度が始まった。厚生労働省の「在り方」では、「臨床研修の到達目標」が具体的に掲げられている。その内容を見ると、「特定の医療現場の経験」の中に、緩和・終末期医療という項目が設定され、併せて臨終の立ち会いを経験することとなっており、死についての教育が考慮されている。  臨床研修病院ではこの到達目標に沿ってそれぞれ研修プログラムを作成し、実施することとなっているが、ぜひ十分な準備と体制を整えて取り組んで頂きたい。次代を担う若い医師の資質向上を図るとともに、このことを通じて、更なる国民的な「死への準備教育」が浸透されることを期待している。 大阪府保健医療財団理事長  南波正宗  ――1095 小児救急医療への提言 府医ニュース 2004年5月19日 第2333号  大阪の「小児救急医療」については問題が山積しており、これを一部でも解消するために、勤務医の立場で提唱するのは心苦しく感じながらも、次の提案をいたします。  まずは勤務医と開業医との役割分担の環境整備です。勤務医は入院を要する小児の医療を担い、開業医は小児の成長に合わせた相談に応じつつプライマリ・ケアを担います。  現実に、小児科診療に携わっている医師は時間外の電話相談を受けています。しかし、現行の健康保険制度による診療報酬の低い点数では請求を行っていない現状であります。  平成14年7月に「EMIC−Q2」と名付けて運営を開始したダイヤルQ2システムによる電話相談では、1回の相談料金を現行の300円から3000円に設定すると経営的にも運営の継続が可能と試算しました。この電話相談により、患者のトリアージが出来て、勤務医と開業医との役割分担の環境整備の一助となると考えます。  平成16年3月14日に、日本小児科学会及び近畿小児科学会主催、厚生労働省科学研究班「小児救急医療における患者・家族ニーズへの対応策に関する研究」等共催、大阪府、大阪市、大阪府医師会、大阪小児科医会及び日本小児保健協会大阪支部等の後援により、大阪国際会議場で行われた「小児救急公開フォーラム」において、当「EMIC−Q2」の活動が具体的に紹介されると、家族の方々よりお金を出してでもいいから診療の延長上での電話相談を確立するよう要望がありました。  現在、提唱されている厚労省の小児救急医療電話相談事業「#8000」は抜本的な対策とは考えられません。そこで、府医において小児の電話相談に関する委員会を設置して運用面の具体策を検討することを提言します。 大阪府医師会総合保健医療センター総長顧問  鶴原常雄  ――1096 入院・外来診療録 府医ニュース 2004年5月26日 第2334号  当院が診療情報管理を始めたのは平成15年1月1日からである。これを機に1入院1診療録に変更した。  それまでは入院診療も外来診療も一緒の1患者1診療録で、入院ごとに当該患者の診療録が肥厚した。そのような患者が外来に来られると、時には5〜6cmもあるような診療録がドサッと診察机の一角に置かれた。威圧感すらあった。しかし、それはそれで便利な一面もあった。診療情報管理室から過去の退院診療録を取り寄せるような手間も時間も掛ける必要はない。今までの診療経過がその1冊の中に記載されていて、すぐに見ることが出来る、これが一番の利点であろう。欠点は、月日を経るごとに、より広い保管スペースを必要とすること、分厚くなった診療録の中から、自分の求めている情報の記載場所や、レポートのファイル場所を探すのに手間取ることなどであった。  1入院1診療録になって、入院診療録も外来診療録もずいぶん薄くなった。しかし、入院患者の主治医には、退院時に退院サマリーをより早急に記載する義務と必要が生じ、それだけ負担も重くなった。退院サマリーの複写が外来診療録にいまだファイルされていない状況で、退院間なしの患者が診察に来られると、外来担当医は、時に何も分からない中での診療を迫られることになる。入院中にどのような検査・治療が行われ、それがどのような結果であったのか、どのように患者に説明されたのか、退院時にどのような薬剤や検査やその他の指示がなされたのか、皆目、見当が付かない。至急、診療情報管理室から退院診療録を取り寄せ、結構、ストレスのかかる外来診療となる。入院主治医の早急な退院サマリー記載が求められるゆえんである。  ところで、これはすべて紙のカルテの話である。世は電子カルテ、電子カルテと喧しい。電子カルテになれば上述したような事情はすべて払拭される。我々の病院もその導入を考慮中であるが、導入資金の高額さに一瞬のためらいがある。皆さんの病院ではいかがでしょうか? 景岳会南大阪病院院長  宮越一穂  ――1097 イスラム紀行 府医ニュース 2004年6月2日 第2335号  2003年9月、シリアとヨルダンへ知人の案内で旅行しました。イラク情勢などから少し不安を抱えながら出発しましたが、シリアのダマスカス市内は平穏そのもので少し拍子抜けでした。シリアと言えば社会主義国という印象を持っていましたが、スーク(市場)は盛況で大阪の千林商店街のようでした。モスクも見学しましたが、実に簡素で内部はガランとしており、礼拝の人が座り込んだり、あるいは寝転がったり、本を読んでいたりと、キリスト教の教会とはかなり違った雰囲気でした。  ダマスカス市内には何カ所かキリスト教会がありました。イスラム教とキリスト教が仲良く共存しているのには意外でしたが、本来、イスラム教は他の宗教を敵視しないかなり寛容な考え方を持っているそうです。郊外のマアルーラ(キリストが話していたアラム語を現在も使っている地域)には、古いギリシャ正教の教会がありました。この教会の入り口は低くなっており、腰をかがめないと中に入れず、教会には貴賤の区別がないという意味が込められているそうで、茶室のにじり口のようでした。  シリアの有名な遺跡パルミラを見学しましたが、広大な遺跡で石柱が林立しており、まだ何が出てくるか分からないとのことで、日本の遺跡とは規模が違うという感じでした。しかし、ガイドの話ではイラク戦争の影響で観光客が激減しているとのことでした。  ヨルダンのアンマンはダマスカスと違い都会的な町でしたが、イスラム圏であることは朝夕のアザーン(モスクから流される礼拝の呼び掛け)の響きで分かりました。何となく民謡調の響きが日本人には郷愁を感じさせるものでした。その他、アルコールが厳禁で、レストランのテーブルにはビール瓶ではなくミネラルウオーターのボトルが置かれているのが印象的でした。  ヨルダンにはあの有名な死海があり、快晴のもとで死海に浮かんで対岸を眺めるとイスラエル領が肉眼で見え、本当に対岸で紛争があるのか想像が出来ませんでした。しかし、海岸にはヨルダン軍の監視塔があり、兵士が対岸を見張っていることから平穏でない現実を分からせてくれました。  中東に平和が戻り、また訪問させてくれることを望みます。 大阪市立弘済院付属病院院長  後藤 武  ――1098 SARSと空気感染そして危機管理 府医ニュース 2004年6月9日 第2336号  ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンの04年4月22日号に「SARS空気感染の根拠」と題する論文が掲載された。著者Yu博士らは、昨年、香港のアモイガーデンという大規模集合住宅で発生したSARSのアウトブレイクについて、居住場所と感染頻度の関係をロジスティック回帰分析し、それが流体動態モデルで解析した初発患者からの空気の流れによって説明出来ることを明らかにしている。  SARSウイルスはウイルス血症を伴う全身感染を引き起こすが、特に重症の肺炎と腸管感染を引き起こす。糞尿中には呼吸器分泌物に比べてはるかに多量のウイルスが含まれていることが知られている。糞尿を水洗便所で流す際には下水管で大量のエアロゾルが発生するが、アモイガーデンでは、このような機序で発生した初発患者のSARSウイルスを含む大量のエアロゾルが床の下水口からバスルームに逆流した。それが空気孔を通じて同じユニットの最上階まで広がり、最上階から外に出たエアロゾルが北東の風に乗って別のビルにも散布された。これによって、同一のビルだけでなく離れたビルでも初発患者の発生から3日以内という短期間に感染者が多数発病していることが説明出来るという。  これまでの知見の多くはSARSが主に飛沫感染で広がることを示唆している。著者らはこれに対して、呼吸器分泌物ではウイルス濃度が低いために濃厚接触が必要なのではないかと説明している。つまり、呼吸器分泌物では局所でのウイルスを含むエアロゾル濃度が高くないと空気感染しない、ないしは飛沫感染のみということになろうか。  アモイガーデンの事例は、下水管内の空気が室内に逆流するという構造的な欠陥に由来するものと思われる(なぜなら、このような状態では汚臭が避けられないからである)。  このように自然経過に由来しない空気感染は、他の感染症でも存在する。例えば、結核では結核患者の病理解剖で、電動鋸により発生した結核菌を含むエアロゾルによって空気感染が引き起こされる可能性が指摘されている。  感染対策として大切なことは、このような感染経路を想定してあらかじめ適切な処置を講ずることであろう。どんな事象であれ、リスクをゼロにすることは技術的にも経済的にも極めて難しい。その道の専門家に求められているのは、当該分野のリスクを的確に評価し、現実的な対応をとることである。  今回、特殊な環境でSARSの空気感染の可能性が示されたが、これに対してどのような対応をとることが出来るのか。専門家としての医師の力量が問われていると言えよう。 大阪府守口保健所参事  島本卓也  ――1099 小児救急を担う病院に勤務して 府医ニュース 2004年6月16日 第2337号  平成15年9月に、16年ぶりに異動した。前任地では、私を含めて3人の小児科常勤医と応援の医師とで、一頃は週3回の救急当直を行っていた。しかしその後、救急当直回数も週2回、1回と減っていき、平日日勤帯の受診患児も異動前の2〜3年間は年々減少してしまっていた。  異動で来たこの病院では、平成11年秋から、24時間・365日で小児救急医療を行っている。先に述べたように、過疎的な状況になった小児科から、いきなりこうした小児救急医療の現場に来てみると、正直なところ、驚きの連続であった。初めて日直をした時などは、患児がひっきりなしに来て、「診察しても診察しても、更に診察しても」途切れない。例えは良くないが、まるで「回転ずしのすし」みたいに来るという感じがした。それでも看護師さんが言うには「今日は少なかった」ということであり、「果たして務まるだろうか」という不安が早くもわき上がってきたものだった。しかし、それから半年過ぎ、今ではこの診療体制にもだいぶ慣れてきた。その一方で、さまざまな問題点も感じられるようになった。  当院では、救急時間帯は基本的に医師ひとりで外来診察と入院患児に対応している。しかし、当院の小児救急窓口にも、年間2万〜2万3000人の患児が訪れ、年末年始やゴールデンウイークなどには、1日200〜300人の患児が受診し、待ち時間が4〜5時間になることもある。その時期には医師2人で診療することもあるが、それ以外では、来てくださっている何人かの応援の先生を加えても、到底これ以上の受け入れ態勢をとることは困難である。  ご存じのように、小児救急医療への関心はここ10年近くの間で急激に高まっており、大阪府医師会・大阪小児科医会・日本小児科学会などで種々検討が重ねられ、徐々に整備が進んでいる。一方で、不採算性とか小児科医の減少とか少子化などという状況から、病院小児科が減りつつあるが、救急時間帯に小児科診療を行っている病院に子どもが殺到している現象が見られる。  今や、ひとつの病院、大学、自治体などだけでの検討では、小児救急医療に対しての有用な対策を講じることが不可能な時期にきていると思われる。組織的な検討が必要と思われ、そのためには、医師会・学会・医会、そして行政が一層の協力体制のもとに検討を推し進めていって欲しいものである。 市立松原病院小児科部長  小野 厚  ――1100 地域保健の流れと保健所の変貌 府医ニュース 2004年7月7日 第2339号  保健所は、私が入った平成元年頃は、病院ほどではないにせよ、かなり忙しかった。まず4月は狂犬病の予防接種で、獣医師会の先生や市の職員とともに2〜3班に分かれて学校などの会場へ注射に出掛けていた。雨が降ると中止にするかどうかでいつも大変だった。  春・秋は生活習慣病関係の健診も多く、地区健診とその結果説明会は夜8時ごろまで年2回あり、それとは別に地区老人健診や保健師の駐在相談・衛生教育などがあった。また、商工会や農協などとの共催の生活習慣病健診がたくさんあった。そのため、レントゲン写真や眼底写真をたくさん読んだ。一方、当時は心電図の自動判定装置がなく、また血液検査はシールに打ち出されたものを結果表に貼り付け、異常値に赤線を引き、診断を全部手作業でしていた。  運動を取り入れたモデル事業では、負荷心電図をとり、体力測定を行い、生活習慣病の講話をし、グループワークをし、更に硬い体でありながら自らストレッチの指導までした。各保健所にレントゲン車があり、中小企業を巡回してレントゲン撮影・血圧測定・検尿を無料で行い、結核や高血圧、糖尿病などの発見に努めていた。一部の保健所では子宮がん検診を市から受託したりもしていた。  1年中、来所者が多かったのは母子保健事業で、担当する保健師の業務量も極めて多かった。4カ月、10カ月、3歳児の集団検診は待合スペースがないほどの大盛況であった。更に「早期発見・早期療育」が大切と、市町村が始めた1歳半健診の場で、積み木や絵カードなどをさせ、出来なかった子どもをたくさん保健所に呼んで、心理判定検査を行っていたりしていた。所内はもちろん、公民館や保育所などにも出掛けて、育児教室や相談などを実施していた。新たに3歳児の眼科や耳鼻科検診なども開始された。幼児の歯科検診も盛況で、数百円のお金を頂いてフッ素塗布やカリオスタット(虫歯菌の検査)などを行っていた。  その他、精神障害者福祉手帳の交付申請や通院医療費助成の受け付けも多かった。また、介護保険制度がない時代は、痴呆性老人や住宅改造などの相談も多かった。  今、多くの仕事が市町村に移管されたり、制度が廃止されたり、手続きが簡略化されたり、市やNPOの相談窓口が充実したりして、来所者数や事業は減少した。赤ちゃんでにぎわっていた広い健診スペースも、週1日の健康診断の日を除いてひっそりとしている。反対に狭い事務室では、我々統合された支所から来た人間も含め職員で大にぎわいである。 大阪府藤井寺保健所参事  井戸正利  ――1101 勤務医の働く環境の改善を目指そう   府医ニュース 2004年7月14日 第2340号  いかなる風の吹き回しか、厚生労働省官僚の守護天使たちは、突如、人権意識に目覚めたようである。平成16年から始まった臨床研修スーパーローテートでは、厚労省は研修医の業務時間を労働基準法の範囲内に厳守するように求めている。重畳である。ビバ、厚労省!と言いたいところだが、そうはいかない。  かつて、いつ、いかなる機会において、勤務医の業務で労働基準法が考慮されたのか。言っちゃなんだが、卒業以来29年、税金も年金も払ってきたぞ。勤務実態もあるぞ。しかし、私は今まで一度も労働基準法と親しくお付き合いしたことはない。私が嫌った覚えはない。向こうが相手にしてくれなかったのだ。  官僚達は言うだろう。「今まで、いかなる医療機関においても労働基準法は遵守されてきたと理解している。もし、そうでないならゆゆしきことだ。至急調査して事実を明らかにしたい」。官僚的建前論は聞き飽きた。×××××!(品性に欠けるため5字伏せ字)  だが、しかしである。私達勤務医も至らなかった。どちらかと言えば、私は謙虚な人間であるので、反省すべきところは反省するのだ。私達は「寝食を忘れ、夜を徹して患者の診療に当たるという姿勢」を貴きものとし、実践し、誇りにし、あまつさえ後輩にかくあれと教育してきたのではないか。この考えに服さぬ者を頼むに足らぬ医師として軽蔑し、排斥してきたのではないか。  この姿勢は正しい。しかし、あまりにも無防備ではなかったか。その結果、勤務医の労働環境は悪化し、一方では、業務がますます拡大しつつあるのではないか。  勤務医が労働環境について声を上げるのは簡単ではない。自分の病院の経営状況を圧迫することになりかねないからだ。「大義成って病院枯れる」では話にならない。従って私達は、厚労省に向かって、社会に向かって声を上げるべきであろう。一見、遠回りに見えても、これが近道でもある。無論、すべての勤務医が心をひとつにして。 大手前病院診療部長  片桐修一  ――1102 運と親切さが好印象だったフランス旅行 府医ニュース 2004年7月21日 第2341号  旅の途中で人の親切に接すると非常にうれしいものである。この5月にフランスへ夫婦で旅行したが、親切な人達に助けられ、運も良く、楽しい旅行が出来た。  大阪をたち、パリのシャルル・ド・ゴール空港に着き、そのターミナル2Eからジュネーブへ向かった。そこではフランス人の友人が迎えに来てくれ、10年ぶりの再会となった。その間に、彼は結婚し、2児の父親になっていた。2泊をアンヌマースの彼の家で過ごした後、彼の車でリヨンまで送ってもらった。  リヨンでは、彼が勧めてくれた約400年前の建物を使ったホテルに宿泊した。その翌日の朝、新聞を見て驚いたことに、私達がジュネーブ行きを待っていた空港のターミナル2Eの屋根が崩壊して、4人が亡くなっていた。運良く、その事故を逃れて3日間をリヨンで過ごした。リヨンは繊維の町として有名であり、その博物館には日本の西陣織なども展示され、日本との交流も古くから盛んであったとのことである。また、約2000年前のローマ帝国時代の野外劇場も残っており、今もコンサートが開かれている。その後、TGVでパリへ移動した。リヨンの駅までのタクシーの運転手が丁寧にTGVの乗り方を教えてくれたことが印象的であった。  パリではサンジェルマン・デ・プレのプチホテルに泊まった。シャンゼリゼ通り付近で遊んだ後、タクシーでホテルまで戻った時、タクシー内にカメラの入った袋を忘れた。すぐにホテルのコンシェルジュに相談したが、探す方法はなく、警察へ届けておくしかないと言われ、半ばあきらめていた。カメラには今まで撮った写真がほぼ1本分入ったままであったので、残念で仕方がなかった。  あきらめかけたころ、そのタクシー運転手が袋をぶら下げて、ホテルへ入ってきた。彼は忘れ物に気付き、また戻って来てくれたのである。カメラとともにたくさんの写真も無事に戻ってきた。私達は何度も礼を言って、感謝の気持ちを込め、日本のお菓子を渡した。パリでは非常に稀なことと聞かされ、改めて感謝している。  帰国の時には、シャルル・ド・ゴール空港は混乱している様子で、駐機場までバスで移動し、約1時間遅れで出発した。出発前には、日本よりも危険だから気を付けるように言われていただけに、運良く、事故にも遭わず、人の親切に助けられて、楽しい旅行が出来たと感謝している。 協和会北大阪病院院長  扇谷信久  ――1103 疥癬にてんやわんや 府医ニュース 2004年8月4日 第2342号  事件はこうして始まりました。平成16年4月のある日、転医先の病院からの報告で、初めて当院で治療していた患者Aさんの発疹が疥癬であると判明しました。Aさんは昨年末にある老人施設から入院してきたのですが、その時、既に皮膚に痒疹を有していました。湿疹、白癬症などを考えて軟膏治療を行いましたが改善せず、本年3月初めに皮膚科を受診しています(当院には皮膚科がありません)。  ところが、当時の皮膚科の診断では、疥癬や白癬は否定されました。ステロイドの軟膏を使うようにという指示が出され、抗核抗体が上昇していることから、ステロイドの内服も行われました。実際、一時的にはよく効いたのですが、ステロイドを中止した3月末ごろから発疹はますますひどくなっています。恐らく、この時点で、ノルウェー疥癬に変化していたのではなかろうかと思われます。  この頃から担当の看護師、看護助手、更には同室の患者さんへと発疹が広がっていったようです。Aさんが転医して初めて疥癬と気付いた訳ですから、対策の遅れはいかんともし難い状態でした。結局、退院していた1人を含め、患者さん4人、看護師10人、看護助手1人、医師1人に疥癬が認められました。更に看護師の家族にも発疹が認められています。  対策はマニュアルにあることはすべて行うようにしましたが、疥癬を考えた予防剤や治療剤はほとんど用意されておらず、急いで購入せざるを得ない状態でした。しかも、ムトーハップ剤は不評で、入浴者はゼロでした。これは入浴後の後片付けが大変だからです。疥癬は予想以上に難治性であり、オイラックスやチアントール軟膏塗布により治癒までに約1カ月を要し、ようやく5月末に終息しました。  これらの反省点として、1)疥癬の診断はつきにくいことが多いので、疑わしいときは何回も行うこと、2)治療法に特定のものがなく、軟膏治療は効果も不十分であったことから、内服薬を用いた新しい治療法を考える必要があること、3)病名のはっきりしない発疹を有する患者には、常に接触感染防御策を行うこと――などが挙げられます。お恥ずかしいことですが、良い勉強になりました。 「疥癬、恐るべし! 侮るべからず!」 藤井寺市立藤井寺市民病院長  藤本幹夫  ――1104 無菌室の改革 府医ニュース 2004年8月11日 第2343号  白血病の化学療法後や、造血幹細胞移植患者の白血球減少時の感染症対策に、必要不可欠なものとして無菌室があります。米国疾患管理センター(CDC)のガイドラインが発端となり、ここ数年、血液疾患患者の感染症対策に変化が生じています。私達が、これまで正しいと信じてきたことを科学的な根拠がないため次々と否定され、それに基づいた簡略化患者管理に各施設が変更しているのです。  高温多湿な本邦では、米国とは異なり、完全な無菌室を不要とするのは危険なため、空気中の微小粒子を除去するHEPAフィルターを使用します。しかし、以前行っていたスリッパの履き替え、清潔ガウンの着用(いわゆるガウンテクニック)、入り口での粘着マット等はいずれも科学的な根拠がなく不要となりました。また、感染症発症に関し、病室内の環境からの病原体感染はほとんど成立せず、大部分は患者の持ち込み細菌による感染である故に患者入室前の無菌室の消毒は不要となりました。更に、ドライフラワー等の室内への持ち込みが可能となりました。  本ガイドラインに沿った場合、無菌室への入室に際しては、念入りな手洗いのみでよく(手袋、マスク、ガウン等は不要)、現在、多くの施設が感染対策を簡略化し実施しています。私達の施設でも同様に簡略化した方法を使用していますが、若い頃から、こうすれば清潔と教えられたことを行わないで無菌室に入室するとき、ある年代以上の者には抵抗があるのか、最初の一歩が出にくいのです。しかし、若い医師達は全く抵抗がありません。特にスリッパの履き替えが不要なことについて、子どもの頃より「上履き」、「土足」と区別し、清潔度に差をつけてきた日本人に抵抗があるのではと思ったのですが、それさえ、若い医師や看護師は抵抗なく受け入れ、年齢差を考えさせられました。  「土足でも使用可能な畳」がそのうち登場するのでは! 国立病院機構大阪医療センター輸血療法部長・総合内科  井上信正  ――1105 地域医療連絡室の活動 府医ニュース 2004年8月25日 第2344号  地域医療の連携推進は病院業務の重要な柱と位置付けられ、私どもの大学病院でも、取り組みを開始してから10年余りが経過しました。  その間、専用の部屋を設置して、専任のスタッフを増やしつつ、病診連携を念頭に、地域の診療所と患者さんの便宜を図るべく努力を重ねてきたつもりです。  大阪市大病院と言えば、昔から、患者さん自身が「ちょっとシダイ病院へ行ってくるわ」と気楽に考えて診察に来られていた病院です。そのような軽い気持ちで来院されるので、近隣の医療機関との連携を重視して、何とか紹介率を上げようと努力したにもかかわらず、当初は日本中の大学病院でもトップランクの外来患者数を示していました。  地域医療連絡室には、毎年、大阪府医師会の役員の先生からご意見を頂く委員会の場があります。紹介率の低いことや紹介元の先生にご返事が届いていないことなど、ご指摘を受けては改善してまいりましたが、紹介率は上がりにくいものでした。しかし、厚生労働省から特定機能病院の指定を受けて以来、広報に努め、「出来るだけ紹介状をお持ちになって来てくださいね」、「かかりつけの先生の紹介状がない方はお支払い額が多くなりますよ」、「紹介状のない方は総合診療センターで診させて頂き、ご病気に合った診療科やお近くの先生をご紹介しますよ」といった説明が浸透してきたのか、随分と外来の紹介率は上がってきております。  診療所からのご依頼により診察券を先にお作りして、初診待ち時間を短縮したり、受診報告書をすぐさま返送したり、市大病院宛の紹介患者用封筒や大学診察分担表も地域の先生方に送らせて頂いております。迅速な患者情報のやり取りや患者受け入れ、退院時にご協力をお願いする病院との的確な連携など、これからも市大病院地域医療連絡室の種々の課題に取り組んでまいりますので、当連絡室を活用頂きますようお願い申し上げます。 大阪市立大学医学部皮膚科教授  石井正光  ――1106 定年退職 府医ニュース 2004年9月1日 第2345号  「定年退職」とは、勤務医にとって、ある時期が来れば誰もが受容しなくてはならない行事に他ならない。  この厳粛な行事をつい最近まで他人事のように思っていた自分に気付いた。その時期が近付いてきて、今、何を考えているかを少々披露してみる。あまり好んで人様にお話しするようなことではないのかも知れないが。  大学を卒業し、1年間のインターンを終えてすぐにこの病院に勤務し、現在に至っている私にとって、既に病院での生活が生きてきた年数の過半数をかなり超えている。今まで、職場に多くの人達が就職し、一方では、いろいろな理由で多くの人達が退職していくのに接してきた。当たり前のことだが、病院から去っていく方々の様子はさまざまだった。ちょっと真似をしてみたいと思う「引き際」もあったが、そう多くはなかった。やはり何事においても「引き際」というものは難しいようである。さあ、それなら自分の「引き際」をどうしようか。やっと少し考え始めてはいるが、まだ迷っていることが多い。もちろん病院勤務の定年は迫ってきているが、医療人としてはまだまだ定年退職するつもりはない。  最近、頭の回転を保持する目的もあって、中国語会話の学習を楽しんでいる。実に清楚な女性の老師(教師)から厳しい指導を受けたり、中国各地での事業参加に野心を燃やしている若者と議論したりしていると、またまた「定年退職」のことなど、どこかに吹き飛んでいってしまいそうである。  日本でもよく歌われてきた中国歌謡「何日君再来」の一節に「人生難得幾回酔」とある。「人生は何回酔うことがあるでしょうか」と訳したい。これからも、何回でも酔ってみたい。楽観的過ぎる、とのご批判は承知の上で。 大阪赤十字病院臨床検査部長  小味渕智雄  ――1107 少子化対策への疑問 府医ニュース 2004年9月8日 第2346号  歯止めのかからない「超少子化」への対策の一環として 「特定不妊治療費助成事業」 が創設されました。しかし、「先生、こんな制度ひどいと思うわ」 と嘆く当院通院患者の声です。  「主人の収入だけでは治療費が賄えないから、私もパートで働いてるんやけど、2人の収入を合わせたら所得制限の650万円を超えてしまう。しかも助成金額は2年間に限って年間10万円だけ。いったい誰のための制度か分かれへん」。  実際、体外受精・胚移植など、先進不妊症治療には一周期30万円以上の費用が掛かり、しかも妊娠率が30%程度という現状で、従来からの 「エンゼルプラン」などと同様、この事業の有効性には疑問があります。  多くの要因があるのでしょうが、何より税収が落ち込む中、厚生労働省、各自治体の財源不足が足かせになっていると思われます。年金関連法案の国会審議において、合計特殊出生率が1.3を切り、当局がそのデータの公表を遅らせたと批判されました。いわゆる 「1.5ショック」 は1992年のことであり、それ以前から現在の少子化は予想されていたはずで、何を今さら、という感じです。  経済が右肩上がりで、税収も保険料収入も豊かであった時代にこそ、無駄な公共投資や保養施設の建設などではなく、やっておくべき対策がもっと他にあったはずで、政治家、官僚の先見性の無さには呆れるばかりです。  昨今の、医療費抑制策、年金対策論議が、国民の利益ではなく、不況による原資不足を出発点としていることを見るにつけ、長期的な視野に立った本当の政治を切望するとともに、医療・福祉の専門家集団として、医師会がオピニオンリーダーとしての役割を問われていると痛感します。 住友病院産婦人科主任部長  志村研太郎  ――1108 全国初のPFI自治体病院 府医ニュース 2004年9月15日 第2347号  八尾市立病院は、平成16年5月、旧国鉄・久宝寺操作場跡地に新築移転しました。患者さんへのアメニティーを重視した建築、最新医療機器の導入、電子カルテの採用、全職員のセキュリティーカードの携帯など、旧病院からは想像もつかない病院になりました。  もうひとつ新しくなったのが、医療業務を除く病院業務を民間の資金やノウハウで運営するPFI(Private Finance Initiative)方式による、全国初の自治体病院になったことです。民間4社が特定目的会社(SPC)八尾医療PFI株式会社(資本金20億円、発行株数1万6000株)を設立し、15年間540億円で八尾市と病院運営契約を結び、病院収益を15年間で7.2%改善することを目指すことになっています。  現在は事務・検査技師・調理師の一部が旧病院から職員として残っていますが理論的には、公務員は医師、看護師、コ・メディカルだけになります。院内の受付業務、看護補助業務、物品の購入・搬送、薬剤の購入・管理、医療機器の維持管理など、患者さんに直接触れる業務以外はすべて民間になります。院内の売店にはコンビニが入り、食堂は外部のレストラン会社が営業し、食事の内容も接客方法も旧病院とは全く変わりました。  SPC職員は約250人で、幹部社員8人は30歳前半から40歳前半の若い働き盛りで、実によく仕事をします。また、常勤と非常勤を適切な部署に臨機応変に配置し、容易に人数を増員・削減出来る点で非常に便利です。例えば、新病院開院日からしばらくの間は混雑が予想されましたが、数日間にわたり外来部門に職員を倍近く増員し(院外からの導入も可能)混乱なく業務を終了しました。  今後、彼らの持っている他の病院(恐らく民間病院)経営や運営でのノウハウ、マニュアルを当院で生かし、古い職員にどのようにアドバイスするのか期待しています。 八尾市立病院診療局長  高瀬俊夫  ――1109 保健所と結核 府医ニュース 2004年9月22日 第2348号  保健所に勤務して驚いたことは、結核患者が発生すると、保健所がさまざまな活動を行うということです。病院に勤務していた時には全く知らなかったことでした。保健所とお付き合いの少ない先生方に、簡単にご紹介致します。  結核患者の届け出が保健所になされた時点から私達の仕事が始まります。 ○公費負担の申請の診査  結核医療には、公費負担制度があります。結核専門医を交えた診査会を開いて公費負担が適当か、適正な治療を行っているかについて診査します。 ○接触者の検診  患者から周囲への感染の危険度を判断し、感染の危険性のある人に対しては胸部レントゲン撮影やツベルクリン反応テストを行います。感染の危険度の高い人には、2年間にわたり胸部レントゲン撮影により観察を続けます。被接触者の検診を確実に行うことで、新規患者を早期に発見し、感染者の拡大を防ぎます。 ○地域での服薬支援・生活支援  結核の完治には、抗結核薬を中断せず内服することが重要です。抗結核薬を最低6カ月間は服薬する必要があります。しかし、十分な説明や励ましのないまま、長期にわたり確実に服薬することは難しいことです。そこで、治療が始まれば、保健師が電話や家庭訪問等で服薬状況を確認し、また、相談に乗ることで患者の服薬を支えます。生活状況によって、治療の続行が困難な患者には、市の福祉事務所と相談し、生活保護制度を導入することもあります。  減少傾向とはいえ大阪は全国一、結核罹患率の高い地域です。結核のことで疑問な点や相談等がありましたら、最寄りの保健所にご相談ください。 豊中保健所長  高林弘の  ――1110 小児の救急医療 府医ニュース 2004年10月6日 第2349号  今年4月から地域密着型の急性期医療を主体とする、臨床研修指定病院でもある病院の小児科に勤務しております。当院は、中河内地域における小児救急の病院群輪番を担当しております。また、内科、外科、脳外科が常時当直しており、他科の判断を仰ぎたい時には、大いに助かっています。検査も24時間実施出来るため、小児救急医療を行う条件はそろっており、後は小児科医をそろえ小児病棟を充実させるだけのようです。  小児救急医療の現場に、熱でも、咳でも、少し不機嫌なだけでも、保護者は慌てて子どもを連れて来ます。重症度の異なる子どもが同じ救急疾患として受診するところに小児救急の難しさが潜んでいます。  子どもの病気の特徴は、進行がとても早いことです。乳児では発熱に下痢が伴うと、1日で急速に脱水が進行し状態が悪化します。そうなる前に対処していくことが、子どもの診療を行う上で大切です。さもないと「昨日、診て頂きましたが、ますます悪くなりました」と言われることになりかねません。初期判断の的確さも大切ですが、今後、どのような症状が起こり得るのかも説明しておくことが重要です。診察は出来るだけ短時間に、かつ正確でなければなりません。保護者の観察が唯一の情報源となることさえあるのです。  少子・高齢化の趨勢の中、保護者が小児の救急医療体制の充実を強く望んでいることは明らかで、時間外でも質の高い医療を望んでいます。そして、急病が保護者の育児不安の大きな要因であることからも、小児医療は育児不安の解消や育児支援、少子化対策としても、その重要性は増しております。小児科医は子どもの特性を踏まえて診療を行い、内容を充実させ、安心して子どもを生み育てる社会環境を、行政とともに整えるべきであると考える今日この頃です。  新医師臨床研修制度がスタートしましたが、小児医療の基本は救急医療であることを学んで頂き、国民が求める医療に少しでも近付くよう努力していきたいと考えております。 若草第一病院小児科診療部長  吉村彰友  ――1111 いつか勝者に 府医ニュース 2004年10月13日 第2350号  今年の夏は、とびきりの暑さだった。気温の高さだけでなく、私達を熱くさせたものが、アテネオリンピックである。連日の日本選手の活躍と熱き戦いに、テレビの前で声を張り上げてエールを送り続けた熱帯夜の暑さは格別だった。水泳、柔道に始まり、フィナーレは男子マラソン。いつしか、ギリシャ時間に合わせてしまい、時差ぼけの日常を何日か過ごしてしまったことが、今では懐かしい。  競泳・北島康介選手の「超キモチイイ〜」という言葉に尽きる今大会のメダルラッシュに拍手を送りながら、目標を成し遂げたウィナーにだけでなく、力を出し切れずに悔し涙を流した敗者にもさわやかな感動を覚えたのは私だけではなかったであろう。  かつて、敗者というものには悲壮感があった。うなだれて、力を出し切れずに申し訳ないというコメントや、プレッシャーに負けたという言葉をよく耳にしたものだ。100%の力を常に発揮出来る者はどこにもいない。時には50%の力で勝者になれることもあれば、120%の力を出しても相手の足元にも及ばないこともあるだろう。プレッシャーは、どんな実力の持ち主にでも存在する。結局、勝負運やプレッシャーという言葉に、自分に対する腹立ちや悔しさの感情を封じ込めようとしていたことが、かえって悲壮感に拍車をかけていたのかも知れない。  しかし、現代のアスリート達は明るい。負けた瞬間、這い蹲って涙を流しても、なぜかうなだれた敗者の印象は残らない。それは彼らがやがて立ち上がった時には、言い訳なく潔く負けを認め、自分の本音の感情を自分の言葉で表し、そして新たなる目標を明言出来るアグレッシブな態度を見せてくれるからだろう。  攻めの姿勢を失わない敗者は美しい。彼らは、結果だけではなくプロセスがいかに価値を持つかということを知っている。我々も挑戦し続けるという前向きな意識を忘れずにいたいものである。 府中病院長  田中 肇  ――1112 震災時の情報伝達 府医ニュース 2004年10月27日 第2351号  9月5日夜、紀伊半島沖を震源とする2度の地震に驚かれた方も多かったと思う。幸い、大きな被害はなかったが、30年内に起こる確率が80%と言われている東南海・南海地震がより現実味を帯びてきた。そのことを考えると、現在の災害対策は心もとない。  例えば、情報伝達手段はいかがであろうか。あの夜の地震発生後、すぐに携帯電話で病院に連絡を取った。阪神・淡路大震災の時、携帯電話が通常の電話よりも通じたことが頭にあったためであるが、既に大阪地方は通信不能になっていた。ところが、自宅の電話では、意外にもすぐに通じた。それでも、大災害時には家庭の電話も不通になるだろう。  阪神・淡路大震災では、揺れが収まり約10分後には電話連絡が取れなくなった。当時、勤務していた兵庫医科大学病院に行こうと大阪駅まで出たが、JRも阪神電車も運休しており、大阪駅の公衆電話で連絡すると拍子抜けするぐらい簡単に通じた。その際、大学病院から外部へほとんど通じないことが分かり、そのまま公衆電話の前に陣取って、医局員と約20人の透析入院患者の入院先を探し回ったことが思い出される。公衆電話は優先順位が家庭の電話よりも上位にあるためだが、それも数が減り、探すのが難しい。家の近辺のどこにあるのか、どれぐらいの人が知っているのだろうか。  病院から職員への連絡はインターネットによる電子メール配信や携帯電話へのメールが有力であるが、機器の破損や回線の停滞が予想される。結局、現状では病院の被害や地域住民への緊急医療が予想される場合は召集指示の有無にかかわらず駆けつけることを原則としておくのが一番ということになる。  とは言っても、妻帯者にはあまり期待出来そうもない。阪神・淡路大震災では、独身の若い医師が真っ先に駆けつけ、泊まり込みで活躍してくれた。インターン、レジデントという言葉どおり、病院内は無理としても病院近辺に補助を出して独身の若い人達に住んでもらうということを真剣に考える必要があると思う。国も、災害対策加算というような名目で、被災予想地域に配慮してくれないものだろうか。 大阪船員保険病院院長  高光義博  ――1113 金婚と日中友好交流 府医ニュース 2004年11月3日 第2352号  戦前、戦中、戦後をやっとくぐり抜けて平成16年9月、金婚式を迎えました。多くの人々のお助けを受けたお蔭と心から感謝しております。  50年前、小生29歳、妻27歳。昭和29年3月、婚礼式を大阪市職員会館で行いました。披露宴の食事の材料(米、砂糖、小豆)を滋賀県まで買いに出掛けました。終戦から約9年、朝鮮戦争の特需期とはいえ、家なく、物なく、金もなくという厳しい戦後復興の真っただ中でした。  小生は幼少期病弱で、父の職業柄、小学校を8回転校しました。小学校時代に肺結核に罹患し、子ども心に4、5年苦しい思いをしましたから、叔父(医師)の勧めもあり、医師になろうと決意しました。医師になって肺結核の発病予防、早期発見、早期治療のため、保健所医師として勤務し「結核は予防するもので治療するものに非ず」との先輩医師の教えを守り、大阪市に35年、東大阪市に5年と、合計40年を予防医学、公衆衛生行政に務めました。わが青春に悔いなしです。  第二の人生は、8年前、松原市日中友好協会の結成に参加しました。幼少期に父の仕事の関係で満州国(現中国遼寧省)の奉天(現瀋陽)と、韓国の京城(現ソウル)の小学校で学びましたので、何か友好交流のお役に立ちたいと努力しております。現在、会員は50人で、私が代表者を務めています。  上部団体はNPO大阪府日中友好協会です。府日中協は50年以上の活動の歴史があり、2年前から故小渕首相の基金より中国緑化推進委託事業援助を受けて、中国雲南省剣川県という農村落にて花苗センターや友好植樹林を造成し、植林と緑化活動事業を展開しています。私は本年の植樹訪中団に参加しました。  平和日本、経済豊かな日本、互いに助け合う心優しい、心豊かな日本の未来のために、微力ながら奉仕活動する所存です。  金婚や 異国の植樹 春うらら 大阪府赤十字血液センター検診医師  竹谷修太郎  ――1114 生活習慣病について 府医ニュース 2004年11月10日 第2353号  普段、診療に従事していますと、生活習慣病の病名を吟味すべき必要性を感じます。現在、生活習慣病指導管理料が認められている疾患は高血圧、糖尿病、高脂血症の3疾患のみです。これらの疾患には、食事療法、運動療法による指導効果のあることが知られており、合併症進展を抑制することで、患者さんのQOL向上と医療費削減につながると考えられています。  もうひとつの重要な因子は禁煙です。禁煙活動に対する取り組みには医師会の先生方も関心を示されています。禁煙の研修会は、ほぼ満席で、産業医の出席も多く見られました。  私が禁煙指導に興味を持ったのは、高橋裕子氏(現奈良女子大学教授)が中心となって、禁煙マラソン・禁煙ネットワークを始められた頃であり、その時は非常に斬新な取り組みを始められたという印象でした。  動脈硬化に関与する因子は、高血圧、喫煙、肥満、インスリン抵抗性などであるという論文が多く見られます。これらは最近メタボリックシンドローム(代謝症候群)またはメタボリックドミノという概念で周知されつつあります。現状の保険診療の体系に沿いますと、禁煙外来は別枠で実施されていますが、究極の目的である動脈硬化進展予防を考えれば、「動脈硬化予防(指導管理)外来」または「血管疾患予防(指導管理)外来」と名付けた方が本質的で分かりやすいのかも知れません。  そして、高血圧、喫煙、肥満、糖尿病などをまとめて指導する保険診療体系にした方が、より効率的ではないでしょうか。糖尿病という病名はどうも本質を突いた病名でなく、本質が分かりにくいから「高血糖病」とでも病名を変えるべきと聞いたことがあります。病名とは、その疾患の有する本質的な病因を示す方が良いかも知れません。また、生活習慣病の保険診療体系にニコチンパッチなどを用いた禁煙指導システムを、一括して組み入れてはいかがでしょうか。 島田病院内科医長  植田秀樹  ――1115 日本での25年の思い 府医ニュース 2004年11月17日 第2354号  私は1973年、台湾の医学部を卒業し、1年の兵役を経て、台北市立病院の一般外科に入局しました。79年にチーフ・レジデントを終えた後、大阪市立大学医学部脳神経外科教室に入局し、医師としての人生の針路を大きく変えました。  当時、台湾の大きな病院 (大学病院を除く)では、消化器外科、胸部外科、整形外科(台湾では骨科)、脳外科などをひとつの外科として、レジデントはあらゆる患者を受け持って診ていました。チーフ・レジデントを卒業したら、いわゆるビジッティング・スタッフになりますが、皆がなれるわけではないので、留学や開業をする人もいます。私の場合、現職の大阪市立身体障害者リハビリテーションセンター所長のご紹介で、31歳になった年に、大阪市大脳神経外科に入局させて頂きました。  卒業したての若い先生達と一緒に厳しい研修医の生活を送り、数カ月単位で関連病院を転々としました。そのお蔭で、内科の知識も少しずつ身に付きました。  40歳を境に、民間病院で働くことになり、内科、外科、脳外科のほとんどの救急を診てきました。知らないうちに、多くの症例のプライマリ・ケアに対応出来るようになりました。患者を診るときの視野が広がったような気がします。  最近診た、循環器科の症例を紹介します。胸が苦しいとの訴えで救急受診した67歳の女性です。来院時は呼吸苦あり、チアノーゼ気味でした。低酸素症に二酸化炭素も低下していました。心電図では胸部誘導で、V1からV3のT波の逆転が見られ、胸部写真では右心系の著明な拡大が認められたので、 肺塞栓症と思いました。その結果は肺血流シンチで証明されました。ヘパリン療法及び酸素の投与により、呼吸苦が徐々に軽快し、元気に退院されました。  このように、多岐にわたる医師の人生は、振り返ってみれば、多大な財産を与えられたような気がします。 山本第一病院内科部長  沢村政輝  ――1116 西成の病院 府医ニュース 2004年11月24日 第2355号  我々の病院は、西成区の難波寄りに位置し、労働を求めて人の集まる国内最大の町・あいりん地区に隣接している。2年前に国道26号線に面した現在地に移転したが、以前は広義のあいりん地区に病院があった。  このような地域の病院に医師や医療スタッフの募集をしても、西成区やあいりん地区の近くというだけで敬遠される。医師の確保は大学病院からの派遣で規定数を充足しなければならない。そこに降ってわいたような新医師臨床研修制度である。  これから2年間、入局者がいなくなるので、大学病院での労働力確保のため、関連病院から医師の引き揚げが行われた。過疎地域では、診療科閉鎖や病院閉鎖を余儀なくされ、社会問題化している。我々の病院もその波を被った。町の民間病院の医師不足は深刻である。幅広い視野を持つ医師を育てていく面からも、大学卒業後、地域病院に一定期間の勤務を義務付けるなど、医療の偏りの是正、医師の勤務先の極端な偏りの是正は急務であろう。  現在、医療改革で論議されている混合診療が解禁されると、確実に医療現場に混乱が起きる。保険医療財政の破綻を防ぐことも理由のひとつであろうが、結果として医療の平等性が失われる。人は医療を受けるのに金が必要であることを知っている。その金がないからと受診を諦め、倒れて初めて救急搬送されてくる人達が住む町である。福祉医療で自己負担なく、安心して医療を受けられた。ところが、医療にランク付けが起き、金持ちは良い治療、貧乏人は並の治療では、極論すれば「生きるも死ぬも金次第」という姿になってしまう。  医療現場が努力をしても、世間の人から「安もん治療を行って」と言われ、その都度、誤解を解いていたのだが、医療の質も金次第と決め付けられ、反論出来ない時代がそこまで来ていると言えよう。 大和中央病院長  田中一穂  ――1117 病理解剖について 府医ニュース 2004年12月1日 第2356号  全世界的に病理解剖の施行率(剖検率)の低下が言われて久しい。画像診断をはじめとする診断技術が向上し、正診率が上がっている。昔のように、開けてびっくり、という剖検例は稀になった。確かに主診断は合っている。しかし、果たしてそれだけで十分なのであろうか。  臨床医は、個々の症例に関して病態の把握に努め、的確な治療をしようとしている。しかし、それでも死亡する症例は多く存在するのである。寿命だから、悪性腫瘍だから、精いっぱい治療したのだから仕方がない等々、それでいいのだろうか? いま一度、謙虚に振り返ってみなくて本当にいいのだろうか? 本当に最善の治療をしたのだろうか? 臨床医は各症例の臨床経過を通じて、何が起こっていたのかについて考察している。しかし、剖検をしなければ、本当の意味でそれが正しかったかどうかを完全には確認できない。  剖検をすれば何か判明していなかった事実が出てくる可能性は低くない。臨床医は、事実が必ずしも自分達が考えたとおりにはなっていないことに気付く。その結果を参照して、臨床医は自分なりにその症例を冷静に分析し直す。臨床医は剖検結果を通して、新人のうちから系統的に考える癖を付けるべきである。  そのためには、指導医が研修医に積極的に剖検の許可を求めてくるよう指導すべきであろう。剖検をしないで済ませてしまえば、系統的に病態を考える機会を失うことになる。  最後にひとつ。厚生労働省は新医師臨床研修制度の中で、研修医全員にCPCレポートの提出を義務付けている。しかしながら、剖検に対する経済的な裏付けがなされていない。この点に関しても早急に改善されることを望んでいる。 大阪府立急性期・総合医療センター病理科部長  伏見博彰  ――1118 今の良い医療をなぜ捨てるのか 府医ニュース 2004年12月15日 第2357号  規制緩和や民営化など改革の流れの中、医療体制の見直しが必要との主張は国民の目にごく当然とうつるでしょう。  日本医師会は、混合診療反対、医療への株式会社参入反対を旗印に運動を進めています。ただ、国民に対しては「保険医療の縮小反対」と訴える方が分かりやすいのではないでしょうか。「日本の透析患者は世界一長生きする、日本の透析医療のレベルは世界一であるのは、国民皆保険制度、助成金制度のお陰である」と、保険医療にかけたコストが国民の幸福に直結している事実を具体的にアピールすべきです。  健康保険制度は、患者にとって安心な制度です。すべての医療行為に対して監査がなされ、患者には標準的医療が保証されています。映画「ジョンQ」では米国の低所得者層の医療体制に対する不満が痛烈に描かれています。ましてや、高所得者層にとって自由診療は良い医療でしょうか。美容外科は宣伝が自由で、良い病院が分かりやすいでしょうか。  我々医師であっても、専門分野が異なれば、現時点のベストな医療を知り尽くしているわけではありません。国民が騙されることなく、それを検証することは困難であり、医療の失敗は取り返しのつかない不幸となります。「医療というものの厳粛さを忘れていませんか?」と問いかけるべきです。  透析医療のように社会全体で投資して育てる方法以外に、国民が良い医療を手に入れることはできないのです。今、日本には良い医療があるのです。  昭和天皇に対する治療は、何ひとつ突飛なものはなく、エビデンスに基づいた標準的治療が丁寧に行われました。特別な状況下以外は、標準的治療が患者にとってベストな治療であり、日本では、国民の誰もが、街角のどの医療機関ででもそれを受けることができるのです。「この幸福を、どうしてかなぐり捨てようとするのか?」と国民に向かって問いかけるべきです。 大阪回生病院小児科部長  中川喜美子  ――1119 この2年間の感想 府医ニュース 2004年12月22日 第2358号  私が現在の職場に着任させて頂いて2年が過ぎましたが、感想としては、「とにかく忙しい職場である」ということです。消化器代謝内科ですから、消化器疾患も代謝内分泌疾患も診療しておりますが、特に消化器系の緊急入院が多いです。始めの何例かは対応できますが、多すぎると当科のスタッフだけでは戦力的に対応不可となることもあります。  私は19年程前に当科(当時の第二内科)に、少しの間、勤めていたことがあります。当時と比べると、消化器内科の分野における技術的進歩が著しく、特に内視鏡治療の進歩により、以前なら外科で対応していたようなことを内科で行うことができるようになりました。  具体的には、肝硬変に合併する食道静脈瘤に対する内視鏡的静脈瘤結紮法(EVL)、早期胃がんに対する内視鏡的消化管粘膜切除術(EMR)、食道がんなど悪性消化管狭窄に対するステント挿入や、経腸栄養のアクセスルート及び腸管閉塞時の減圧ルートとしての経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)、総胆管結石や閉塞性黄疸に対するERCP下の治療(EST、胆道ステント)などです。  ただ、その分、内科の医師が忙しくなりました。19年前と比べると、明らかに仕事量が増えており、今の若い内科医は大変であると思います。  当科では、現在90床を運営しております。入院されているのは主に消化器病及び糖尿病の患者さんです。1週間の糖尿病教育入院も行っております。当科の先生方になるべく気持ちよく働いてもらおうと気を配り、症例検討会の充実、若手医師の教育の強化等いろいろ行っておりますが、まだまだいたらない部長であると思います。  土日の出勤や、夜中も呼ばれて重症患者の治療に当たっているスタッフを見ると、よくがんばってくれているなと思います。 大阪府立急性期・総合医療センター消化器代謝内科部長  鈴木正昭  ――1120 勤務医の税制待遇について 府医ニュース 2005年1月19日 第2360号  わが国では、勤務医と開業医の2種の医師群があり、加えてごく少数の引退された医師群がある。さて、わが国の行政が税制待遇についてこの3グループをどのように扱ってきたのか、少々の分析を加えたい。  勤務医:勤務医は、その所属の違いによって差はあるが、おおむね公務員としての待遇で扱われてきている。私立施設においても、恐らく、これに準じたものであろうと思われる。従って、給与所得者としての待遇を受け、しかるべき年金が与えられている筈である。だが、開業医と比較した場合、何らかの控除されるべき点を除いて、給与のすべてが税法上の対象になっている点に疑問が残る。更に、わが国の税制が取りやすい階層から取るという方法が生きている限り、勤務医の不満は永久に残るであろう。そして、この勤務医の集団は政治に対する圧力皆無の状態として存続する筈である。  長らくこの領域の公務員を続けてきた筆者は、少なくとも次に挙げる諸費用は必要欠くべからざるものとして控除してもらいたいと考えている。それは、学会出張費、図書費、通信費などであり、最低限の要求である。その理由は、次代の知識層を再生産するために、わが国にとって必要なものであると考えるのは自信過剰であろうか。  開業医:筆者は開業の経験がなく詳しくは分かっていないので、常識の範囲で分析してみたい。まず、開業と言うからには、事業主になることを意味する。民法、商法にのっとった医療法人、時には個人経営による企業活動を行うわけである。わが国ではこれらの法律に従う限り、企業として十分に優遇されているものである。従って、必要な諸経費は、税務行政の同意を得られる限り、認められることになる。もちろん、前記の再生産は十分可能である。  おわりに:これら2者の差は考えるべき意義がある。なお、引退者達は、外国のように悠々自適な生活ができなくなるであろう。それは将来、再定年として医師資格を剥奪されることもあり得るからである。これも多難なことである。 住之江病院長  天方義邦  ――1121 IT革命について 府医ニュース 2005年1月26日 第2361号  近年、IT革命が進み、いろいろと便利になっている。電子カルテ化が進み、レントゲン写真やCT画像、RI画像、内視鏡画像などもコンピューター上で閲覧が可能な病院が増えている。また、患者と薬剤の照合にバーコードを使用しておられる病院もあるが、最近、ICタグが注目されている。ICタグは非常に小さいもので、バーコードと違って接触しなくても情報を読み取れるメリットがある。一部の食品の管理もICタグが計画されており、今後、医療界でも導入されていくと考えられる。  このようにIT化によって医療現場もだんだん便利になってきている反面、いろいろな機器が医療現場で使用されるようになってきた。多数の機器を使いこなさなくては時代遅れになってしまう。  また、現在の日本ではコンピューター入力は発生源入力とされていることから、医師の仕事であるとされている。このために、特に多忙な外来診療などでは、コンピューターの操作に時間を取られ、患者さんと向き合って話す時間がだんだん減ってきているように思う。患者さんとのコミュニケーションは大切であるが、コンピューターの入力を間違えると大変なので気を付けて入力するものの、やはりたまに間違ってしまう。その度にキーボードで修正入力していると、ますます外来診療が遅くなる。外来クラークが必要と感じる一方、今後、処理能力の高いコンピューターが導入され、音声入力のみならず、医師が入力した内容について本当に整合性が取れているのかどうかなどの注意を促すようなソフトが機能したらいいな、と考える今日この頃である。 大阪市立北市民病院副院長  寺川和彦  ――1122 薬効ゲノム情報に基づく医薬品処方とは? 府医ニュース 2005年2月2日 第2362号  薬物治療の目標は有効率を高め、副作用を軽減させることです。同じ薬でも効きやすい人(レスポンダー)と効きにくい人(ノンレスポンダー)が存在します。薬に対する応答性の個体差は、薬物動態関連分子や薬物標的分子の遺伝子「薬効ゲノム」の構造上の差に起因することが明らかになってきました。究極のプライバシーと言われる遺伝子情報ですが、薬効ゲノム情報に基づく適正医療が実現すれば、薬物治療においては最適者生存の考え方や遺伝差別などの負の概念は払拭されるでしょう。なぜなら、薬効ゲノム情報を個人の医薬品処方に応用できれば、患者さんはむしろ受益者となるからです。  薬効ゲノム情報に基づく薬の選択と用量決定の技術「ゲノム与薬」を支える基盤は、ファーマコゲノミクス(PGx)臨床試験に基づく科学的根拠です。20世紀は集団情報に基づくマス医療(EBM)の時代、21世紀はゲノム情報に基づく個の医療(PGxBM)の時代と宣伝されます。たとえ有効率が20%であっても、「このクスリに如くは無し」と言う人達が存在します。効果が期待される人達を選んで処方すれば、無駄な服薬を防ぐことができ、医療費の抑制にも役立つと期待されます。既に、特定の薬物代謝酵素の遺伝子判定により、副作用を防ぐ可能性が示され、特定の遺伝子を発現している人を対象にした抗がん剤も登場してきました。  とまれ、PGx臨床試験による科学的根拠の探索と同時に、無効ないし有害とされる患者さんへの善後処置に関する研究が必要です。「有効率の高い薬です」と言って投薬するのではなく、「あなたにとって、有効な薬です」と言って与薬するPGxBMが、いつの日か、日常診療の治療指針となるのでしょうか? 大阪大学大学院薬学研究科教授  東 純一  ――1123 医療相談窓口を開設して 府医ニュース 2005年2月9日 第2363号  平成16年6月から堺市保健所でも医療相談窓口を開設し、市民の相談に対応しています。ひとりの非常勤看護師が相談を担当し、毎月数十件の相談に応じています。内容別では、医療機関に対する苦情や提言が、予想どおり多く見られます。  担当者の報告を聞いて思うのは、医療従事者の不用意な一言がいかに患者さんに不安や不快感を与えているかということです。苦情内容で多いのは医療内容、次いで接遇です。医療内容とされる苦情においては医療行為自体に問題があったというよりも説明が不十分であったり、病状の進展が思わしくない場合に患者さんの精神的ケアがなおざりであったりすることから医療不信を来しているようです。もちろん、患者さんの一方的な思い込みや主張も折々に見られますが、その誤解を解こうとする努力がなされていない場合にトラブルとなっているように思われます。  私自身の臨床医時代を振り返ってみても、診療に急き立てられている時には患者さんの話を十分に聴く余裕がなく、最後まで聴かずに通り一遍の返事で済ませることも多くありました。  医師という職種は、自分の意見は述べても他人の考えに耳を傾けることが得意でないのかもしれません。しかし、医師にとってカウンセリングも重要な診療行為であり、その重要なポイントは、十分、相手の話に耳を傾けることだと言われます。途中で遮ることなく患者さんの訴えを十分に聴く、このことを意識して頂くだけでも診療上のトラブルを随分と少なくできるのではないでしょうか。 堺市保健所長  福田雅一  ――1124 NICUにおける緩和的ケア――赤ちゃんとご家族に対する医療従事者の配慮 府医ニュース 2005年2月23日 第2364号  現在、がんなど末期患者に対する過剰治療の問題がクローズアップされ、ホスピスを代表とする、より人間らしい緩和ケアの導入が重要になっている。これは新生児医療の現場でも例外ではなく、無脳児をはじめとする致死的奇形などの生命予後不良に対し、子どもの「最適な医療とは何か?」という現実的な問題が生じている。  成育医療研究班(主任研究者田村正徳・埼玉医科大学教授)では「重篤な疾患をもつ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン」を作成した(2003年)。その基本は、ひとりのかけがえのない人間として子どもの誕生を祝福すると同時に、「命をいつくしむ医療」を土台とすることとしている。  その具体的対応として、我々の分担研究班では、医師、看護師、メディカル・ソーシャルワーカー、臨床心理士、遺伝学者、神学者、家族の会などが集まり、「NICUにおける緩和的ケア――赤ちゃんとご家族に対する医療従事者の配慮」という報告書を作成した。この報告書は、これまでの医療が延命治療を重視するあまりに、時に治療技術中心のみの過剰な医療となり、子どもと家族をかえって苦しませてしまったという反省に立っている。医療チームと家族がともに、「子どもの最善の利益」を考えて、臨床の場でより良いキュアとケアの医療選択(「積極的医療」「制限的医療」「緩和的医療」「看取りの医療」)ができる方法の研究開発を目指したものである。  今後、医学教育や看護学教育の中に、臨床倫理学および死生学の講座が導入され、こうした医療分野が学問的にも大切な分野となり、新しい豊かな医療のための研究開発がなされるよう希望する。 淀川キリスト教病院医務部長  船戸正久  ――1125 新たな段階を迎えた医療的ケア 府医ニュース 2005年3月2日 第2365号  文部科学・厚生労働の両省は、2003年に在宅ALS(筋委縮性側索硬化症)患者のたん吸引をヘルパーに解禁したのに続き、04年、養護学校等モデル校における3行為(経管鼻注栄養、口腔内吸引、導尿介助)の実践から、看護師配置の下で一般教諭の医療的ケアの参加を認める通達を行った。そのための条件として、保護者の依頼、学校内手続き、医師の指導、研修会の開催などが挙げられている。  大阪府医師会勤務医部会では、92年に小児の在宅医療システム検討委員会を組織し、小児のハイテク在宅医療の調査や研究を行ってきた。まず大阪府下の病院小児科にアンケート調査(93年、98年)を行い、ハイテク在宅医療が約1.8倍(106例から196例)に増加している実態を捉えた。98年には、「大阪養護教育と医療研究会」の参加者にアンケートを行い、養護学校に医療的ケアを必要とする児が増加し、学校の一般教諭や養護教諭が医療的ケアに深くかかわらざるを得ない状況を把握した。こうした調査を基に、00年には、広げよう愛の輪基金の助成を受けて「小児の在宅生活支援のための医療的ケアマニュアル」を作成、更には、府医・大阪府教育委員会合同で、実践的な「医療的ケアマニュアル」のビデオを製作した。  府医では、勤務医部会内に設置していたこの委員会を、04年から府医常置委員会「小児の医療的ケア検討委員会」に格上げし、学校医を含んだ委員会として再編成した。現在、その委員会の下に「医療的ケア人形製作小委員会」を組織し、研修会で利用できる医療的ケア人形の製作を行っている。  今後、学校医を含む医師会、看護協会などが教育委員会と協力して研修会を開催し、こうした医療的ケアが必要な児童を支える現場への支援体制の構築に向けての活動がますます重要になると思われる。 淀川キリスト教病院医務部長  船戸正久  ――1126 世は平和ボケか 府医ニュース 2005年3月9日 第2366号  第二次世界大戦後、占領軍から押し付けられた平和憲法が、今日まで護持されてきた。確かに我が国は、平和憲法下で治世も安定し、世界にも類を見ない経済復興を成し遂げ、現在では経済大国になっている。また、国民生活も安定し、豊かな生活を享受できる時代が到来したかのごとく感じていた。しかしながら、いつの間にか、多くの矛盾を内在する複雑な社会が醸成されつつあり、今後、解決しなければならない社会問題、経済問題や国際問題などの諸問題が山積されている。  現在、我が国は、国連の安保理の常任理事国になろうとしている。第2位の国連分担金から考えれば、当然のことと言える。しかし、国連の中で、国際紛争の仲介あるいは和解を行う場合、平和外交のみで解決できるのかという疑問が生ずる。現実には平和外交のみで戦争あるいは紛争国家間の調停を行うことは至難の業である。例えば、イラクやパレスチナ紛争を直視すれば、領土や宗教など互いの利害が対立し、容易には解決できない泥沼状態にある。ホモサピエンスには闘争本能が本質的にあるらしい。その証拠に人類誕生以来、世界のどこかで侵略や略奪が繰り返されてきた。  我が国では、自衛隊のイラク派遣についても国内世論が賛成と反対に二分される。それぞれの立場から、その正当性について議論がなされているが、考え方の違いから意見の一致をみることはない。自由主義の国家であれば多様な意見があるのは当然である。しかし、これでは国家や世論が良いと認める国是は形成できない。国際政治の急速な変革の中にあって、国益にかなう世論の醸成が必要である。また、アジアの盟主たらんとする中国も、日本に対して様々な圧力をかけてきている。いつまでも、平和ボケや友好ボケをしている時代ではない。国が危うくなっている。  国の将来を憂える恍惚老人のたわごと。 近畿大学医学部臨床検査医学教授  古田 格  ――1127 そして、勤務医はいなくなり… 府医ニュース 2005年3月16日 第2367号  本欄第1058回(平成15年5月28日号掲載)で、医師は過ぎた仕事量と責任を背負い過ぎたのでは、と述べた。今回も勤務医の待遇改善を願って、私見を述べたい。  勤務医不足から医師の名義貸し問題が発覚したが、医師不足は過疎地や自治体病院だけではない。市議会議員は院長に「大阪にはなんぼでも医者がおりまっしゃろ」と言うが、医師の処遇を改善するなんて決して言わない。産科医、麻酔科医、小児科医、病理医などで特に深刻であるが、この現状はすべての病院において同様と思う。勤務医不足の原因は、直接的には新医師臨床研修制度かもしれないが、ベースに様々な要因があり、詰まるところ、勤務医の勤務実態と処遇がマッチしていないためと考える。  勤務医が不足すればどうなるか。医師確保が難しい中小病院は診療科を削減、減床からやがて診療所に。その結果、日本全体の病床数は30万床減少する(霞ケ関あたりで聞いたような)。一般病院の入院待ちが2カ月、がん手術が必要なら近くのホテルヘ泊まって通院手術を選択することになる。救急病院に駆け込んでも、生命蘇生は不要と判断されたら、3時間待ちとなる(どこかの国で聞いたような)。病院への受診が抑制され、支払側はほっと胸をなで下ろす(誰かから聞いたような)。いずれにしても勤務医不足によって、やがて入院医療が大ピンチとなることは必定である。  病院長が大学巡りをする一方で、民間の医師紹介所が黒字に転換した。厚生労働省は、医療対策協議会で考えなさいと各都道府県に丸投げし、大阪府では政策医療調整会議を発足させた。全国自治体病院協議会の検討委員会では、多くの分析と医師求人求職センターなどを提言している。  勤務医不足の主因は勤務医の過酷な労働条件であるから、入院医療にもっと医療費をかけ、待遇を改善すべきである。そのためには「先生は尊い、大変なお仕事。お金には関心が低い」を払拭すべく国民、為政者、マスコミに対する啓発活動が必要であり、病院管理者の役割が大きい。また、勤務医部会が大同団結し、これができれば日本の医療は技術だけでなく国民の満足度もきっと1位となる。 箕面市立病院長  吉川宣輝  ――1128 [平成17年度 府医ニュース「勤務医の窓」掲載分(37編)] “情報公開”と“安全” 府医ニュース 2005年4月6日 第2369号  情報公開は、最近の社会全体のキーワードである。医療の世界も同様に、医療事故の公表に始まって、病院ごとの手術件数、手術成績、がんの5年生存率などの公表が望まれている。  私は股関節を専門とする整形外科医であるが、病院の人工関節の手術件数を毎年公表させられる。新聞、雑誌に全国の数字が掲載されるものだから、我が病院が全国ランクの第何位とつい数えてしまう。例の悪名高い施設基準設定手術ということもあり、人工関節の手術件数が全国的に増加しているという。手術件数の多い施設では、ますます人工関節手術を希望する患者さんの数が増加し、それに伴う手術待ち期間が半年を超えて長くなっている。  業者さんの側も分かりやすい。全国統計からビジネスチャンスとしての目標も立てやすい。そして私どもは、繰り返し業者さんの訪問を受けることになる。  患者さんの側でも急激に変化している。長期の療養期間を必要とする骨切り手術を希望しなくなっている。世の中の不景気とともに、早く復帰しないと失職する不安がある。そのため、ますます追い風となって早くゴールできる人工関節手術が増加する。  最近の医療における、もうひとつのキーワードは安全である。Try and errorが医学の歴史であったが、最近のマスコミ報道のように、今は安全が強く求められている。これからはEBMに基づいて安全な医療を提供する、石橋をたたく安全さが必要なようだ。斬新なデザインの人工関節はできないかもしれない。 大阪労災病院整形外科部長  西塔 進  ――1129 老医のつぶやき 府医ニュース 2005年4月20日 第2370号  「小医は病気を医し、中医は病人を医し、大医は社会を医す」と、医療を受け持つ者にとって忘れてはならない心構えを教えられた記憶がある。現今では、小医・中医中心の医療が基軸になっているようであるが、これらも、そのとおり極めて重要である。しかし、大医の方向性にも目を向けて関心を持ち、かつ知識の涵養に努め実践しなければならない時代へと、ますます変わっていくように思われる。  例えば疾病にしても、生活習慣病なるものがその最たるもので、大医の取り組むべき課題であろう。過去には劇的に解決をみたポリオの生ワクチンの一斉服用がある。このことを踏まえて、戦後、我が国の医療を私なりに振り返ってみると、小医・中医の仕事に忙殺されて、じっくり未来を考える余裕もなく過ごしてきたようである。  だが、社会の状況に全く無関心だったのではない。公衆衛生に携わっていた期間も含めてかかわった行政や社会の目的は、疾病の撲滅と寿命の延伸を計り、すべての人が長寿であるようにと最大の目的をおき、その達成に向かって全力を投じてきた。もうひとつの柱として、人口の止めどもない増加は国の将来を危うくするというので、産児調節、人工妊娠中絶、受胎調節に邁進してその実を上げ、今日を迎えている。当時の未来目標が実現した今、少子高齢社会に対し、将来を含めた困惑の思いを募らせているのではなかろうか?  一体、目指した目的の社会は何だったのか? 熱意を持って取り組んできた努力は何だったのか?大きな過ちに向かって邁進してきたのだろうか。この現実と将来をどう捉えればいいのだろう。立ち竦むばかりである。 大阪がん予防検診センター参与  廣濟幸男  ――1130 自治体立精神病院の役割 府医ニュース 2005年4月27日 第2371号  私は昭和54年卒業後、2年間の研修を経て56年から大阪府立病院(現在の府立急性期・総合医療センター)精神科に勤務しました。平成6年から8年まで、府立こころの健康総合センター、その後、府庁で精神保健福祉行政に従事し、14年春から府立精神医療センターに勤務しています。  当センターは京阪電車の枚方市駅から南東に約1.5`、四季折々の木々や草花に包まれ、小鳥がさえずる、ゆったりとした敷地(約9万6000u)の中に位置しています。大正15年4月に「大阪府立中宮病院」として開設された歴史ある病院です。当時、周辺は人家もまばらだったようですが、現在では清閑な住宅街になっています。平成15年10月に改称し、府域で唯一の自治体立精神科病院としての役割を、一層着実に果たすべく、職員一同がんばっています。  当センターでは、一般精神科医療に加え、措置入院*、緊急措置入院**などの行政的医療、他の精神科医療機関では治療や看護が困難な難治症例や実施困難な診療領域への重点的な対応を行っています。救急患者の受け入れを行うとともに、民間病院が受け入れた救急患者のうち、当該病院では対応困難な患者を受け入れます。また、覚せい剤等の中毒性精神障害の治療、高度なケアが必要な患者や児童期・思春期の専門診療を行っており、府域を中心に近隣の他府県からも当センターを受診されます。  また、精神障害者の自立と社会参加および社会復帰の促進を図るための医療福祉相談、訪問看護、デイケア、作業療法の充実に努めるとともに、府立こころの健康総合センター等の医療機関、市町村、保健所、子ども家庭センター、府自閉症・発達障害支援センター、養護施設など、保健・福祉・教育関係機関とも連携し、地域医療に貢献しております。精神科医療に関心のある方がおられましたら一度見学にお越しください。  *措置入院=警察等に保護された者のうち、自傷他害の恐れが切迫している精神障害者を、精神保健指定医2人の措置診察を経て、知事(政令指定都市の市長)の命令により強制入院させる制度  **緊急入院=休日夜間の措置入院 大阪府立精神医療センター副院長  籠本孝雄  ――1131 質の向上、維持には 府医ニュース 2005年6月8日 第2376号  平成16年1月に安全管理部門の責任者に就任してから、多施設のリスク(セーフティー)マネジャーの方達と接する機会が幾度かあり、同様の悩みを持つことを知った。    日々報告されるヒヤリ・ハットや事故のレポートから、防止策を考案して院内に周知徹底を図り実行する。この周知徹底が極めて困難なのである。中小病院のほとんどで、リスクマネジャー達は兼任である。彼らにとって最も消耗することは、苦労して対策を講じても、なかなか守られず徹底されないことにある。リスクマネジメントにかかわらず、質の改善活動はボトムアップと言いながら、実際は献身的な特定の人達によって支えられている面が大きい。  病院にとって必要なことは、改善活動のコアになる職員のモチベーションを維持することであり、そのためには全職員にルールの順守を強く求め、公平な評価を行う組織、風土作りが求められる。  一方、安全管理体制の義務が法的に定められたが、診療報酬上は未整備による減算というマイナス評価である。質の向上は法律の義務付けや、医療機関や医療従事者の高い志だけで行われるのではなく、経済的インセンティブがあって然るべきである。  日本医療機能評価機構の病院評価受審については、法的な義務はないが、最近では受審病院が急増している。これにより院内での意識の統一を図りやすく、その過程で著しく改善効果が得られることは経験から実感しているものの、いわば最高到達点での評価である。認定後は、受審以前に逆戻りという話も聞こえなくもない。受審の準備にはそれなりの費用がかかるが、受審後も質を維持し向上させる費用は大きいのである。 北摂総合病院副院長(医療安全管理担当)  小林一朗  ――1132 医療管理学 府医ニュース 2005年6月15日 第2377号  先日、医療財政学や医療経営学、医療管理学について話を聞く機会があった。30年前の医学部では、医師・医学・医療の発想として、そのような生臭いと思われる講義を聞くことはなかった。  医療財政学は、マクロの視点から、国あるいは、ある地域の医療政策を考える学問。今日、日本全体の医療費が31兆円で、毎年1兆円ずつ医療費が高騰していく。団塊世代が定年を迎えると、数年後には更に医療費が増大する。医療費は、現状のGDPの8%で良いのか。また、小児科医、産婦人科医、麻酔医、救急医が少ない状況で、日本全体の医療提供体制をどのように構築するかが課題である。  医療経営学は、ミクロの視点から、例えば自院がどのような医療を行っていくかを考える学問。単なる節税や、厚生労働省に言われたことをフォローするような院内対応ではなく、院内の職能制や内部労働システムを見直し、職員のモチベーションをいかに向上させるか。更に競争戦略論やコアコンピタンス論を用いた病院独自の医療戦略の組み立てについて、研究がなされている。  医療管理学は、マクロ・ミクロという言い方をすれば、超ミクロの視点で病院内を管理する学問。医療の質や施設・物品の管理、クリティカルパス、リスクマネジメントなどが含まれる。例えば、院内で生じたヒヤリハット・医療事故事例を職員全体が共有し、組織横断的な連携意識を有する、安全管理の行き届いた病院にするため、どのように変えていくかが目的である。  ところで、この数年来の国の医療界への締め付けには過酷なものがある。しかも、国が国民に周知し、どのような医療の受け方を良しとするのかを考えさせたり、選択させたことがあるのだろうか? 国は、5年、10年先の国民、住民に対して、どのような医療を具体的に提供しようとしているのか? グランドデザインではなく、ある地域(例えば大阪)、個々の医療(例えば小児救急)について、住民に具体的な制度とその利用方法を提示し説明して頂きたい。  それとも、診察に来られた個々の患者に、医師が、医療経営や医療管理の現場から説明していかねばならないのだろうか。 南大阪病院長  宮越一穂  ――1133 『50歳である』 府医ニュース 2005年6月22日 第2378号  50歳である。医師になりたてのころには50歳前後の医師を見ると、その知識や技量に感心し、あこがれたものである。しかし、いざ自分が50歳になってみると、大したことがなく悲しい。歴史上の人物は、50歳の時、どうしていたのか(もちろん、当時の寿命等は無視しているが)。  豊臣秀吉は50歳で太政大臣に叙任し、姓を豊臣と改めている。因みに、54歳で天下統一を成し遂げた。松尾芭蕉は、大阪の御堂前花屋仁右衛門の座敷で、「旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる」を辞世の句として50歳で客死している。その際に「執念をなくして死にたいものだ」とつぶやいたという。高齢者の手習いとして必ず挙げられる伊能忠敬は、49歳で家督を長男に譲り、50歳で幕府の天文方(暦を作る役所の役人)となり、31歳の人物の弟子として、地図作りの第一歩を踏み出した。  孔子は50歳を知命と呼び、天命を悟った年齢と表現した。実際、魯の大臣に取り立てられ、彼の理想である仁の実践を試みている。漢の高祖である劉邦は、50歳で漢王になった。好敵手の項羽は26歳である。有名な鴻門の会を経て覇権争いが始まった。  ユリウス・カエサルは、ガリア戦役後に元老院派と対立し、50歳の時に「賽は投げられた」で有名なルビコン川を渡り、内乱に突入した。ソクラテスは50歳で悪妻クサンティッペと結婚したらしい。  さあ、50歳としていかに生きていこうか。大きなことはできないだろうが、自分史として何かエポックメーキングにしたいものである。 済生会茨木病院脳神経外科主任部長  砂田一郎  ――1134 伝説のサービス 府医ニュース 2005年6月29日 第2379号  平成16年12月より、新任院長として職員に方針発表をすることになり、まずは患者さんに対するサービスの向上と、患者さんの満足度を高めることだと考えました。ところで、患者さんの満足度はどのようにして評価すれば良いのでしょうか。アンケート調査で満足して頂いたか否かを調査することは非常に安易な方法ですが、これで正しい評価が得られると考えて良いのでしょうか。それなら、どのようにすれば満足して頂けるのだろうかと考えてしまいました。  その時、ふと書店で目にしたのがベッツィ・サンダースさんという方の書かれた「サービスが伝説になる時」という本でした。著者は、アメリカの百貨店の売り場販売員から副社長にまでなった人です。「伝説のサービス」とは、彼女の持論であって、サービスを受けたことが、他の人に語り継がれるようなサービスをしなさい、という意味でした。  その言葉を目にした時、はっと気が付きました。サービスをする側の人間が良い評価をしてもらうためには、どのようにサービスしたら良いのかなどと考えるのではなく、誠心誠意サービスを尽くすことです。そのサービスを受けた人が、他の人に「あそこの病院はサービスが良いので、あなたもあの病院で診てもらったら」と言われる病院になりたいものです。  できれば「伝説の病院」で「伝説の医療」と「伝説のサービス」を行えるようになりたいものですし、また、自分も「伝説の医師」、「伝説の院長」と言われるようになりたいものです。 松下記念病院長  山根哲郎  ――1135 新医師臨床研修制度への思い 府医ニュース 2005年7月6日 第2380号  新医師臨床研修制度(スーパーローテート方式)を導入して1年が経過した。小生は、準備段階から本院の研修医教育委員会の一員としてかかわってきた。  世論が医療に対する不信感を募らせ、国はプライマリ・ケアができる医師の不足を認識し、米国のマッチングシステムを参考にして、この制度ができたと聞いている。  小生は、今の制度がすばらしいとは思わないが、良い点もあると考えている。初めからマイナー科を志望している医師は、プライマリ・ケアを体験でき、広い視野から医療に取り組めるという可能性がある。メジャー科を志望している医師も、ローテートの間に科の変更など、再考の余地が与えられ、それが何より患者のためにもなる。  しかし、受け入れる側の教育指導体制に問題がある。米国では大学病院でも臨床の教室における教育は、教授でさえも学生やスタッフなどから評価され、それも加味されて進退に影響する。日本では、研修医教育担当の勤務医師への負担が大きすぎる。また、それに見合った評価が確立されていない。  更に、国が細かく方式を変えたので、対処に追われた。少なくとも1年前から計画して変更すべきであろう。国は全国区のマッチングを考えていたようであるが、そうするには国民性や医学生の考え、古き伝統が大きすぎたように思える。  小生は、スーパーローテート方式に反対しているわけではない。今後、プログラムや指導医の待遇が考慮され、指導医・研修医のお互いの評価が納得できる形でスムーズに動き出せば、良い臨床医を育てるというスーパーローテート方式の根本的な目的は達成されると考える。  まだ多くの改善すべき点があり、道は険しい。10年後に振り返った時、スーパーローテート方式を導入していて良かったとなるよう、微力ながら努めたいと考えている。 大阪労災病院循環器科部長  西野雅巳  ――1136 産科の経済学 府医ニュース 2005年7月13日 第2381号  昨年から始まった新医師臨床研修制度に伴い、多くの地域の中核病院では、分娩の取り扱いを中止した。言うまでもなく分娩には、母児2つの生命を扱うハイリスクな医療を必要とする場合があり、突然に発生する異常は一刻を争う救命救急医療でもある。  今日、我が国の産科医療が、何とか先進国並みの水準を保っているのは、医師の努力と家族の犠牲による。しかし世間では、お産は安全であると思われており、法曹界でも同様である。結果が悪ければ、すべて医師の責任とされる。  現実には、出産の高年齢化に伴い、リスクは格段に増えている。世界規模で、脳障害児の出生を減らすべく、分娩監視と異常事態に対する緊急の帝王切開を行ったが、その数は減らなかった。すなわち、1000例の分娩に1.7〜2.2人の割合で脳障害児が生まれる。しかし、分娩が関与したのは、このうちの10%程度とされている。  日本では、脳障害児に関する長い裁判の結果、分娩を取り扱った医師に対し、2億円以上の賠償判決が出る。最近の論文によると、120万例の出産があると2400人の脳障害児が生まれることになり、その賠償に1人2億円を充てると4800億円となる。一方、分娩費を平均40万円として、総分娩数を掛け算すると4800億円となる。産科医が不眠不休で働いた収入は、すべて賠償として支払われることになり、分娩に対する意欲を失わせる。  更に、若い医師に敬遠される理由として、当直回数の多さが挙げられるが、それにも増して、待機という拘束がある。呼び出しがあれば休日でも深夜でも直ちに出勤しなければならないが、なければ無給である。  この事態を解消するためには、1施設当たり17人の産科医が必要とされるが、そのような多くの産科医がいる施設は皆無である。しかも、アメリカ並みの分娩料(2泊3日で約150万円)と、年間分娩数2000例以上でなければ採算が取れない。  このままだと、近い将来、日本の産科は破滅するのではないかと考える。 友紘会総合病院婦人科  藤本 昭  ――1137 成人学習とセルフエフィカシー 府医ニュース 2005年7月27日 第2382号  家族や親戚が、ほおーっと赤ちゃんの顔をのぞき込む。老若男女すべての口元にほほ笑みがある。私達は、このおめでたい職場で働いている。新生児集中治療部にあっても、この光景を保ちたいと常々思っている。ところが、正期産新生児仮死児の全国集計によると、産科要因のない例が実に9.2%という。リスクマネジメントに気が休まる間もない産科医のご苦労が伺える。  厚生労働省は、北米を中心に行われている新生児蘇生講習会プログラム(NRP)の日本への導入を推進している。大阪府医師会は、医師、助産師、看護師を対象に、実際のシナリオに基づく蘇生講習会を全国に先駆けて行い、年4回の開催に多くの受講希望がある。新生児蘇生の決め手は最初の5分。適切な判断と素早い対処で、おめでたい誕生の情景が更に提供できる。  大阪には、成人へのACLS講習参加でも医師会員、看護師、医学生の大変熱心な土壌がある。セルフエフィカシー(自己効力)の高い人々が多い。セルフエフィカシーとは、自身の目前にある困難な目標を達成する上で必要な行動を、上手にこなすことができる確信の意味である。  成人学習では、セルフエフィカシーが重要視される。講習のインストラクターには、セルフエフィカシーが高い人や低い人、それぞれの受講者を導く適性と技能とが求められる。まず褒める、次いで向上のためのアドバイスをほんの少し加え、最後にもう一度良いところを褒める。これは現在の医学生教育にも応用され、知識伝授型教育からの脱却を目指している。先達からは軟弱と叱責され兼ねないが、師の背中に学ぶ姿勢は現代東洋の若者から消え去ってはいない。  マニュアル時代、言い換えればカット&ペースト世代。若者は躊躇せずペーストする。今や、時代は急速に変革している。成人学習では、教える側の感性の変革が急務である。日本の医学生が成人かということはさておき、悪名高き”日勤教育”ではない医学教育を心がけたいものである。  赤ちゃん検診ではまず褒める、そして一言アドバイス、「さようなら」の前にまた褒める子育て支援に徹している。 関西医科大学助教授小児科学講座  木下 洋  ――1138 医師不足を補う病院間の分業化 府医ニュース 2005年8月3日 第2383号  産婦人科医療における構造的とも言うべき医師不足問題は、日本産科婦人科学会や厚生労働省も認識しており、一部マスコミでも取り上げられております。しかし、報道内容の不正確さもあり、世間のみならず、医師の間でさえも十分には認知されておりません。  分娩を取り扱えば必ず産科当直が必要となり、緊急呼び出しも多く、更に、妊婦健診による外来患者数の増加が業務を圧迫します。過重な負担に耐えきれず、優秀な中堅および若手の産婦人科医師の勤務医離れ・産科離れが進行しております。また、新医師臨床研修制度の開始に伴い、新入局者が2年間ゼロの現状では、一気に多数の産婦人科医を養成できる見通しもなく、人員不足から産婦人科を閉鎖する病院も出現しております。産科医療は存亡の危機に瀕していると、現場の勤務医達は感じています。  労働資源としての産婦人科医を、適切な労働環境の下で効率的に利用するためには、労働の集約化が必要です。分娩を取り扱う病院を限定し、そこに10人以上の産婦人科医を集中させれば、産科当直をはじめとする負担を軽減し、結果として医療安全管理上も有益であり、その他にも様々な利点が生じます。  今こそ自治体をはじめとする病院開設者の方々の英断が必要な時だと思います。産科のみならず、医師不足が進行しつつある科においては、科単位あるいは専門領域単位で、病病連携の一環として、病院間の分業化が必要なのではないでしょうか。 市立豊中病院産婦人科主任部長  鮫島義弘  ――1139 ボーイスカウト 府医ニュース 2005年8月17日 第2384号  息子のボーイスカウト入隊を契機に、活動に参加するようになって11年、隊長を引き受けて6年が過ぎようとしている。月に2回程、小学生の子ども達と遊んでいる。キャンプをしたり、山を歩いたりと、中年男の体力の保持と頭の活性化に役立っている。  しかし、最近、活動していて気付くことが多い。子ども達は我々の世代が経験したちょっとしたことができないし、やったことがない。のこぎりを引いたり、マッチを擦ったり、缶切りを使ったりすることができない。ナイフを使った作業も難しい。日常生活が便利になった分、人間としての潜在的な能力が眠ったままになっているように思う。  また、肥満傾向で体力がなく、歩くのも苦手である。最近、中高年の登山やハイキングは盛んであるが、山で若い世代を見かけることはほとんどない。  集団生活の規律や社会のルールを教えたり、ボランティア精神を育んだりと、この活動に期待されることは多いが、私は、それ以前に退化しつつある人間としての能力を呼びさますことが必要と考える。放っておけば、子どもは何もできなくなる。その行き着く先が「ひきこもり」のように思う。  先日、ある講演会で「ひきこもり」の若者を集めて社会復帰を促すNPO活動をしている方の話を聴いた。農作業をしながら体力をつけ、少しずつ外の社会でアルバイトなどを経験しつつ自立を図るという。  ボーイスカウト運動の対極にあると思われた彼らの活動が、実は同じ根っこでつながっていることに気付いたのである。 大阪労災病院第2放射線科部長  茶谷正史  ――1140 女性動物学者の生涯――「愛は霧のかなたに」 府医ニュース 2005年8月31日 第2385号  昨年冬のボーナスでハイビジョンテレビを購入したこともあって、映画を見る機会が増えている。英語の勉強も兼ねて英語洋画(ただし字幕付き)を好んで見ているが、最近、衛星映画劇場で見た「愛は霧のかなたに――GORILLAS IN THE MIST」は秀作であった。  ロマンチックな邦題が付いているが、原題が内容をより明確に表している。内乱の続くアフリカ・コンゴで、絶滅の危機に瀕しているマウンテンゴリラの研究と保護に人生を捧げた実在の女性動物学者ダイアン・フォッシーの生涯を描いたものである(この映画の演技で、シガニー・ウィーバーは、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞を獲得している)。  ゴリラの生息地である中央アフリカの、霧に包まれた神秘的で美しい山岳地の風景にも見とれてしまったが、主人公のゴリラ達に対するあふれる愛情と保護にかける熱意と信念の強さに圧倒された。ダイアンが、ゴリラ達と次第に心を通わせていく様子には、単なる仕事の領域を超えた天性の動物学者というか、絶滅の危機に瀕するゴリラ達に天から使わされた救世主ではないかとさえ思えた。  密猟者達との対立に巻き込まれたダイアンは非業の死を遂げ、彼らに虐殺されたゴリラのお墓の横に埋葬される。その2つの墓がコンゴ人の部下の手によって小石で囲まれ、ひとつの輪となった中に寄り添うように並ぶ最後の場面には心から感動した。  私達も動物学者と同じ自然科学分野を学んで医師になった。もちろん、仕事の内容も対象とする事柄も異なるが、共通する点は多いと感じた。医師の仕事には病める人達に対する愛情と理解、そして病気を治したいという熱意と信念が必要であるが、この映画に描かれた女性動物学者の仕事に対する姿勢は、我々女性医師にも多くのことを教えてくれているように思えた。 関西医科大学附属香里病院皮膚科助教授  西嶋攝子  ――1141 スポーツと精神医療 府医ニュース 2005年9月7日 第2386号  私はスポーツが好きである。とりわけ、子どもの時から慣れ親しんだサッカーは、今や生活の一部と言ってもよい。来年はドイツでワールドカップが開催されるが、今からもうワクワクしている。このように、スポーツは日常生活にも影響を与えるが、最近、精神医療にもスポーツの効用が唱えられるようになっている。例えば、アルツハイマー病の予防に歩行が良い、ジョギングは前頭前野の活動を高める、中等度の有酸素運動はうつ病に有用――などである。  さて、平成16年11月に行われた第4回全国精神障害者スポーツ大会に、私達病院のデイケアのソフトバレーボールチームが、見事、予選を勝ち抜き参加した。障害者の国体にオープン競技とはいえ、やっと精神障害者も参加できるようになったのである。私も同行し、その熱戦を目の当たりにすることができた。  それは驚きと感動であった。私の頭の中にあった障害者のスポーツのイメージとはかけ離れた、ハイレベルな競技がそこにはあった。本当に面白かった。そして、精神障害という重荷を抱えているはずの彼らの表情は明るく、美しくさえあった。思わず興奮して、必死になって応援していた。これは、ワールドカップで体験するであろうワクワク感と同質のものであった。  彼らが「いつでも、どこでも、普通に」スポーツができる環境を整えることのみならず、精神障害の治療にスポーツを医療技術として科学的に導入することは、これからの精神医療のアートのひとつになるのではないかと考えている。 大阪精神医学研究所新阿武山病院長  岡村武彦  ――1142 肥満症への取り組み 府医ニュース 2005年9月14日 第2387号  最近、肥満症への取り組みは内臓脂肪蓄積がもたらすメタボリックシンドロームに関連して、非常に脚光を浴びています。内臓脂肪蓄積から生じるインスリン抵抗性が生活習慣病である高血圧、糖尿病、高脂血症などの大きな原因であることが解明されてきたからです。それはレニン・アンジオテンシン系とも関連し、ARB、スタチン、グリタゾンなどの薬剤の多面的効果への期待にも結び付いています。  さて、一番の根本原因である肥満への対策ですが、食事治療と運動の効果が、最近、非常に大きく見直されており、また、予防医学としての期待が、厚生労働省からも医療費削減の4番打者としてかけられています。そのため、当施設でも医師以上にコ・メディカルスタッフが率先して継続した栄養指導と運動指導に取り組んでいます。  現実問題として、ダイエットと運動の継続には難渋することが少なくありません。巷にあふれる美味端麗な食事への誘惑や、空腹感にさいなまれた時のつらさに打ち克つことは、想像以上に厳しいことを実感せざるを得ません。  毎日の新聞等の広告でも、より簡単にダイエットができるとうたった商品が次々に登場してきますし、使用前後の素晴しい容姿の変化を、これ見よがしに写真掲載した折り込みチラシをしばしば目にします。我々が医療として行う肥満症への取り組みも、これらの広告に負けないように継続して取り組んでいきたいと思っています。患者さんへの「継続した」食事・運動・禁煙の指導が、徐々に患者さん自らの行動変容に結び付いて減量につながった症例が少なくないからです。  そして、その取り組みが、生活習慣病、膝関節症、睡眠時無呼吸症候群、脂肪肝(NASH)などのよく見かける疾患の軽減につながることを切に願うからです。 島田病院内科医長  植田秀樹  ――1143 自動体外式除細動器(AED)の普及 府医ニュース 2005年9月21日 第2388号  最近は、自動体外式除細動器(AED)があちらこちらに設置されるようになり、徐々に普及してきました。2月20日の泉州国際市民マラソンで、レース中に倒れて心停止になったランナーが、AEDによる除細動で救命されたことが話題になりました。一次救命処置が迅速確実に行われ、素早くAEDの除細動処置に移行できたことが救命のポイントだったようです。  しばらくたった4月29日、堺シティーマラソンに参加しました。日頃の運動不足はよく分かっているので、いちばん短い2.5kmのファミリーマラソンを走りました。二次救命処置コースで、よくご一緒する先生が救護所で待機されており、堺市高石市消防組合消防本部の、こちらも知り合いの救急救命士2人がAEDを背中に背負い、自転車で巡回していました。自分がAEDのお世話にならないように無理をせずに走ったので、小学生に次々と追い抜かれましたが、ゆっくりと初夏の風を受けて走るのは気持ちがいいものです。  ゴールデンウイークが終わった5月12日、長崎で開催される学会に出席するため、伊丹空港から飛行機に乗りました。搭乗手続きをして搭乗口に着くまでに、AEDを1台見つけました。  一般市民へのAEDを用いた心肺蘇生法の指導が始まっています。院内の二次救命処置コースでも、受講生の医師や看護師にはAEDの使用法を指導していますが、当院では、やっと今年度中に各階に1台ずつ配備される予定となっています。AEDもいずれはもっと小さくなり、ポケットマスクと一緒に携帯できれば良いかもしれません。 大阪労災病院麻酔科部長  寺井岳三  ――1144 臨床研修雑感 府医ニュース 2005年10月5日 第2389号  最近、各病院において医師不足が言われている。小児科や婦人科においては診療科を閉鎖したという話も聞く。当科でも、医師スタッフの確保には苦労している。特にベテラン、中堅スタッフが退職した後の医師確保が問題である。  現在、大学にも依頼するなど、いろいろ苦労して何とか医師を確保しているが、来年度のことが今から心配である。大阪およびその周辺では、病院勤務の消化器内科の医師は全体的に不足していると思われる。医師国家試験合格後の研修制度が、平成16年よりスーパーローテート方式になり、各大学が研修医の指導医師確保のために、ある程度の数の医師を大学に戻しているという話も聞いており、これでは医師がますます不足する。  スーパーローテート方式によって、当センターにて2年間の研修を希望する医師が増加した。これからは、初めから当センターで研修し、消化器内科か代謝内科を志望する研修医を育て、当センターのレジデントになる医師を増やしていくことが重要になっていくと思われる。  一方、大学の方でも、現在、従来の講座制を変革して臓器別講座に組み直す方向に動いている。従来、各内科講座に複数存在していた消化器内科を一本化することは、いわゆる医局人事として流動性が増して良いことかもしれない。  当センターで研修してレジデントになった医師を大学に紹介していくことも、大学との交流を深めるために有効となっていくであろう。 大阪府立急性期・総合医療センター消化器代謝内科部長  鈴木正昭  ――1145 アカウンタビリティー 府医ニュース 2005年10月12日 第2390号  医療現場で重要視されている言葉に「アカウンタビリティー(説明責任)」があります。医療スタッフは、患者さんおよび家族に十分な説明をする責任があり、納得のいく説明を怠ったために招いた結果に対して、償いが求められます。  そもそも、行政の世界で「自らの責任に対し国民への適切な説明が求められる」との考え方を示した言葉として「アカウンタビリティー」が登場し、平成11年ごろより、広く企業や医療の分野で用いられるようになりました。私どもは医療人として、病院機能、ルール、診療手順、病気、検査方法、治療法および予後を分かりやすく説明し、患者さんに納得をして頂きたいと願っております。  そのためには、情報伝達・交換をきちんと行い、患者さんの理解度を知る洞察力が必要であり、かつ患者さんがどのように感じているのか、その心を読みとり、思いやる気持ちが大切になってまいります。  通常、双方に思い込みがあり、お互いに自分に好都合な解釈をしていることが多いと思います。医療事故が発生した場合に、思い込みの差が顕著になってまいります。説明したという医療サイドと説明を受けていないという患者サイドは、大きく対立することになります。  いかに納得して頂ける説明をし、的確な記録をしていくか、そしてコミュニケーション能力を高め、思いやる心を深めていくかが継続課題であります。医療人も患者さんも、お互いに感謝の気持ちが持てる良い医療を、職員みんなで志したいと思います。 泉大津市立病院長  飯田さよみ  ――1146 人工気胸術 府医ニュース 2005年10月19日 第2391号  当院名誉院長が先日、亡くなられた。若き日、7年間にわたり人工気胸術を受けつつ勤務され、しかも定年まで皆勤を通したのがご自慢であったが、晩年は、その後遺症が負に働いた。人工気胸術を知る人はますます少なくなっているが、今もその後遺症である慢性膿胸患者が当センターを受診される。皆さん、総じてご高齢ながら元気であり、何よりも老年に至るまで立派に社会人として活躍されていたのが印象的である。  人工気胸術は、トーマス・マンの「魔の山」に、当時の画期的な結核治療法として解剖学的、病理学的、文学的に細やかに描かれている。その舞台となった国際サナトリウム・ベルクホーフも先頃リゾートホテルに様変わりしたそうだ。昭和20年代、我が国で全盛であった人工気胸術は、その施行期間の長さでも異様であった。2〜3年、時には5〜6年にわたるものもあった。そのまま仕事をするのも普通であった。  私はインターン制度廃止後の一期生として、昭和44年に当センターに就職し、慢性膿胸に遭遇した。この疾患は時間のかかる、治療(手術)と呼吸不全が裏腹の困難な疾患である。当時は、まず膿胸腔をきれいにし、後に根治術に移るが、そこまでが長く、ガーゼ交換が延々と続くのであった。  日々きれいになっていく腔内を観察しているうちに不思議な腫瘍の発生に気付いた。現在、広く知られるようになった慢性膿胸に合併する悪性リンパ腫PAL(Pyothorax Associated Lymphoma)である。当初、欧文の論文が見当たらず日本特有の疾患とも考えたが、最近、人工気胸発祥の地ヨーロッパでも、PAL発生の論文が見られるようになった。 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター副院長  井内敬二  ――1147 地球環境と自然災害 府医ニュース 2005年10月26日 第2392号  地球環境の温暖化に伴う異常気象が問題になっている。近年の気候はどうもおかしい。例えば、ハリケーン「カトリーナ」や台風14号など自然の猛威は、ニューオーリンズや宮崎県などに大きな被害をもたらした。これらハリケーンや台風は、従来のものより勢力が一段と強く、風速も60m以上を記録している。また、雨の降り方も尋常ではなく、滝のような豪雨であり、雨量も記録的なものとなっている。  何やら、地球環境の破壊により自然の営みにも、バランスの崩れによる異常が起こっているようだ。広大な熱帯雨林の破壊や、化石燃料である石油の大量消費は、地球の温暖化を招いている。大気中の炭酸ガス濃度の上昇は、平均気温の上昇につながり、猛暑や暖冬の原因にもなっている。ここ30年間における地球上の平均気温は、近年において類のないほど上昇していると言われる。  また、数多くの生物種が生存環境の悪化のため、地球上から消滅している。このまま自然環境の破壊が加速されていくならば、間違いなくヒトは、その生存が脅かされるような厳しい環境に置かれることになるであろう。  ヒトが地球環境を破壊していることは明らかな事実である。環境破壊を防止するには、京都議定書に示されているように、先進国を中心とした炭酸ガス排出の規制がぜひとも必要である。宇宙から見た地球は、青白く輝き、形容できないほどの美しい星であるという。  この地球環境を将来にわたって保全するためには、石油依存の生活を改め、エネルギー消費の少ない質素な生活が求められるべきである。 近畿大学医学部臨床検査医学教授  古田 格  ――1148 市立堺病院ER構想 府医ニュース 2005年11月2日 第2393号  市立堺病院は、地域の中で救急告示病院と2次救急医療機関としての役割を果たしてきた。腸管出血性大腸菌O157の集団発生が起きた平成8年、病院移転とともに新しく救急集中治療科が設置され、その後は、集中治療の傍らで可能な限り、1次・2次の救急医療を提供してきた。  最近、当院を含め多くの病院で、にわかに救急医療が見直されている。すべての急性期病院において在院日数の短縮を余儀なくされ、その結果、充床率は落ち込む一方、高齢社会の進展に伴い、内科系の救急医療が注目されている。また、新しい臨床研修制度の導入により、救急部門を専門化する必要も生じてきた。これらの背景が、急性期病院で救急医療を充実させる追い風となっている。  地域の問題としては、堺市単独で2次医療圏を成しているが、このエリア内に3次救急医療機関を有していないことが挙げられる。また、他地区と同様に、時間外小児救急の担い手も少ない。利用者である一般市民からみても、収容能力の高い施設、あるいは、もっと分かりやすい体制が必要なはずである。  私の提案は、堺市内の中心部に、トリアージを主とする1次救急センターと救命センターを併設することである。時間外に救急車はまず、このセンターに患者を搬送し、1次はその場で実施、緊急度の高い3次は即座に救命センターへ、入院が必要な場合は市内の2次救急医療機関に搬送するというように、重症度の高い3次から2次への流れとする。時間内の1次・2次は、各病院で対応する。特に当院では、時間内の1次・2次および一部の3次に対応できる「市立堺病院ER」を構築し、しっかりとした受け入れ窓口と、各科救急との連携を強化することが必須である。  それには、院内で救急科を孤立させないこと、また職員全体として救急を担うという意識を持つことが何よりもまず大切である。 市立堺病院診療局次長兼救急集中治療科部長  植松正保  ――1149 創傷治療についての考え方 府医ニュース 2005年11月9日 第2394号  当欄に、「傷を何針縫いましたか?」というテーマで寄稿させて頂いたことがあり、その後、数年間で創傷治療に対する取り組み方や考え方がかなり変化してきたので、再度、「創傷治療」についての所感を書いてみます。  以前は、顔面の創には局麻下での縫合・閉鎖を第一選択とし、ごく小さい、あるいは浅い創に対してはガーゼ処置やテープ固定等の保存的処置としていました。  しかし最近、患者が初診時に他科を受診して保存的処置を受け、1〜2日経過してから形成外科を紹介されて受診した時、特に、小児の場合では創が既におおむね閉鎖しており、縫合した場合とほとんど所要日数も変わらずに閉鎖することを経験するようになりました。  それからは、小児の顔面(あるいは他の部位でも)の創のうち、解剖学的に特殊な部位や、規模の大きな創等の場合を除き、保存的処置を原則とした治療を行っております。そして、適切な管理により、ほとんどの場合、創の閉鎖を得ています。  この方法では、局麻や抜糸の時に患者や家族に苦痛を与えず、縫合糸痕も残りません。「縫合せずに創を治療する」という手法が広く一般的に認識されているとは言えませんので、このことを一般の方々はもちろん、現場の先生方にも知って頂けるような努力が必要でしょう。  小生と同じ意見はWEBでも公開されています(小生とは面識はありませんが、形成外科医のホームページhttp://www.wound-treatment.jp/があります)。 馬場記念病院形成外科部長  山本喜英  ――1150 傘寿朗詠療法 府医ニュース 2005年11月16日 第2395号  高齢社会となったが、生命の延長のみが人生の幸福ではない。国は、生活習慣病の予防や介護予防システムを推進しているが、心の健康増進を忘れてはならない。幸い、日本は四季の風土に恵まれており、心の感動を俳句にすることは心身の健康増進に役立つ。 喜寿傘寿 まだまだ生きんと 初詣  この世に生を得て80年、社会に役立つ人生となるよう、氏神に初詣をした。 小雪舞い 早々と雲遠ざかる  2月のある夜半に雪が降りしきり、朝までに10センチ積もった。寒風で小雪が舞い上がり、雪雲が走り過ぎていった。 気迫満つ 傘寿の髪に 風光る  理髪店でさっぱりと手入れをしてもらい、気分良く外出した。春風が心地良く頬をなでた。 驟雨去り 二上の裾 古塔映ゆ  當麻寺の牡丹見物の帰路、二上山と當麻寺の塔が雨上がりの虹に映え、仏の顔のごとく見える。 傘寿来て 明日を夢見る 初鰹  未来を夢見て鰹のたたきに舌鼓を打つ。 つつじ散る 惜しみても余る 人偲ぶ  小生の俳句の師匠で公衆衛生行政官の学兄が闘病生活のかいなく、後を頼むと旅立った。 梅雨寒や ぬすみ酒して ほろ酔いぬ  空梅雨かと思ったら、やっと梅雨空となり、肌寒い日に酒で体を温める。 如意輪寺 ただ虫しぐれ 聞こゆのみ  吉野山の夏は万緑に包まれ、如意輪寺では虫の音が響いている。辞世の歌を前に楠公をしのぶ。 蛍火の 消えつ光りつ 渓流に  赤目四十八滝の夕闇に蛍が舞う。 大阪府赤十字血液センター検診医師  竹谷修太郎  ――1151 府立身障福祉センターでのリハビリテーション 府医ニュース 2005年11月23日 第2396号  半世紀に及ぶ歴史を有する大阪府立身体障害者福祉センターは、平成19年4月に、府立急性期・総合医療センターと統合され、障害者リハビリテーションセンター(仮称)として新たに歩み始める予定である。  長年にわたる当センターでのリハビリテーション(以下、リハ)を顧みると、戦後間もない時期に戦傷患者の社会復帰訓練から始まり、ポリオによる肢体不自由者への手術・装具療法、脳性まひ者への作業療法による生活自立の試み、増加した交通外傷による脊髄損傷や頭部外傷の患者への積極的な機能訓練、高齢者の股関節症や膝関節症への人工関節置換術による早期の生活復帰の試み、最近は脳卒中後遺症への集中的回復期リハや頭部外傷による高次脳機能障害者への自立支援プログラムの推進、脳性まひ者の二次障害としての頸髄症や股関節痛への外科的処置と薬物療法を組み合わせたリハ、また臓器移植後の未知の合併症へのリハ…と、疾病の変遷を忠実に反映したものであった。  この間、疾病を扱う一般診療科とは異なるカテゴリーとしてのリハ診療や、リハの包括的概念、ノーマライゼーションの意味について医療関係のみならず、社会的な理解と認知を得るための啓発活動にも努力してきた。  しかし、リハの言葉が一般化し、健康保険や介護保険の中でも頻繁に用いられる昨今、多様な障害が以前より増え、異なるリハ医療の必要度を急性期から慢性期に至るまで有するが故に、これらの複雑化した障害構造への理解を得ることが、むしろ難しい時代になったと言える。 大阪府立身体障害者福祉センター所長  鈴木恒彦  ――1152 「生(なま)」のリスク 府医ニュース 2005年11月30日 第2397号  保健所における重要な仕事のひとつに感染症対策があり、「生なま」が原因で3つの疾患が起こっている。  まず、生レバーとしてスーパーなどで販売されていたり、焼き肉店で出されたりしているものは、大阪ではほとんどが「生」のレバーであって、生食用レバーではなく、加熱して食べる必要がある。「生」で食べることのできる食肉は、厚生労働省が定めた基準を満たしている食肉だけであるが、実際に流通しているものは少なく、生食用でないレバー等を「生」で食べて、O157をはじめとする腸管出血性大腸菌感染症が発生している。  次に、生食用カキであるが、確かにこれは厚労省の基準を満たしているが、残念ながら問題となっているノロウイルスについての検査は基準にはなく、平成15年の大阪府の調査では約10%から検出されている。年々検出率は改善されてきてはいるが、生食用と表示されているカキでも絶対に「生で食べて安全」とは言えないのが現状である。ノロウイルスの場合、本人は軽症または発症しなくても、糞便中にはウイルスが大量に、しかも長期に排出されることがあり、二次感染につながる恐れもある。  保健所では給食施設や福祉施設の従事者などを重点対象に、手洗いなどの標準予防策と併せて、こういった「生食」のリスクについての啓発に努めている。  最後に、コンドームをつけない、いわゆる「生」の性的接触によって、HIV感染が広がっている。幸い、平日昼間に行われる大阪府保健所における検査の抗体陽性率は0.1%程度と低いが、委託して実施している夜間検診や土曜検診では0.5〜1%程度と高く、年々増加傾向にある。府の保健所では、高校生等を対象にコンドーム使用を中心とした啓発を行っているが、今後はハイリスク者にどのように有効な啓発を行うかが課題であろう。 大阪府藤井寺保健所参事  井戸正利  ――1153 韓国国立慶北大学校医学部附属病院を訪問して 府医ニュース 2005年12月7日 第2398号  大韓民国の国立慶北大学校は、韓国3大都市のひとつである大邸市(人口約200万人)に位置し、国立ソウル大学校に次ぐ名門大学です。その外科学教室主任教授・金良一先生のお招きで、妻とともに韓国を訪問し、小生は大学の見学、家内は奥様のご案内で市内見学に出かけました。今回は、小生の大学見学の感想をお話しいたします。  金先生は鳥取大学卒、九州大学外科の井口潔教授に肝胆膵外科を学び、大分大学外科講師を経て、10年前に国立慶北大学校に教授として招かれました。肝がんと肝移植をご専門とし、肝がん手術800例、生体肝移植160例の輝かしい実績は、日本でも斯界では著明な方です。  韓国の医療レベルは日本同等以上と思いましたが、驚いたのは一棟を使った救急部で、一次救急から三次救急まで、診察室、観察室は患者さんで溢れ返り、手術室は2室を救急専用として24時間稼動していました。救急専門医数人の指導の下、10人以上の各科からのレジデント、チーフレジデントが診療に当たっているとのことでした。  一方、医学部教育は数年前からアメリカ同様、理・工学部4年卒後、4年制として充実を図られたとのことでした。日本では2年前からスーパーローテート研修が始まり、この2年間が終わって、アメリカの医学部卒業時の臨床能力に近付くと言われています。  既に韓国では、数年前から医学教育を見直し、学生時代から高いレベルの臨床教育システムを導入していることをお聞きして、驚きと感動、そして日本の医学教育制度を根幹から見直す必要性を感じた、感慨深い、短いながらも充実した3日間でした。  岸和田徳洲会病院長  廣岡大司  ――1154 禁煙と分煙 府医ニュース 2005年12月14日 第2399号  最近は、ほとんどの公共施設や交通機関で禁煙・分煙となり、以前に比べて、たばこの煙に悩まされる機会は減ってきました。当院でも、数年前に全館禁煙にしましたが、その時の議論の中で、病気と闘っている喫煙者の唯一の楽しみを奪うのはいかがなものか、との意見が通り院外に喫煙場所を設けました。  ところで、分煙の意義とは何でしょうか。分煙とは、喫煙者の権利を守るためのものなのでしょうか。私はそうではないと考えています。たばこの害から人を守るために起こったのが禁煙運動であり、その一環としての分煙ですから、自己責任の上での喫煙は認めるものの、周囲の人々の受動喫煙を防止することが本来の意味であるはずです。  私は長年、電車通勤をしていますが、大抵の駅は構内禁煙になっていてプラットホームの片隅に喫煙場所が設置されています。ラッシュ時には、多くの人々が集まってたばこを吸っているのを目にしますが、そこには「喫煙コーナー」と書いた表示があるだけで、何の囲いも仕切りもありません。その日の風向きによっては、大量の煙が電車を待っている人々の方に流れてきて、従来以上の煙害を被る羽目になることがあります。また、喫煙コーナーからかなり離れたベンチに座って吸っている人もいます。  喫煙者のマナーの悪さもさることながら、おざなりの喫煙コーナーを設置した関係者にも、本来の分煙の意義をいま一度考え直してもらう必要があります。  「禁煙は自分を守るため、分煙は他人を守るため」。 市立貝塚病院長 川勝弘 ――1155 日本小児科学会 小児医療提供体制の改革ビジョン 府医ニュース 2005年12月28日 第2400号  平成16年来、日本小児科学会は、小児医療提供体制の改革ビジョンを発表し、日本の小児医療の将来に関する提言を行っています。 1、改革ビジョン  1.効率的な小児医療提供体制へ向けての構造改革としては、入院小児医療提供体制の集約化、身近な小児医療の提供の継続、更に広く小児保健、育児援助、学校保健などの充実を図る。  2.広域医療圏における小児救急体制の整備を進める。その主な内容は、小児時間外診療は24時間365日を、すべての地域小児科医で担当し、小児領域における三次救命救急医療の整備を進める。  3.それらの改革を進めるに当たって、労働基準法等に準拠した小児科医勤務環境の実現を目指す。また医師の臨床研修・卒前・卒後教育に必要十分な場を提供する。 2、改革後の体制  1.地域の小児科は機能分担を進める。  2.二次医療圏の病院小児科医は「地域小児科センター」または「病院(過疎)小児科」に所属しつつ連携・交流を進め、医療圏の病院小児医療を医師全体のグループで維持する体制を目指す。  3.小児科・新生児科の専門医研修、新医師臨床研修プログラムを「地域小児科センター」とグループ全体で履修できる条件を整える。  4.医師の夜間勤務の翌日は勤務なしとし、労働条件を整える。  5.女性医師は産前産後休暇、育児休暇を取れる条件を整える。 3、このプランを成功させるためには  1.小児科診療報酬が一般小児科でも採算のとれる内容とすること。  2.市町村を越えた小児救急の地域を実現するため、自治体と住民の理解と協力が得られること。  3.現在、医師派遣という形で医師の人事に関与している大学小児科教室が、新しい小児医療提供体制の必要性を理解し、その発展のために主体的に参加すること。必要に応じて「地域小児科センター」に複数大学の共同支援を行うこと。  各位のご理解をお願いいたします。 大阪府立母子保健総合医療センター院長 藤村正哲 ――1156 世相漢字「愛」 府医ニュース 2006年1月18日 第2402号  平成17年の世相を表す漢字は「愛」と発表され、清水寺の森清範貫主が大きく揮毫していた。親が我が子を殺したり、親が子に殺されたりする「とてつもない事件」が多いこの世、なぜ「愛」なのかと、一瞬、戸惑った。しかし、すぐに分かった。「愛」がもう少し多ければ、「こんな事件」は起こらなかったのに、という意味であろう。  私は今年、72歳の年男である。「欲しがりません、勝つまでは」。こんな精神構造で育ち、昭和20年8月15日(終戦の日)、世の中の価値観が180度逆転したことを体感させられた。神を疑った。孟子が唱えた性善説、人の本性は元来、善であると教育されてきたし、当時の多くの国民はそのように思っていたに違いない。「人は死ねば、どんな人でも仏になり」この世の罪は許されるという「まあまあの文化」があった。「愛」と言えば、「愛に満ちあふれている」というイメージであったが、今日では「愛が不足している」というイメージらしい。性悪説の台頭であろう。人の「知・情・意」のうち、人間らしさの最も大切なのは情(愛情)である。  医療は、社会主義であれ自由主義であれ、生きるために必要な水や空気と同じように人間社会の基本的な仕事である。患者に対する「愛」という医療哲学は言うまでもないが、低すぎる医療費は、医療の原点における悲劇である。国民は、いつでも、どこでも、安心して安全で適切な医療を受けられることを望んでいる。医療に対する単純な市場原理の導入はそぐうはずがなく、より良き医療制度改革がなされなければならない。 厚生会高津病院理事長  上道 哲  ――1157 低侵襲脳外科 府医ニュース 2006年1月25日 第2403号  一般の人々は、開頭手術を「非常に危険」と考えており、もし、脳外科的治療を受けるなら「高度ではあるが低侵襲な治療法を、しかも各治療法の長所を種々組み合わせて、できるだけ良好な結果を得たい」と希望しているという調査結果がありますが、この考え方は当然であります。そして、現在の脳外科は、一般の人々のこのような要求に応えられるようになっています。  すなわち、「頭を開けない治療」である血管内治療や定位放射線治療が発展し、良い治療成績を収めています。従って、脳という重要な臓器にメスを入れ得る立場である我々脳外科医は、旧来のchallengeable surgeryなどという冒険的手術は厳に慎むべきであります。  更に、現在では多くの脳疾患が偶然に発見されます。このような症例の治療は予防が目的となりますので、後遺症の発生を極力避けるべきであり、時には疾患との「平和共存」という考え方も必要となります。  私自身は、常に「低侵襲」を基本とした手術に努めてきましたが、最近の米国の脳外科雑誌においても"Back to sober neurosurgery"(Surg Neurol63:590-591,2005)という論文が掲載され、勇敢に困難な手術に立ち向かう、いわゆる「英雄的」脳外科医の危うさが論じられていました。手術中心の「侵襲的脳外科の時代」からQOLを重視する「低侵襲脳外科の時代」への移行は、世界的な傾向であります。 大阪市立総合医療センター脳神経外科部長  安井敏裕  ――1158 NICUの後方支援 府医ニュース 2006年2月1日 第2404号  人工呼吸法など医療技術の目覚ましい進歩は、今まで生存不可能であった超重症児の長期生存を可能にした。一方、新生児から長期にわたって、一度も退院することなく何年も経過している児も多くあり、特に急性期のNICU(新生児集中治療室)や小児病棟で、運営上や倫理上の様々な問題を引き起こしている。  こうした児がQOLを保ちながら「人間らしい生活」をするためにはどうしたらよいか、という具体的な支援戦略が、社会的・行政的にも必要となっている。すなわち、こうした長期呼吸管理を要する超重症児の「より良い生と死」を含んだトータルケアを、児と家族とともに、社会全体で真剣に考えなければならない時代が到来している。  厚生労働省の研究班で平成16年に行った大阪における新生児診療相互援助システム参加30施設への調査(全数回収)では、30施設中14施設(47%)で6カ月以上の入院を要する長期人工呼吸管理症例があり、その総数は44例(NICU17例、小児病棟27例)であった。疾患の内訳は、低酸素性虚血性脳症23例、先天奇形6例、神経筋疾患6例、超低出生体重児3例、その他6例であった。これらの児は、重篤なハイリスク新生児を多く扱う施設ほど多く、大阪府内で発生した急性期の新生児や小児の入院が制限されるなど、ベッドコントロール上、大きな問題になっている。  今後こうした児が、QOLを中心にスムーズに継続ケアを受けられるような後方支援施設の整備や在宅医療の充実など、NICUの後方支援を本格的に考えなければならない時が来ている。 淀川キリスト教病院医務部長  船戸正久  ――1159 大阪府における新型インフルエンザ対策 府医ニュース 2006年2月8日 第2405号  これまでH5N1による鳥インフルエンザの被害は東南アジアが中心でありましたが、最近は中国、中央アジアに及び、更にヨーロッパにまで飛び火して、いよいよ新型インフルエンザの出現かと危惧されています。新型インフルエンザによるパンデミックは、世界中のすべての地域で起こるため、世界レベル、国レベル、地域レベルでの対策を立てる必要があります。  大阪府では、平成17年3月より対策委員会を立ち上げ、12月に大阪府新型インフルエンザ対策行動計画(第1版)が完成しました。大阪府庁ホームページのトップページ「健康・医療」内「感染症」の項をクリックすると、この行動計画を閲覧できます。  新型インフルエンザの流行予測は、他の感染症よりもはるかに困難です。インフルエンザウイルスの変異のスピードは極めて速く、感染力、病原性の程度を予知することはまず無理です。いつ、どこで、どの型がパンデミックを起こすか分かりませんが、今のところH5N1の可能性が高く、しかも高病原性であるため、甚大な被害をもたらすことが心配されています。  大阪府の行動計画は、WHOや国の対策に準じて作成され、最悪のシナリオを想定したものとなっています。しかし、それ以上の被害が出ることも十分考えられ、最も混乱すると思われる医療機関では事前の対策が何よりも重要です。また、パンデミック時に本当に役立つのは、経験と知識に裏付けられた直観力と応用力だということも強調しておきます。 大阪府立公衆衛生研究所副所長兼感染症部長  奥野良信  ――1160 患者様は「品物」か? 府医ニュース 2006年2月15日 第2406号  当院ではISO9001認証の審査を受けることになり、ISOとは一体何かということから勉強を始めることになりました。ISOとは国際標準化機構(International Organization for Standardiza tion)のことで、フイルム感度の国際規格でよく知られています。そのうち9001はサービス業の「品質管理の規格」で、医療関係でも認証を受ける施設が多くなっています。  当初、「品質」という言葉について、「患者様は品物か?」という問題が提起されました。そして、医療での「品質」とは、患者様に提供する「医療サービス」の質であるという解釈でした。  ISOの認証を受けるということは、やるべきことを手順どおりやっていることを証明するものです。ISO審査に当たって院内のマニュアルをチェックしたところ、詰め所ごとに同じ業務の手順が少し違っていたり、医師の処方オーダリングにおける問題点が明らかになりました。  ISO規約では不適合とされたものは是正しなければならず、また、品質目標を設定し、その達成状況を報告しなければならないなど、我々医師にはかなり苦手な内容でした。医局にも内部監査および審査があり、不適合報告に対して頭に血が上った先生もおられたようです。不適合報告は個人攻撃になりやすいことから、運用面で注意が必要なことも分かりました。  今後、ISO9001がどのように役に立つのかは分かりませんし、将来、これよりもっと良いシステム規格が出現するかもしれません。しかし、ISOの規約を無視した自動車メーカーや、耐震設計違反の建築が問題になったことは周知の事実であり、医療機関における安全管理をシステム化する上で、ISOは役立つ手段ではないかと思われます。  …当分「ISO」の3文字にうなされそうです…。 阪和第一泉北病院副院長  後藤 武  ――1161 一枚の年賀状 府医ニュース 2006年2月22日 第2407号  毎年、正月には多数の方々の年賀状を頂く。儀礼的なものも少なくないが、あいさつ文や短い添え書きにかつての懐かしい面影を思い出し感慨を呼び起こされるものが多い。  早、半世紀近くも前のことになってしまったが、入局したばかりの駆け出し医師として病棟を走り回っていた頃、受け持ち患者さんの中に連合弁膜症によるうっ血性心不全の女性がいた。胸部エックス線像で胸郭はほとんど心陰影で埋め尽くされ、肺野は上方にわずかに見られるのみ。当時、治療の主力はジギタリスであったが、すぐに中毒症状が出て思うように使えない。思いあぐねた末に、投与量をいったん減らして中毒症状の消退を待ち、今思えば薬剤部には申し訳なかったが、ジゴキシンを0・02ミリグラム単位で微調整を試みたことを覚えている。  この方が、律義に毎年、年賀状をくださるのである。既に古希を迎えた私より年長であったから、もうかなりのご年配の筈である。賀状の短い文面からは体調などの詳細は分からないが、その後担当されたドクターの適切な治療、管理のお陰もあり、日々をつつがなくお過ごしのようである。そして時々、新米医師が額に汗して右往左往していたのを思い出してくださるのであろう。  この方からの年賀状を見るたびに、自分の医師としての原点を見る思いがして励まされる。医師として接した私が、今、この方に癒されている。ありがたいことである。 大阪府信用金庫健康保険組合健康管理センター所長  高山純一  ――1162 私とデジカメ 府医ニュース 2006年3月8日 第2408号  最近、医師会の会合や講演会、家内とのお寺参りや買い物に、ポケットサイズのデジタルカメラを持って出かけることが多い。というのも、何かを記録するのにメモを取るのも面倒くさく、また、ペンやメモ帳を持っていないことも多く、情報をたくさん書き留めることも大変なので、メモ代わりにシャッターを押しておくからである。家でじっくりパソコンのモニターに映し出せば、詳細が再現できる。  デジカメを記録用に使っているわけだが、記録以外に結構きれいな、フィルムカメラのような芸術作品写真が撮れることもある。一昨年、潮岬での元旦の「初日の出」は、我ながらうまく撮れた。  私のデジカメの使用歴は、平成12年1月にパソコンを使い始めて約1年たってから、初代の機種となったカシオ製QV2300UXの購入に始まる。当時、レンズが270度回転し、後ろ向きにも撮れる優れものと言われた機種であるが、何せ211万画素、画像を集積するのにも時間がかかり、手ぶれ防止機能もない。プリントしてみるとピンぼけの写真も多く、手ぶれ防止に気を使った。  その後、富士フィルム製のファインピックスがはやり、2台目はファインピックスF401。これは魚釣りの時に海水に浸かり、一瞬のうちに機能不全に陥り破棄。3台目はファインピックスE550を購入。630万画素という高画素数を誇り、気に入っていたが、2カ月で調子が悪くなり現在修理中。年末から正月用にと、4台目ファインピックスF11を使っている。機能が進歩し、小さなメモリーチップで600枚以上の画像が記録でき、孫が跳び上がった写真でも空中停止画像が撮れる。しかし、いい顔の写真は10枚撮っても1枚ぐらい。  これからも医師会の先生方に力メラを向けて、うまく撮れていなくてもお許しを。 早石病院長  早石 誠  ――1163 小児救急 現況緩和のための提言 府医ニュース 2006年3月15日 第2409号 3年半試みたEMIC−Q2  小児救急医療体制の問題点は、小児科医師と初期救急医療機関の不足、小児救急患者の後送病院不足、総合病院における軽症や重症の区別なき患者の殺到などである。これらが少しでも改善されるよう、市民への小児救急に対する知識啓発を目的として、ダイヤルQ2を用いた「EMIC−Q2」(こども救急医療有料電話相談/電話0990−5−01999)を平成14年7月15日より開始した。  全国共通ダイヤルによる小児救急無料電話相談(#8000)が、16年4月にスタートし、大阪でも同年9月に開始された。しかし、長い将来を考えると、EMIC−Q2システムの継続を決意せざるを得ない。  一度、診療所で診た患者については、同診察医と容易に相談できる体制の確立が必要であると考える。当システムによる相談を通じて、小児救急医療機関への受診の必要性の判定を行うことで、混雑緩和策の一助となると考える。更に、電話相談料金を現行の300円から1千円にアップすることで、本システム参加医師数の増加が期待される。また、ある産婦人科で新生児退院時に当システムのVTRを供覧したことで、利用者が増加した。運用開始から17年12月末日までの約3年半の実績は、延べ918件、月間20件程度であった。  病院勤務医は入院を要する重症患者の治療に専念し、一方、診療所医師は患者に対して責任をもって治療の指導を行うといった方向への認識がなされるべきであると考える。これらが実現されるまで、微力ながら当システムの継続を決意した。  ご賛同頂ける開業小児科医師、あるいは産婦人科の先生がおられましたら、当システムまで、ご一報をお待ちいたしております。 大阪府医師会総合保健医療センター総長顧問  鶴原常雄  ――1164 夢と誇り忘れたらあかん! 府医ニュース 2006年3月22日 第2410号  昨年、村上ファンドの札束攻撃に、阪神タイガースファンの「夢と誇り」が辛うじて打ち勝ったのもつかの間、大阪市の不祥事が次々と明るみに出て、「夢と誇り」が回復されるまでには、かなりの努力を強いられそうです。身の回りからも、「夢と誇り」が色褪せ、それを持ち続けるのが大変な時代になってきたようにも思います。  そんな中、東大阪市の中小企業社長・青木豊彦氏のお話を拝聴する機会を得ました。青木氏は、東大阪市の中小企業が協力して、人工衛星を打ち上げることを本気で考えておられます。それは、地元に若い職人さんが減ってきたことが理由だそうです。  青木氏は大阪弁丸出しでこう言います。「人工衛星を打ち上げることが目的とちゃいまんねん。若者に夢を与え、私らのとこへ集まってもうて、中小企業でも誇りを持って仕事ができるんや、と思うてもらうことが目的でんねんで」。  ナノテクノロジーを手作業で行っている企業が、東大阪市には800もあるそうです。青木氏の会社はその中のひとつですが、並み居る大手企業を蹴散らして、ボーイング社から部品の専属契約を取り付けました。同社から視察に来た責任者が、契約を決めた理由を「従業員達の目が輝いているから」と答えたと、その場面を語る青木氏の目は感涙に潤んでいました。  私は今年7月、第12回国際潰瘍学会を主宰します。26年前に東京で開かれた第4回の本学会で、私は生まれて初めて、ガチガチに緊張しながら英語で研究成果を発表しました。30歳の時です。そのデビューを果たした同じ学会を主宰するなど、夢にも思っていませんでした。その、私にとって夢以上のことが実現しようとしているのに、もっともっと感激し、誇りをもって、若い連中を感動させなければ意味がないと、青木氏のお話を聞いて改めて思いを強くした次第です。がんばるゾー! 大阪市立大学大学院消化器器官制御内科学教授  荒川哲男  ――1165 [平成18年度 府医ニュース「勤務医の窓」掲載分(38編)] 勤務医師・残酷時代――女性医師の明るい未来を模索して 府医ニュース 2006年4月5日 第2411号  年度末を迎え、開業などを予定した医師の退職が増加傾向にある。そのため、病院に残った数少ない勤務医師への負担が増える。医療安全上の不安から、精神的・肉体的に消耗して燃え尽きることを恐れながらの診療の日々が、更に退職を誘うという悪循環である。世はまさに、病院勤務医師の地獄の時代となってきた。その中で女性医師が連携で明るい未来を模索している。  昨年、大阪市勤務医師会は、その学術集会で女性医師の働く環境をテーマに「女性医師の現在と豊かな未来のために」という特別シンポジウムを開催した。椿尾百合子・同会女性医師の会会長の司会で、大阪府医師会の中川やよい理事、大阪市立大学医学部医師会の上田真喜子教授が講演され、また、NPO法人の立場から瀧野敏子医師が「女性医師は出産、育児の時期を無事に越えると60歳まで活躍し、社会的に貢献している」と発表された。  しかし、出産、育児の一時期での病院勤務は女性医師にとって過重労働となり、周囲との確執と配慮から退職する傾向にある。女性ならばこその大事な時期に、何らかの援助が必要であると女性医師達は自覚している。増える女性医学生、女性研修医、女性研究医の存在は相対的に男性医師の占める割合が減少することになる。昨年末には初めて日本人の人口が減少したと新聞をにぎわせた。  女性が勤務を継続できる環境をつくることは、女性医師の出産をサポートすることとなろう。政策的に開始された女性外来は、まず女性医師の存在が必要であるが、その質の向上も期待されている。女性医師の資質に必要なキャリアを研鑽し、女性医師としての公私の生活の充実に、どんなサポートが効果的なのか模索している。  その取り組みのひとつとして、大阪市立医療機関の市立大学と市民病院が、女性医師を中心にした初の合同総会を、3月11日に市大医学部講堂で開催した。ネットワークづくりを基に、男性医師とともに病院勤務医師の残酷時代を乗り切ろうとしている。 大阪市立十三市民病院副院長  揖場和子  ――1166 行動変容につながる健診・保健指導へ 府医ニュース 2006年4月12日 第2412号  府医ニュース2387号の「時の話題」では、健康を気にしながらも生活改善には消極的であるという人が大部分を占めていたとの全国世論調査結果を紹介し、医師会が正確な情報を繰り返し提供することで「地域住民の生活習慣の行動変容を導いていかなければならない」と述べられている。  さて、その行動変容のきっかけとなるはずの健康診査を住民全体の何割が受けているのかという情報の存在を小生は知らない。ましてや、健診後の保健指導実施状況の把握など、雲をつかむような話である。この理由は、健診が老人保健法・労働安全衛生法、医療保険者・市町村国保事業と、個別に営まれてきたことにある。  健診の共通化・一元管理と関係各機関の連携・相互利用で問題解決を図るべく、平成17年12月1日の医療制度改革大綱では、被用者保険の被扶養者は健診・保健指導を地元の市町村国保事業を利用医療保険者は安衛法に基づく健診データを活用これらの実現に向けて保険者協議会や地域・職域連携推進協議会の設置メタボリックシンドロームの発症予防・重症化予防の流れに対応する健診・保健指導体系――まで示されている。  受けやすく効率的で、すべての住民が利用できる健診、更には行動変容の実行までフォロー可能な保健指導体系を実現しなければならない時が来ていることは間違いなく、これに果たす我々の責務は大きい。 大阪市中央区保健福祉センター医務保健長  竹内 敏  ――1167 ケインズとマルクスの夢 府医ニュース 2006年4月26日 第2413号  ケインズは「21世紀初めには週15時間程度働けば済むようになる」と予言し、マルクスは「縛られず好きな時に好きなだけ働けばいいユートピア」を考えた。しかし、現実の21世紀社会は、不眠不休でめまぐるしく変化するハイリスク社会となり、労働がますます過重となり、ストレスフルとなっている。そのため、産業保健は、過重労働とその障害の防止対策、メンタルヘルスに最も力を入れて取り組んでいる。  世代間の断絶もハイリスク社会の要因のひとつで、世代により、労働の捉え方が違っていると思われる。「働き過ぎていませんか、働き方を見直して心とからだの健康づくり」(2005年労働衛生週間スローガン)は、中高年者の過重労働に対する警告となるが、フリーターやニートが増加している若年世代には当てはまらない。  親の世代にすれば「働くことで豊かな生活が実現したのであり、働くことが当たり前、定職を持とうとしない若者は困ったものだ」と思っている。子どもにすれば「身も心も疲労困憊になるまで働く気がしれない。働くなら自分らしい仕事でなきゃ嫌だ」と思っている。  「子どもとは、親が願っている道を歩もうとはせずに、親自身がしたかったが制約があり、できなかった夢に進むものだ」と思われる。ハイリスク社会を生き抜こうとしないフリーターやニートは、ひょっとしたら、ケインズやマルクスができなかった夢を自分達だけの世界で実現しているのかもしれない。 大阪市立大学大学院医学研究科産業医学分野教授  圓藤吟史  ――1168 医療構造の一断面に転職して 府医ニュース 2006年5月3日 第2414号  昨年3月末をもって長年勤務した大阪赤十字病院を辞し、6月より大阪府社会保険診療報酬支払基金の常勤審査委員として転職してから、早いものでもうすぐ1年が過ぎようとしている。  これまでの直接患者に接触する医療現場とは異なり、各病院、診療所から提出される診療報酬明細書の山と格闘しながらの毎日であり、自分自身の医学知識に関する幅の狭さを改めて痛感させられている。  さて、本邦における医療構造の一断面としての支払基金の役割とは何だろうか。言うまでもなく、世界に冠たる国民皆保険制度が円滑に運営されるために、保険診療が公正に行われているかを見守っていくことであると認識している。  医学部を卒業し国家試験を経て医師のライセンスが認可されると、ほとんどが保険医として登録される。一方、多くの医療施設では保険診療を取り扱っているにもかかわらず、保険診療に精通している医師はそれ程多くないと言ってもよい。相当複雑で膨大な内容を含んでおり、しかも定期的に改定も行われる。審査を担当している私達にとっても、一日一日が学習である。日常の多忙な診療の中で保険制度を理解することは、特に、病院勤務医にとって、かなりのエネルギーを要する。  しかしながら、保険制度の中で医療に携わっている者には、避けて通れない領域のひとつである。ついこの前まではそれ程の興味を払わなかった一人であったことを棚に上げ、勤務医の皆様も少しでも保険診療のルールに関心を持って頂くことをあえてお願い申し上げる。 大阪府社会保険診療報酬支払基金  小味渕智雄  ――1169 保険診療内の格差 府医ニュース 2006年5月17日 第2415号  医療費の患者自己負担増加や診療報酬の引き下げなど、医療の世界はますます厳しい状況になりつつあります。このままでは米国に似た状況、すなわち富めるものは高度な医療を享受でき、貧しいものは水準以下の医療しか受けられなくなるのでは、という不安が広がっています。しかし、私が専門としている関節リウマチの世界では、既に2年前から保険診療の範囲内で貧富の格差が生じてきています。  関節リウマチの治療は、この数年で劇的な変化を遂げつつあります。その主役は、生物学的製剤(膠原病と同じく英語の直訳が違和感を覚える典型と思いますが)と呼ばれる、遺伝子工学を駆使してDNAの組み換えにより作製された薬物群です。  現在、我が国で認可されているのは炎症性サイトカインをブロックするものであり、大学院生のころにサイトカインの基礎研究に従事していた身にとっては感慨深いものがあります。ところが、この生物学的製剤が庶民の常識とはかけ離れて高価なのです。  患者3割負担で年間35〜50万円となると、非可逆的な関節破壊を生じる前で障害者としての医療費免除を受けられない、しかし、本来最適な投与対象となる人達にとっては住宅ローン並みの負担となり、投与をあきらめることが珍しくありません。開発には多額の費用を要しているとは思いますが、製造原価は安いはずです。特許が切れるまで我慢しなければならないのでしょうか。 大阪厚生年金病院整形外科部長  大脇 肇  ――1170 「構造改革」に思う 府医ニュース 2006年5月31日 第2416号  年の初めから、「偽造」「偽装」「偽計」「粉飾」などと、一昔前の日本人にとっておぞましい言葉が新聞紙上をにぎわしている。これが、ここ数年間の「構造改革」の成果なのだろうか。規制緩和、市場原理、金融取引の自由化、株主中心主義などは、確かに老獪な人達に牛耳られて閉塞感に満ち満ちていた日本を変革するのに必要な手段であった。  枠にとらわれず、のびのびと、自由闊達に活動できる、エネルギッシュな日本にするための「構造改革」であったはずだが、ふたを開けてみれば、以前にも増して腐敗し、卑怯で下品な国に変身していた。思うに本当に必要な改革は「構造」ではなく、「精神」の改革ではなかったのか。敗戦の焦土から世界に冠たる国を作り上げてきた日本人の、「正直」「勤勉・誠実」「働き者」で「忍耐強い」精神が、戦後60年を経て軟弱化し疲弊しきっている。これを改革する必要があるのではないか。  要は、「心」の改革であり、そのための「構造」改革ではないのか。そこを取り違えたために、効率一辺倒、弱肉強食、拝金主義がはびこり、恥知らずの行為が横行する世の中となってしまった。そして、本当に必要な「心」の改革は、社員を大切にする企業精神、安心して一生懸命働ける環境など、目先の損得にこだわらない、いわば古臭くもあった日本の特質に支えられて初めて可能であるようにも思える。  とにもかくにも、「ひとのこころは金では買えない」のである。 NTT西日本大阪病院副院長  門田卓士  ――1171 どうすればいいの 府医ニュース 2006年6月7日 第2417号  「難しいと思っても、なんとか1〜2週間努力せよ。付き添う家族も1〜2週間するとぐったり疲れてしまう。家中皆で一所懸命に介抱した。先生もできるだけのことはして下さった。そうすることで、皆が納得して病人さんを送ることができるのだ」と院長に教えられ、時にはパターナリズムと思いつつも混乱した家族に助言しながら、私もその気持ちで多くの患者さんを見送った。  早くから医師会でも、バイオエシックスや生命倫理が取り上げられていたが、急激な社会の変革にはついていけないのが現実ではなかったか。平成9年の新年早々、京都・大阪の特養や老人病院で、植物状態での治療中止が大々的に報道されて社会問題になるに及んで、私の昔からの思いは根底から揺らぐことになり、今に続いている。  私が特養にかかわって既に15年、人生の最終段階に近くなってからの医療、end-of-life careはどう在るべきか?  現在、我が国では生命倫理のコンセンサスは得られていない。永遠不滅の倫理はともかく、時代に対応すべきはずの社会的合意が今も得られていない。日本に即した議論が必要と言われたままで、日本の文化的土壌ではそれもなかなか難しいことと思われる。  我々は地域医療・福祉は、まさに崩壊のさなかにあることをひしひしと感じながら、現場で仕事をしている。市場原理の導入や株式会社の参入を聞き、派手な保険会社の全紙広告を見ながら、外国の厳しい医療事情を読んで身の毛のよだつ思いの我々を、更に国は生命倫理ではなく診療報酬という奥の手を使って政策誘導しようとしている。昔、米軍横流しのストマイが流通し出したころ、その効き目に驚いたが、「闇値1本何円かのお金はとても無理」と苦しみながら死んでいった患者さんを思い出す。医療がそこにあるのに使えない。一方、納得のいかない使われ方も少なくない。私はどうすればいいのか? 正義の騎士を自任するマスメディアの諸侯にも本音を聞きたいと思ったりする。  私は尊厳死ではなく、「尊厳な生」を生きたいもの、生かしてほしいものと早くからLiving Willを書いている。 特別養護老人ホームいわき園診療所長  田辺香苗  ――1172 (平成18年3月27日受領) 喫煙率について 府医ニュース 2006年6月14日 第2418号  平成16年4月の異動に伴い、生野区保健福祉センターに勤務し、現在、大阪府医師会勤務医部会第10ブロック委員会に所属しております。本委員会は、会員相互の親睦を通じて、情報交換が比較的活発な委員会であると存じております。年2回懇親会を兼ねた委員会が開催されています。それ以外に、研修・見学会も催されているようであります。これもひとえに阿部源三郎先生(東医師会)をはじめ、委員会活動推進への労力傾注を厭われない諸先輩の熱意のたまものと、人付き合いの極めて苦手な私の目にも強く焼きついており、そのご労苦に深く敬意を表するものであります。  そうした中で私、「oma-ml」の存在も知り得まして、メーリングリストに参加させて頂き、いつも貴重な情報提供を頂いております。  この委員会で、ひとつ気付いた点があります。本委員会では意見交換が活発に行われていますが、出席者の中には喫煙される方が皆無であり、その点でも深く感銘を受けております。お恥ずかしいことに、6年前まで喫煙者であった私としては、当センターへの異動前にタバコをやめていて、つくづく良かったなと思っています。  数年前から府医会館も全館禁煙となり、あちこちの飲食店でも「禁煙席ですか、喫煙席ですか?」と尋ねられる機会が増えてきました。大阪の禁煙対策はまだまだ進んでいるとは言えないものの、時代の潮流は着実に禁煙に向かっているものと改めて感じ入った次第です。 生野区保健福祉センター医務保健長  大西康夫  ――1173 メディア対策 府医ニュース 2006年6月28日 第2419号  今、テレビでは討論番組がはやっている。そのひとつにフジテレビ・報道2001がある。昨年末、この番組で「医療費削減正面討論」と題して診療報酬改定、医療費抑制と医療の質などの問題が取り上げられた。その中で、博学多識を誇り、番組のご意見番として知られる竹村健一氏が、「英国は日本より安い医療費で、より質の高い医療をしている」「自分が英国で病気になった時も、無料で優れた治療を受けた」から「診療費を引き下げても医療の質は落ちない」と、とくとくと論評したのには、氏の医療制度に関する理解はこの程度かと驚かされた。  幸い、すぐに櫻井秀也・日本医師会副会長(当時)が、英国の医療は医療費削減のため崩壊し、ブレア政権は医療費倍増により立て直しを図っていると指摘された。その後、竹村氏のいささか鼻白んだ表情が大映しになり、それはそれで良かったと言えるし、竹村氏もこれからは同じようなコメントをされないと思う。  しかし、恐らくそれまでのいろいろな機会に、同じようなコメントを述べてこられたことであろう。医師会の発言はフィルターをかけて見られやすく、竹村氏のそれは、なるほどと受け入れられやすい。  医師会は対外広報、メディア対策に更に力を注ぐと言われているが大賛成である。メディア対策には、このような討論番組のゲストやコメンテーターをはじめ広い範囲の方々に、しかも常日頃から、日本や世界の医療制度の実際、医療の質と安全確保に払われている努力などを理解してもらえるよう、コツコツと精力を傾けて頂きたい。いつも反論できる人がいるとは限らないのである。 大阪船員保険病院長  高光義博  ――1174 いたはり 府医ニュース 2006年7月5日 第2420号  医療に関係した古語に、「いたはり(労り)」という単語があります。旺文社版・全訳古語辞典では、(自動詞として)(1)苦労して努める(2)病気になる(他動詞として)(3)心をこめて世話をする(4)病気を治療する――を語意に挙げています。謡曲「熊野(ゆや)」では、平宗盛に寵愛されたシテの熊野が「老母のいたはりと(老母が病身で、の意)」と暇乞いを申し出ます。結婚式で歌われる賛美歌312番では、「(主イエスキリストは)祈りにこたえて、いたはりたまわん。アーメン」と結びますが、ここでは「慰める、ねぎらう」を意味しています。また、甚だしくあわれを催す場面では、「おいたはしい」と哀切感を表現します。  「いたはり」は痛み(pain)を表現する「いたし」に由来する言葉で、「他者の痛みを自身の痛みと感じる」ことが語義の核となっています。新古今和歌集の春・下巻の歌人は、散る桜を惜しみ春雨に向かって「いたくな降りそ(強く降らないでおくれ、の意)」と哀訴します。「いたし」をキーワードにすると、自己の感情を桜へ移入する新古今歌人の発想を、容易に読み解くことができます。  「いたし」から派生した同根の言葉に「いとし」あるいは「いとほし」があります。異性の姿やかたちを思い描き、胸の奥にキューンと痛みに似た感覚を生じるさまが「いとほし」です。含蓄のあるこの言葉が「love」という外国語に駆逐され、現代日本では死語になりかけているのが気掛かりです。  古来、日本人は他者の痛みを自らの痛みと感じることが介護あるいは看護の原点であると理解していました。日本文化の基層をなす「いたはり」や「いとほし」の言葉を、これからも大切に守っていきたいと思います。 大手前病院診療部長  久山 純  ――1175 IT導入雑感 府医ニュース 2006年7月12日 第2421号  私が勤務する病院では、昨春から電子カルテを採用した。この7月からは、入院DPCも導入された。電子カルテやDPC用のコードファインダーなど、新しいシステムが導入される際には、現場担当者の習熟度が重視されることが多い。当院でも早くから操作説明の講習会などが繰り返し行われ、出席が強要された。しかし実際のところ、医師や看護師・医療技術職達は1週間位の練習でも十分対応可能であった。職場が変わることが多く、その度に新しいシステムに順応せざるを得ない職種だということもあるかもしれない。  むしろ、問題はその講習会などで、初めてシステムの限界が浮き彫りとなることにある。患者さん達が規定どおり行動する前提で設計された、融通の利かないシステムであることには泣かされた。患者さんの来院日が変更となった場合でも、入力済み検査予約の日付変更はオーダーした担当医にしかできないことや、眼科の予約診療を登録してある患者さんが、当日になって内科も受診しようとしても、自動受付機では対応できないことなど、数多くの問題点が噴出して柔軟性に欠けたシステムであることに驚かされた。  今年になって、同じシステムを導入した結果、同様の問題を抱えることとなった病院間で勉強会を立ち上げた。まずは苦慮している問題や対策などの情報交換から始まった会であるが、将来的には、次期の更新時にシステムの改善を要求できるようになればと期待もしているところである。 日生病院中央検査部担当部長  浅野彰彦  ――1176 To Error Is Doctorを越えるために 府医ニュース 2006年7月26日 第2422号  リスク・マネジメントと言えば、必ず引き合いに出されるのが、米国医学研究所が公表した 「To Error Is Human(1999)」と、その続編「Crossing the Quality Chasm (2001)」である。医療では、ミスの発生を前提として安全システムを構築する必要がある。 しかも、期待される医療と実際の医療との格差は大きく、gapというよりはchasm(断層)と言うべきであるという。正論である。  しかし、「何を言っているか」だけではなく「誰がどう語っているか」も重要なのだ。大部分のマスコミは「人は必ず間違える(To Error Is Human)という事実にもかかわらず」「医者は必ず間違える(To Error Is Doctor)ことを自覚せずに患者を危険にさらしている」 という語り口である。冗談ではない。医師のみならず医療従事者は、リスク・マネジメントで日夜格闘している。前門の虎、後門の狼、右に豹、左にライオンである。ジャングル状態である。  様々なハザードを把握管理し、ペリル(危険)を防止するというツールとしてのリスク・マネジメントは確かに有益であり、医療現場に着実に根付いてきている。しかし、ひとりの医師が何十人もの患者を限られた時間で診療せざるを得ないという現状こそ、最大のリスクではないのか。国は分かっているはずなのに、対策をとろうとしない。これは国家の「思想としてのリスク・マネジメント」の壊死である。この点を主張し続けることこそ、私達医師の、そして医師会の使命であろう。 市立豊中病院副院長  片桐修一  ――1177 ALSと事前指示書 府医ニュース 2006年8月2日 第2423号  欧米の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者では、意思が明示できる時期に終末期に実施される呼吸管理など、生命維持のための医療行為の諾否を事前指示書として医師に提出する割合が高くなっているようである。我が国での、「無意味な延命措置を中止し、安らかな自然死を迎えたい」旨を記載するリビング・ウィルに相当するものである。  呼吸管理については、差し控え(鼻マスク着用による非侵襲的陽圧換気、気管切開を施しての陽圧換気の双方に関する差し控え)と、中断の諾否を意思表示する。本邦でも、呼吸管理の差し控えは患者の意思を尊重して医療者に受け入れられ、不作為犯として起訴されることもない。一方、呼吸管理の中断は、いかなる理由があろうとも患者自身による実行は自殺行為とみなされ、他者による実行は自殺幇助罪や嘱託殺人罪として訴えられる。欧米では患者の意思による呼吸管理の中断事例が多く報告されている。安楽死例も散見される。  我が国では、平成16年9月の相模原事件(17年2月に有罪判決)のような患者に懇願された近親者による呼吸管理の中断(呼吸器外し)事例が跡を絶たない。患者自身が呼吸器による生命維持を続けるか否かを決める権利を有し、患者の意思を受け延命措置を中断した医師を訴追しないことを骨子とする議員立法の動きがある。  筆者は、この尊厳死の法整備に賛成するが、呼吸器装着の難病患者が家庭での介護力に不安を抱かず、長期療養できる社会基盤の整備こそ最優先とする患者会関係者の間には、根強い反対論や慎重論があることも付け加えておきたい。 国立病院機構刀根山病院長  神野 進  ――1178 上高地雑感 府医ニュース 2006年8月16日 第2424号  妻に引かれて上高地参りをした。帝国ホテルに泊まるバスツアーである。参加者は総勢31人。最高齢者は83歳の女性。なんと我々夫婦が一番若い。上高地なんて暇な人間が行く所と、高をくくっていたが、いろいろと考えさせられた。  河童橋から明神池までのいわゆる初心者コースをテクテク歩いた。前に高齢者が歩いている。いつも街中では追い抜けるのに、どうしても追い抜けない。おかしい。こんな道を歩いている高齢者だから健脚なのか。それとも山道だから私の歩きが狂っているのか。妙な状態だった。  サルや鳥がたくさんいる。しかも街と違って逃げない。道の真ん中を鳥が歩いていて、私が道の端に寄って鳥を避けて通らねばならない。鳥を歩いて追い抜いたのは人生初めてであり、衝撃だった。しかも、追い抜いた鳥が負けず嫌いなのか、私の頭の上を飛んで追い越し、また私の前の道の真ん中を歩くのだ。私達をサルか草ぐらいにしか思っていないのだろうか。神話の世界で、鳥などが主人公を導くくだりがあるが、まさしくこんな状態なのか。これぞ真の共生である。  ホテルマンが「当ホテルの水はナチュラル・ミネラル・ウオーターで、どこよりもおいしいです」と。梓川に注ぎ込む清水川からわざわざ引いてきているとのこと。根性の曲がった私「じゃあ、蛇口の水や風呂の水もおいしいですか」。ホテルマン「ホテルの水は清水川と井戸水です。いずれもきれいな水ですから、お風呂の水もおいしいはずです」と。確かに大阪とは違っておいしい。しかし、何が違うかと考えると、変な味や臭いがしないことだ。これって無味無臭がおいしいってことか。  梅雨時のことで晴天ではなかったが、大雨でもなく、明神池、河童橋、大正池と、定番のコースを押さえることができた。うちの山の神も機嫌は良かった。(ホッ) 大阪府済生会茨木病院脳神経外科主任部長  砂田一郎  ――1179 愛国心ってなあに? 府医ニュース 2006年8月30日 第2425号  “愛国心”  聞きようによっては心の奥深いところで熱く疼くような言葉である。だが、この言葉が為政者、いや何がしかの権力者によって語られる時、そこには何とも言えぬ胡散臭さを感じてしまう。国とか郷土を愛するという心は、普通の人間に自然に芽生える感情だろう。”自然な”愛国心の場合の”国”とは自国の風土であり、文化である。  しかし、お偉方が用いる”国”とは国体、すなわち時の政治体制を意味する可能性を大いに内包している。国を愛すればこそ反体制活動をする事例は過去にも、そして将来もあると思われるが、彼らは権力者によって売国奴との汚名を着せられる。反体制とまでいかずとも、権力者の意に添わなければ非国民と謗られる。ついこの間まで、某大国であった事実である。  さて、教育基本法の改正で、愛国心という言葉を盛り込むかどうか論議を呼んでいる。何が悪いのかと言われればそれまでだが、法律に謳われた愛国心には既述のごとく、権力者に都合のよい強制的な意味合いが密かに含まれる。愛国心を教育の場で教える必要はない。  それよりも人を愛し、いや、地球上の生きとし生けるものすべてを、その生命を育む厳しい自然環境をも愛することのできる人間を育ててほしい。私は、自然に芽生える愛国心を適度に抑えつつ、他国の風土・文化を、そこに暮らす人々を温かく思いやる心を育てることが理想と思う。行き過ぎた愛国心は物の見方を偏狭にし、平和を損なう原因ともなる。法律に謳ってまでして教育する必要は全くないと考える。 東大阪市立総合病院主任部長(臨床病理科)  玉井正光  ――1180 医師の品格 府医ニュース 2006年9月6日 第2426号  「国家の品格」(藤原正彦著)という書籍がベストセラーになりました。この中では、日本人が日本語をもっと勉強し、外国人に説明できるほど日本固有の文化を知ることが必要であると述べられています。特に大事な内容として、日本人が慈愛、誠実、惻隠、卑怯を憎む等の心を持ち、日本古来からの情緒と伝統に由来する形を重んじる必要性を説かれていました。一読されて、日本人として新鮮な気持ちを持たれた方も少なくなかったかと思います。  昨今の政府主導による医療改革が進む中で、医師の進むべき方向性も多様化しつつあります。最近、我々世代の医師が開業したり、大学病院や公的病院等から離れて新たな職場に移る状況を垣間見ることが少なくありませんし、そのような状況の中で医師として新たに自分らしい生き方を見つめ直す機会をもつ先生もおられたかと思います。そこで、先程の書籍にあやかり、「医師の品格」ということを考えてみたくなりました。  最近、巷で人気のテレビドラマに「宮廷女官チャングムの誓い」という朝鮮王朝時代の医女の生き様を描いたドラマが放送されました。主人公である医女は巡り合った様々な人物から試練と薫陶を受けて人生を学んでいくわけですが、印象深かったのはひとりの上司の医師から「真に医師とは深みのある人間がよい」と言われるシーンです。  この言葉そのものにも深みを感じましたが、先程の日本人の品格と称される慈愛、誠実、惻隠、卑怯を憎む等の情緒と心を併せ持つことが深みのある人間のひとつの証であり、医師の品格のひとつの道標であると認識した次第です。そして、医師が患者さんや他職種の医療介護スタッフから認められるような品格を持ち、チーム医療を実践していくことが「医療の品格」にもつながるものと思われます。 島田病院内科医長  植田秀樹  ――1181 病院版格差社会の到来? 府医ニュース 2006年9月13日 第2427号  新医師臨床研修制度が開始され2年余りが過ぎ、先日早くも来年度(第4期生)のマッチングに向けた選考試験を行った。単独型2年コース6人の研修医枠に二十数人の受験者があった。過去3回の選考試験と同じように、数の上では倍率が高いようであるが、選考されているのは実際には我々病院側であることを強く感じずにはいられない。  他の研修施設もそうであろうが、我々の病院もプライマリ・ケアの研修に力点を置くべく、救急診療(ER)の研修を充実させたり、広域連携による小児救急診療を経験させたりすることで、研修医諸君からはそれなりに評価され、人気があると自負している。しかし一方で、研修や教育を充実させることにより、指導医層に過重な負担を課しているのも深刻な現実である。  新医師臨床研修制度の第1期生が、今年4月より後期研修医(レジデント)として、各診療科の専門医に向けての研修を開始しているが、彼らはまた、我々が待ちに待った医療労働の担い手でもある。  ところが、専門医のための教育を望む彼らは、どうしても指導医の豊富な、そして仕事に余裕のありそうな大病院への志向が強く、スタッフの十分でない中堅の臨床研修病院は敬遠されるという憂うべき結果が生じている。その結果、指導医層であるスタッフに、またまた負担が重なり疲弊してゆくという悪循環が現実に起こっている。  大病院でない者のひがみとならなければよいが、病院版格差社会の到来に結び付かないような医師臨床研修制度の成熟が望まれる。 箕面市立病院副院長  豊島博行  ――1182 医事紛争と刑事訴追 府医ニュース 2006年9月20日 第2428号  医師が診療行為に絡み、業務上過失致死容疑で逮捕されるのは極めて異例で、平成13年3月の東京女子医科大学病院での心臓手術、14年11月の東京慈恵会医科大学付属青戸病院での前立腺がん摘出の腹腔鏡手術、今年の福島県立大野病院での癒着胎盤手術の3件のみである。一方、業務上過失致死容疑で書類送検されるケースは新聞報道でよく見かける。  医療事故に関する刑事訴追の場合は罰金が高くないという意識も影響するのか、医師は長引く裁判を嫌って争わないことが多い。しかし、注意が必要なのは、たとえ罰金が少額であっても刑事事件で刑が確定すると医道審議会にかけられ、行政処分が下されるケースもあることである。その結果、学会の除名、専門医資格の剥奪などという事態を招く場合もあり、やはり慎重な対応が求められる。  医療行為は人間が行うため、時には関係のない健常組織を傷つけたり、患部を見落としたりすることもあり得る。医療行為で何らかの不利益を患者に与え、その対応を第三者機関に相談するとしても患者側には誠意を示し理解を得ておくことが大切である。  術前のインフォームド・コンセントの重要性は言うまでもないが、術後や事故後のケアも大切である。事故後に、家族に結果と経緯を十分に説明するのは医師として当然のことであり、また家族と医師の間に信頼関係ができていれば、たとえ書類送検されるようなことがあっても、逮捕という事態は避けられるのではないだろうか。  家族への対応は、術前のインフォームド・コンセントと同様に大切であることを心に留めておきたい。万一、紛争になったとしても、最善を尽くしたものの不幸な結果になったことを誠実に説明すべきである。 長吉総合病院病院長  梁瀬義章  ――1183 大阪市女性医師ネットワークを設立 府医ニュース 2006年9月27日 第2429号  平成18年度の大阪市役所医師会における女性医師比率は、本務医師は13・1%に過ぎないが、研究医の24・5%、研修医の52・5%が女性である。14年11月には、女性医師が働き続けられるよう就労環境の改善策を検討することを目的として、同医師会内に女性医師の会を設立し、アンケートを実施した。  それによると、当直回数や時間外勤務が最も多いのが30歳代で、その年代の既婚率は57・1%、既婚者で子どものいる割合は約6割と非常に低い値であった。第1子出産時の所属先は、研究生や大学院など大学が最も多かった。大阪市の研究医は1年更新であるが、妊娠すると更新を断念し大学に戻って出産する傾向が最近でも続いている。身近に育児支援者がいないと、出産を契機に休職せざるを得ない者もいる。  厚生労働省統計部によると、新医師臨床研修制度施行後、研修医の大学離れが起こり、16年度では、外科、小児科、整形外科、産婦人科、救急で16・9%〜32・8%減少したという。女性医師比率が上位3番目の小児科と5番目の産婦人科も含まれている。女性医師が産休・育休を取得する時には代替要員を大学に頼っているが、大学ですら人員確保が困難になっている。  18年3月には女性医師に対する支援を主たる目的として、大阪市役所医師会女性医師の会と大阪市立大学医学部女性医師の会が共同して、大阪市女性医師ネットワークを設立し、第1回総会を開催した。医学生からOBまでの会員が役員25人とともに、ドクターバンク、職場復帰研修など女性医師に対する支援体制の充実を図ろうと活動を開始した。 大阪市立住吉市民病院副院長 椿尾百合子  ――1184 カルテ改ざんは犯罪行為 府医ニュース 2006年10月4日 第2430号  「論より証拠 カルテの一行 身を助け」これは安田正幸・前大阪府医師会理事が発行された「医事紛争防止・いろはカルタ(作大城孟氏ほか)」の一文である。カルテは日常の診療行為の都度、記載しなければならないと法律に規定されている。カルテの改ざん(偽造・変造・虚偽記載)は犯罪行為であることを、肝に銘じて診療にあたらなければならない。  一方、医療過誤訴訟等において、カルテの記載不備が問題となり裁判所や患者側代理人から厳しく指摘される事例も散見される。すなわち、カルテの所見欄への記載が不十分であったり、診療事実の記載が乏しく把握困難であったりする例や、患者側から医療ミスを指摘されてからカルテに加筆した例などである。どんなに忙しくても、臨床所見や患者への説明内容は、診療の都度、忠実にカルテへ記載すべきであり、それが安全・安心医療に直結し、我々自身の身を守ることにつながる。  平成16年1月20日の甲府地裁判決では、担当医師の医療行為に過失はなかったと判断されたものの、その後にカルテの改ざん、偽証および偽証教唆が発覚し刑事告発がなされ、担当医師は懲役1年6カ月の有罪判決を受けた。更に、訴訟上で真実を隠し続けたとして悪質な不法行為が認定され、民事訴訟でも1700万円の賠償命令が下された。  最近では、新医師臨床研修制度導入後の指導医の監督・指導不十分による研修医の事故も危惧されるところである。指導医が若い医師達に、診療行為の都度、カルテを記載するという基本的事項を徹底するとともに、その改ざんは犯罪行為であると伝えることを望む。 長吉総合病院長 梁瀬義章  ――1185 大学病院における勤務医 府医ニュース 2006年10月11日 第2431号  私は、平成17年3月まで、某国立大学の臨床系教授として勤務していた。同じ公務員でも、国公立病院に勤務する医師とは異なり、国立大学病院に勤務する医師は文部教官であるため、給与は格段に安い。  当直時以外は、深夜や休日に病院から呼び出されても、何の手当も出ない。教官でも週1回のアルバイトを前提としない限り生活が成り立たない。ただ、「後継者育成」というプライドと社会的使命感で重労働に耐えているとしか言えない。1講座当たり数人という限られたマンパワーで「教育・研究・診療」の基本的業務、すなわち学部教育、研究指導、研究費獲得、産学共同研究、院内・学部内・学内の各種委員会、外来診療、入院診療、回診、手術、カンファレンス、学会・研究会開催などをこなしている。  独立行政法人化以後も定員削減が進む。卒後臨床研修が義務化されて以来、入局する教室員が激減し、医師供給源として機能しなくなり、これから先の教室運営はより苦しくなる。このような状況下で、一般病院と同じような卒後臨床研修プログラムを期待することは、そもそも無理なのではないだろうか。  最近、過重労働のため勤務医が開業していくケースが増えている。当院もその例外ではない。病院のマンパワーが減れば、病院の24時間医療体制が維持できなくなる。プライマリ・ケアの引き受け手ばかり増えても現代医療は成り立たない。医療と教育は、国民の将来の根幹にかかわる重要課題である。崩壊しつつある日本の医療に関して、行政当局は早急に抜本的な責任ある施策を進めるべきである。 大阪府済生会泉尾病院長 山下純宏  ――1186 恩師と私 府医ニュース 2006年10月18日 第2432号  「謙虚」「貪欲」「明朗」「誠実」。この4つが、恩師である故入江伸先生(入江塾塾頭)のモットーであり、私の人生のモットーでもある。  入江先生から中学時代に貴重な薫陶をたくさん受けた。学生時代に悩んだ、何のために勉強、仕事するのか? それは、日本のためとなる人材になるためであり、また社会貢献することによって得られる「幸福感」「充実感」を学んだ。更に、夏・冬休みの合宿ではどんな環境にも負けない「不屈の精神」、相手の立場で考える懐深い「人間性」、世の中には理にあわないことや理不尽なことが多いことを知り、それを乗り越える「強い意志」、そして人間性あっての学力「人間性7分、学力3分」など、数え上げればきりがない。  最も大きなことは、今の自分があるのは両親とこれまでお世話になった方々に助けられたお陰であるということに「感謝する気持ち」である。私が曲がりなりにも医師になれたのも入江先生をはじめとする恩師の方々のお陰であり、先生に巡り合わなければ、とてもなれなかったと思う。  先生のモットーを胸に抱き、日々医師として診療、ボランティアに精進している。入江塾で同じ釜の飯を食べた先輩・後輩達とは世代を超えて交流することができ、自分の人生にとって得がたい仲間となった。また、先生を当施設で最期まで治療させて頂いたことは教え子としてこの上ない幸せである。  入江先生に教えて頂いたことは、生涯を通じて私の礎となっている。 弘善会病院長  矢木崇善  ――1187 英知ある医師に 医療事故は医師免許更新制で防げるのか 府医ニュース 2006年10月25日 第2433号  「相次ぐ医療事故」「病院に賠償命令」といった記事が新聞に掲載される度に心が痛む。医療事故報道が多くなる中、規制改革のひとつとして医師免許更新制の導入案も出され、全国紙でもそれを支持する意見が目立つ。最新知識を持たない時代遅れの老医が原因とでも言いたいのだろうが、症例検討会、研究会・勉強会、関連学会、生涯教育制度など、一生涯続く不断の努力研鑚は、一般国民からは見えにくいのも事実だ。  英国のWクーパーの詩に「知識と英知は一体どころか、大抵は無関係。知識が宿るのは他人の考えが詰まった頭。英知が宿るのは自分自身で考える心。知識はこんなにたくさん学んだと言って自慢し、英知はこれしか知らないと言って謙遜する」というのがある。分別や英知と呼ぶものは、すぐに使うことができて実効のある知識である。Wオスラー博士の講演集「平静の心」(医学書院)からの受け売りだが「四十にして知豊かなり、五十にして心賢くなる、さもなくば人間としての成長は望み得ない」という格言もある。  医師にとって、沈着な姿勢に勝る資質はないであろう。逆に、沈着な姿勢は経験がないとなかなか身に付けられない。免許更新制は使えない知識を強制するに過ぎず、自己研鑚こそが「医療の質の向上と安全の確保」につながるのではないか。  日本の医師免許はそれができる資質を持つ者に与えられる資格であり、万能で完璧な知識のみを有する医師を保証するものではなかろう。経験ある老医には、できるかできないかの判断力が備わっており、事故を起こさない知恵がある。 城山病院消化器・外科センター副センター長(呼吸器外科) 辰巳明利 ――1188 勤務医諸兄へ 情熱を持続しよう 府医ニュース 2006年11月1日 第2434号 病める人々は我々の助けを待っている  我が病院にも「ご意見箱」がある。毎日苦情が数多く入れられる。マスコミも医療の不祥事を多数取り上げる。医療相談室に血相を変えて来られ「院長を呼べ」とおっしゃる方がおられるが、理不尽な要求も少なくない。医師はそれらの対応に多くのエネルギーを費やし、ストレスが積もってやる気をなくす。若かりし頃に持っていた「いい医療をしよう」という情熱はどこに行ってしまったのか?  確かに病院が反省すべき事例も少なくない。誰が見ても明らかな医療ミスもある。それらは真摯に反省すべきだ。「医療をおこなう」という行為は単に「専門技能」を使うことだけでなく、正確な説明・情報提供まで含んでいることも医師は認識しなくてはならない。  最近、全国で勤務医数が減少しているという。極めて深刻な問題だと思う。その原因が単に苦情だけではないのは確かだが小さくない要因であることも確かだ。マスコミも病院の不祥事は取り上げるが患者さんの感謝は一切取り上げない。新聞記者は「そんな記事を書いても新聞は売れない」と言うそうだ。それはおかしいと思う。自分たちが国民からいい医療を奪っていることに彼らは気づいていない。  私は多くの患者さんの感謝の気持ちを肌で感じている。言葉がなくても満面の笑顔で病院を退院される患者さんの後ろ姿には感謝の気持ちがにじみ出ている。この瞬間を体験することこそが医師の本望であり、この気持ちを味わうために自分は医者になったのではなかったか。  ご意見箱に入っている苦情の何倍もの感謝の気持ちは箱に入らずに隠れている。勤務医は反省すべきは反省し、でも医師としての誇りも失わずに「苦情の何倍もの感謝」をよりどころとして、若き日に憧れた「医業への情熱」を失ってほしくない。多くの病める人々は私達の技術を必要としているのだから。   大手前病院副院長  大口善郎  ――1189 女性勤務医支援に向けて 府医ニュース 2006年11月8日 第2435号  平成13年から大阪府医師会勤務医部会の一員として、北野病院から参加しています。それまでは京都大学の教官として研究業績や医学部教育、臨床に追われていました。女性医師管理職となって、増えているはずの女性医師が35歳前後になると医療現場から退場していくことが、女性医師自身というよりも勤務医の置かれている状況の問題であることに気付きました。  17年からは府医男女共同参画委員会の委員として、現状打開の可能性を探る努力をしています。また同年1月に、府医勤務医部会を通じて知り合った瀧野敏子氏を代表とする内閣府認証NPO法人「女性医師のキャリア形成・維持・向上をめざす会(イージェイネット)」を立ち上げました。  このNPOにおける独自の取り組みとして、「働きやすい病院・女性医師にやさしい病院評価事業(ホスピレート)」を行っています。手を挙げた病院に対し、育児支援、復職・再就職支援、キャリア形成・育成支援の現状と今後の方針を、院長をはじめ現場の女性医師らに聞き取り調査や書類審査などの上で第三者評価を行い、ある一定基準をクリアした施設を認証し、我が国における「女性医師にやさしい病院」のインフラ整備が進んでいくことを目指しています。  この認証を得たことを広報することで、意欲のある女性医師が集まってくることも期待されます。我こそはと思われる病院は、ぜひこの評価を受けて豊かな医療を展開して頂きたいと思います。  一方で、私は病院管理職として、この評価を受ける立場となり、院内に女性医師支援委員会を立ち上げて、保育所の充実、病児保育の設立をまず実現するところまで進めてきました。男女を問わず、どのような人生のステージにおいてもモチベーションが下がることなく、医療に取り組める勤務医の状況をつくっていくことを目指したいと思います。 北野病院研究所副所長・腎臓内科部長 武曾恵理   ――1190 内視鏡下手術 府医ニュース 2006年11月15日 第2436号  平成2年8月の午後、ある医療機器メーカーの営業マンが訪れ、アメリカで流行している腹腔鏡下胆嚢摘出術のビデオを持ってきた。この手術が京都や宝塚の病院で行われていることは既に知っていた。「すぐに始めたいので機器を準備してほしい」と返事したところ、営業マンはびっくりして「春から大阪の大病院を頼んで回ったけれども、素っ気なく断られ続けていたのに本当ですか」と念を押す。「できるだけ早く始めたい」と言うと「この機器をそろえるには半年はかかります」と、のんびりしたことを言っていた。  わずか2a程の傷で胆嚢が摘出できるというのは画期的な方法だと感じていた。京都の先生はこの手術をフランスまで勉強に行き、宝塚のドクターは文献を頼りに独自に機器を工夫して手術を開始したということで、すごい外科医がいるものだと感心した。  半年間、ビデオを見たり外科医の仲間と文献の抄読会を開いたりして準備をし、翌3年2月に手術を開始する予定とした。その前月に、アメリカで腹腔鏡下胆嚢摘出術のセミナーがあり、これに申し込んで手術開始に備えようとした。ところが直前になって湾岸戦争が勃発し、病院からアメリカヘの出張許可が下りず、またセミナー自体も取りやめになってしまった。  結局、宝塚の病院へ見学に行き、この新しい術式を始めたが、やはり慣れない手術はやり難く合併症も少なくなかった。幸いなことに、致命的なものはなく、患者さんにも説明し、起こった合併症は当然のことながらすべて学会で報告した。  新しい医療を安全に提供するということは、大変な苦労や困難が伴うことが多い。特に、勤務医の先生方は、医学・医療の進歩に遅れないように日夜努力を重ねられていると思うが、これからは医療事故が起こらず、安全に最新の医療を取り入れることができるシステムの開発が必要と思われる。  日生病院長 宗田滋夫 ――1191 楽譜 府医ニュース 2006年11月22日 第2437号  秋と言えば、芸術の秋、食欲の秋、行楽の秋など、四季の中でも一番活発な行動がとれる季節である。今秋は芸術の秋を堪能しようと様々に思いを巡らせ画策してみるのだが、思いどおりにいかないのが世の中で、一度だけコンサートに行くことができたぐらいである。元来、クラシック音楽が好きで、特にピアノ曲に興味を持っている。下手の横好きで、若い時は自らピアノを弾いていたが、今は楽譜を見ながらプロの演奏を楽しんでいる。  当たり前のことだが、ある曲の楽譜は一種類しかない。そこには、無味乾燥なおたまじゃくしと音楽記号が並んでいるだけである。しかし、演奏者が楽器に触れた途端、演奏者による楽譜に記されたおたまじゃくしや音楽記号の解釈の違いにより、様々な音色が生まれてくる。作曲家の意図をくみ取ろうとする演奏もあれば、演奏者が自らの意図で楽譜をアレンジした演奏もある。そこには普遍性は見当たらない。だから、ひとつの曲を演奏家を変えて聴きたいと思うようになった。  実際、いろいろな感動や爽快感などを味わうことができる。このことは自分の生活や仕事にも当てはまることでもある。何事も、ひとつの解釈にとらわれずに、自由な発想で生き生きと過ごすことができればと思う今日この頃である。 大阪府寝屋川保健所長  山階 学  ――1192 病院のホスピタリティー 府医ニュース 2006年11月29日 第2438号  医療の質の判断は一般の患者さんにとってはなかなか難しい面もあります。病院の理念がはっきりしていて、医師、看護師、その他病院職員全員が一生懸命に医療に取り組む姿勢が大切と考えます。しかし、医療従事者の多くが、患者さんへの思いやりの心、すなわちホスピタリティーをなおざりにしていないでしょうか。とりわけ多岐にわたる専門技術者の集まりである病院ではチーム医療が叫ばれていますが、その中心には患者さんがいることを忘れてはなりません。  専門技術のみが優先して、自分が何のために、誰のために病院で仕事をしているかと、考え直す必要があるのではないでしょうか。病気で困っている患者さんに、何かしてあげたいという博愛・奉仕の精神が忘れられていないでしょうか。職員全員がもう一度考え直すことで、大きく病院は変われると確信しています。  医療も商売も、患者さんや顧客を大事にして一番に考えることは変わりません。当院の設立にも寄与した創業者の松下幸之助氏は「お客様大事の心」、近江商人は「売り手よし、買い手よし、世間よし(三方よし)」という社会奉仕の精神が大切と言っています。我々も患者さんのためにホスピタリティーあふれる医療をすることが社会貢献につながるという理念が大切であると考えています。病院での患者さんの満足度を高めることも必要ですが、その前にホスピタリティーあふれる職員が、満足して楽しく仕事をする従業員満足度を高めることが必要です。  患者さんに対して物やお金で解決できるような単なるサービスではなく、ホスピタリティーをしていると自慢できるような病院になりたいと考えています。 松下記念病院長  山根哲郎  ――1193 迷惑電話撃退法 府医ニュース 2006年12月06日 第2439号  マンション購入の勧誘電話が勤務先の病院にまでかかってくることがある。その特徴的な喋り口調から、ほとんどは電話交換台レベルで断ることが多い。しかし、病院関係者を名乗る悪質な業者や、院内の各部署にある直通電話にかけてくる場合も多く、対処に窮することもしばしばある。その撃退法について思案した。  「忙しいから、後にしてくれ」。これが最悪の応対である。相手側に、会う意思ありと思われてしまい、その後に何度も電話がかかってくる。「大声で怒鳴って断り、日頃のストレスを解消する」という同僚がいたが、このご時世、逆恨みをされては元も子もない。  以前、病棟で迷惑電話に困っていた研修医がいた。ある日、すぐに電話を取り上げ、「私は先日、院内の『迷惑電話防止委員会』の委員長に任命されました。最初の仕事として貴社の実態について詳しく調査したいので住所、電話番号を教えて頂けますか」と返答したところ、相手はさすがに動揺したのか数秒間絶句した後、電話を切ったそうである。  「してやったり!」と思ったが、この方法が何度も有効とは限らない。最良の撃退法は多くを語らず「全く必要ありません」と毅然とした口調で、一方的に電話を切ることだと思うが、いかがであろうか。 関西医科大学附属枚方病院小児科講師 蓮井正史 ――1194 自治体病院における連携 府医ニュース 2006年12月20日 第2440号  久しく医療連携の必要性が言われてきましたが、勤務医不足によりそれがクローズアップされています。「連携して集約を」と、いろいろなところで言われますが、総論賛成・各論反対で進みません。府・県立など複数の病院を持つ自治体や市町村合併と病院の建て替えが必至な地域でのみ、分化や集約が進んでいます。  豊能2次医療圏は4市2町で人口100万人、大阪大学、国立循環器病センター、自治体病院、済生会病院、私立病院など、医療資源が豊富なことから、その連携が重要となり「豊能広域こども急病センター」のような医療圏単位の政策が必要となります。  自治体病院に限れば、豊中、吹田、池田、箕面を合わせると1758床を数えます。4市が無理なら生活医療圏である豊中、池田、箕面の3病院間は車で15分の距離です。統廃合は無理だから、そのまま残して独立行政法人で管理者を一本化するくらいの気合いが必要でしょう。  自治体病院の連携には、「切実な動機」と「強力な推進役」が同時に必要です。建物の崩壊、議会採択による委譲、首長同士の同時決意、市町村合併などが動機となるでしょう。政治的な側面があるため、大阪府知事が推進役を務めるべきです。切実な動機と強力な推進役が同時に現れた時こそ、自治体病院の連携が実現するでしょう。市立池田病院と箕面市立病院では、病院長と事務局長が定期的な相互訪問を続けながら、これらの「同時」を夢見て、微々たる努力をしています。 箕面市立病院長  吉川宣輝  ――1195 慕古心(もこしん) 府医ニュース 2006年12月27日 第2441号  先日、金沢で開催された外科系連合学会の帰途、妻と福井の永平寺を訪ねた。思えば、1971年に研修先の病院の医局旅行で訪れて以来である。漠然と白っぽい大きな伽藍のイメージがあり、真夏の1日であったが暑さの記憶はない。何と35年ぶりの再訪であったが、不思議に山門からの光景に見覚えがあり、懐かしい記憶が蘇った。  山の傾斜に沿い広大な敷地に、社寺の大小70余もの伽藍が塵ひとつない回廊で結ばれている。その壮観、荘厳な佇まいは今も変わらない。永平寺は曹洞宗の開祖である道元禅師が1244年に座禅修行の道場として、深山幽谷の地に開山した禅寺である。その座禅修行の厳しさには定評があるとのこと、座主は100歳を過ぎた現在もお元気に日々のお勤めをなさっておられ、その様子をテレビで拝見した記憶がある。また、妻の実家が曹洞宗でもあり永平寺が何となく身近に感じられ、訪問したのであった。  禅宗である曹洞宗の開祖、道元禅師の教えについてはまったく無学であり、この際、少しでも知識を得ようと思い、小冊子を買い求め帰途の列車で読んでみた。その教えは「慕古心」である。慕古心とは「永遠の真実」を探し求めることであると書かれていた。言い換えれば、宇宙の真理を求めよとの教えであろう。  1964年に大学に入学し、合気道と出会い、哲学的な雰囲気を満喫した40年余前を思い出した。合気道とは、人生とは、宇宙の真理とは…。懐かしい思い出がいっぱい詰まった6年間であった。  学生時代はわずかであったが、多くの友人に恵まれ、その後の私の人生を大きく変え、現在の思考、実行の原点を作ってくれた。私を40年前に戻してくれた、忘れられぬ永平寺への旅であった。 近畿大学医学部附属病院長 塩崎 均 ――1196 声の箱 府医ニュース 2007年1月17日 第2443号  関西医科大学附属枚方病院では、開院以来、医療安全の確保と患者サービスの更なる向上を求めて、患者さんや従業員からの意見を直接うかがう「声の箱」を、外来や病棟に設置するとともに、患者満足度のアンケート調査も数回行ってまいりました。  「声の箱」に寄せられた2076通(平成18年11月24日現在)の声で多かった意見は、駐車料金が高い(187通)、外来待ち時間が長すぎる(168通)、病状説明が不足(166通)でした。また、10月に行ったアンケート調査(回答数3338、複数回答)の「改善が必要である」という項目のベスト3は@診察までの待ち時間(21%)A病状説明や診断治療に対する情報提供(16%)B駐車料金(7%)でした。  電子カルテヘの習熟とともに、外来待ち時間の短縮は進んでいますが、患者さんへの病状説明に時間をかけると、なかなか予約時間を守れず苦情が寄せられるといった困った現状です。個々の医師の力量不足など、医療従事者側にも反省しなければならない点があると思いますが、限られた時間内にできる限り多くの患者さんを診療しなければならない苦しい現実があります。  駐車料金への苦情の多くは見舞客からです。病客用スペースを十分確保すべく、患者さんの車は料金を優待し、一般車は周辺の商業施設より少し高く設定しました。ところが、なかなかその心を理解してもらえず苦情が寄せられています。駐車料金は無料という考えなのか、病める人を思いやる心の欠如なのか、院内そこかしこで喫煙する人や予約時間を5分と待てない人などと心は同じです。日本人のあの「つつましさ」「謙虚な心」「寛容な心」はどこに行ってしまったのでしょうか。人々の「わがまま」「自己中心的行動」は、どうしようもないという心境です。 関西医科大学附属枚方病院長  今村洋二  ――1197 東京での16年間で得たもの 府医ニュース 2007年1月31日 第2444号  久しぶりに大阪に戻った。16年前に、思いがけず東京の順天堂大学に招じられた。当時、関西人は不思議にも東京などに目もくれず関西に留まるのが通例であり、関西から東京の地へ内科や外科教授として赴任する例はなかった。恩師の阿部裕・大阪大学第一内科名誉教授にご相談申し上げたところ、「東京が医学医療のみならず文化と人の中心である」とのお言葉を頂戴した。考えてみたら、東京は江戸時代から諸国の武士が寄り集まり、情報交換する場所であった。  私は東京赴任後に、慶応義塾大学の石井裕正先生(現名誉教授、日本医師会雑誌編集委員長)や埼玉医科大学の藤原研司先生(現横浜労災病院長)、そして松崎松平・東海大学教授、小俣政男・東京大学教授等々、日本を代表する多くの医師との交流に恵まれた。赴任後数年して、お茶の水界隈の諸大学の仲間が順大講堂に集まって、消化器系の診断や治療に難渋した症例の検討会を開いた。年に数回も厳しい討論を繰り返したことは、情報の開示や臨床力の向上に大いに役立った。  東京の強みは、種々な文化的背景を有する人達が交流・触発され、創造心を生み、挑戦することにあると思う。私はそこで多くの財界や芸能界の方と出会い、更に厚生省(当時)のいくつかの審議会委員などを務めた関係で、行政や政界の人達との交流をも深めることができた。  今後、頭脳に秀でた関西の若者が種々な地域と交流を深め、医学・医療の発展に寄与するのをお手伝いすることが、私を育ててくれた大阪へのご恩返しと思っている。 大阪警察病院長、順天堂大学名誉教授・同大理事 佐藤信紘  ――1198 予防医療の難しさ 府医ニュース 2007年2月7日 第2445号  近年、勤労者の健康診断での有所見者が増加し、特に肥満をはじめ高脂血症、高血圧、高血糖などが多くみられております。平成17年には、我が国でもメタボリックシンドロームの基準が発表され、20年4月からは医療保険者(国保・被用者保険)に、40歳以上の被保険者・被扶養者を対象とする内臓脂肪型肥満に着目した健診および保健指導の実施が義務付けられることになりました。  当センターは、13年4月に「過労死」などの重大な事態を予防する目的で開設されました。高血圧、高脂血症、高血糖、肥満のいずれかの有所見者を対象として健康管理のための健康相談および保健指導(生活・運動・栄養指導)や、当該勤労者を雇用する企業の管理者、担当者などを対象として、疾病の予防および増悪防止のための講習会を実施しています。  しかし、対象者の多くは自覚症状がなく、実際の相談や指導を行う上での動機づけに難しい問題があります。更に、このような方々は、わざわざ平日の昼間に相談や指導を受けに来られることがほとんどありません。そこで、設定を平日の夕刻や土・日曜などにしたり、職場で行ったりするなどの工夫をしていますが、十分な成果が出ているとは言い難い状況です。  予防医療を実施するに当たって大切なことは、しっかりした動機付けと、利便性を考慮した時間や場所などの設定、そして継続してできるような環境づくりです。そのためには、個人の生活習慣・環境の改善はもちろんのこと、職場環境の改善をはじめ社会全体で取り組んでいく必要があるのではないかと思います。 大阪労災病院勤労者予防医療センター所長  大橋 誠  ――1199 最近の「医師不足」に思う 府医ニュース 2007年2月14日 第2446号  最近、自治体病院をはじめとする公的病院や大学病院で医師不足が深刻化している。特に自治体病院では、臨床研修の必修化に伴う指導医不足を理由に、派遣元の大学への中堅医師の引き揚げも多く見られている。一方、厚生労働省「医師の需給に関する検討会」報告によれば、種々の問題点を指摘しつつも「長期的に見れば供給の伸びは需要の伸びを上回り、マクロ的には必要な医師数は供給される結果になった」としている。この結論は、あまりにも楽観的過ぎるのではないだろうか。  私が医学部を卒業した約30年前と比較しても、医療の質が激変してきている。当時、治癒を望めなかった疾患の多くが治癒可能となり、濃厚治療を必要としている。多くの公的病院の使命は地域支援と専門医療であり、24時間態勢で患者を受け入れている。最新の検査で確実に診断し、患者と家族に納得ができる治療法を、代替治療やセカンドオピニオンも含め、時間をかけて説明し同意の上で治療を行わねばならない。  以前には考えられなかった医師の労力・時間が必要となり、一定の人数がなければ専門科として運営できない。患者1人当たり医師数の増だけでは解決されないことは明らかである。最近、女性医師が増加傾向にあるが、男性医師と同じ労働条件では女性医師は結婚、子育てにより離職する傾向があり、このことも実質上の医師不足を招いている。したがって、女性医師が働きやすい環境づくりを急ぐ必要がある。  米国などと比べて著しく少ない患者1人当たり医師数で、高い医療レベルを維持するために日夜苦闘している日本の勤務医の現況をもっと国民に知ってもらいたいと思う。 りんくう総合医療センター市立泉佐野病院病院長代行 玉置俊治 ――1200 病院機能評価受審の福音 府医ニュース 2007年2月28日 第2447号  病院機能評価は、日本医療評価機構により行われている。現在2千以上の病院が既に認定を受けている。現在の認定基準(バージョン5.0)では、審査のハードルも高くなり、診療における患者と医療スタッフの連携まで評価されることから、一般の人々からの信頼性も向上し、今後、患者が病院を選択する際の重要な判断基準になっていくものと思われる。  私達の病院も平成15年に最初の認定を受けているが、18年1月の再認定に向け、2回目の受審をさせて頂いた。定められた6領域に渡って評価されるが、評価に当たっては領域ごとに、@構造(人員、機器、組織などのリソース)A過程(診断、治療、リハビリなど医療活動の一連の流れや手順)B結果(健康状態の変化や患者満足度)――の3つの視点から項目が設定されている。それぞれ、あらかじめクリアすべき目標が設定されているので、評価の受審までにそのハードルを越えられるように自己努力が必要となる。  私達も受審前から1年をかけて、問題点の洗い出しから改善対策まで、病院を挙げて努力した。その際、職員に数多くの通知や依頼をするため、全職員を対象にした「病院フォーラム」なるミーティングを立ち上げた。これが極めて効果的で、職員への意思の徹底が行えるようになり、また、職員同士の連帯感が醸成された。まさに、機能評価受審の福音というべきもので、機能評価受審以後も、テーマを替えながら月1回以上のペースで開催されている。受審の最大のメリットは、目標までの改善を推進するために、病院全体が一丸となる体制を築き上げたことにある。  大阪大学医師会長 堀 正二  ――1201 身内の手術 府医ニュース 2007年3月7日 第2448号  外科医になって27年、そういえば身内の手術も何度か担当しました。最初が叔母の胃潰瘍、次は当時92歳の祖父の鼠径ヘルニア。その次が叔父の直腸手術。術後1週間目に腸閉塞による再手術が必要となり、その説明時の叔父のつらそうな顔が忘れられません。3年前に他界するまで、十数年間腸洗浄を欠かさず続けた几帳面な人でした。  一昨年の秋、腰痛で撮ったMRIで、娘のおなかの腫瘤を偶然指摘されました。私は腹腔鏡下手術を選択し、「摘出までは私にさせてください」と、約200グラムの腫瘤を回収袋で粉々にして臍から摘出。幸い、良性の疾患であり、2時間足らずで手術は終了しましたが、滅多に汗をかかない私の額は汗びっしょり。執刀医の心配をよそに、術後3日目に退院した患者は午後には退屈だからと、近くまで散歩に出かける程の回復ぶりで、7日目には復学しました。  若い医師に「自分の最愛の人ならどうするか、よく考えなさい」「身内にできないようなことを他人様に強いてはいけません」など、いつの間にか偉そうなことを言う立場になっていました。  外科医A「俺も昔、女房の手術をやったことがあるよ」。外科医B「女房は所詮他人だよ、子どもは体の一部だからね」。まぁ、これはさておいて「他人様にするのと同じことを身内にする」っていうのも大変なものでした。 泉大津市立病院総括副院長 永井祐吾 ――1202 分娩の安全神話 府医ニュース 2007年3月28日 第2450号  すべての分娩は救急であり、24時間いつ起きるか分からない。正常に経過した妊婦でも約10%の割合で分娩時に異常事態が起きる。大阪における分娩が安全になったのは、平成に入ってからで、大阪産婦人科医会は昭和55年ごろから行政とともに母体死亡を減らすべくシステムづくりに取り組み、62年にOGCS(産婦人科診療相互援助システム)を整備した。6基幹病院を中心に36協力病院が、大阪府全域の二次および三次救急に対応した。結果、昭和40年に125人あった母体死亡が、53年には23人、63年には6人、平成に入ってから6〜9人を推移したが、15年には2人と激減した。  ところが、16年から新医師臨床研修制度が導入され、産婦人科の入局者が2年間絶えてしまった。更に研修中、産科の過重労働を目にした研修医は、この科を敬遠した。因みに、昨年、後期研修で産婦人科を選んだ21人中19人は女性であった。加えて、大学は指導医確保のため関連病院から医師の引き揚げを行った。  その結果、若い医師の交代ができずに過酷な労働を続けざるを得なくなり、その上、労働基準局の指導で当直は週に1回、それ以外は手当のつかない待機扱いになり給与は激減、部長クラスのベテラン医師も当直やオンコールが著しく増えた。その他種々の会合、IT化による入力、患者の都合による時間外での説明など仕事量は倍以上に増え、体力の限界に達し、定年を多く残して病院を去った。若い医師も将来の希望を失い産科をやめ婦人科や他科へ転出した。  この現象は地域の救急を担ってきた公的病院で起きている。世界に誇れる母体死亡の改善に到達したのに、これが水の泡にならなければいいのだが。 友紘会総合病院産婦人科部長 藤本 昭  ――1203 あとがき   大阪府医師会 理事(勤務医主担当)/勤務医部会 副部会長   藤 田 敬之助  大阪府医師会勤務医部会では、平成十六年度より『勤務医の過重労働』を主要なテーマとして採り上げ活動を行ってきました。平成十八年三月には、大阪府医師会員および未入会医師を対象に実施した「勤務環境に関するアンケート調査」の集計結果をまとめ報告しました。  同調査により、週60時間以上の労働(法定の40時間を差し引くと週20時間以上の超過勤務)、すなわち月80時間以上の“超・過重労働”(労災の過労死認定基準以上)が常態化している病院勤務医が約三分の二に上ることが判明しました。また法定で週1回しか認められていない当直も月7回以上の者が15%おり、さらに当直明け勤務も“通常勤務”が95%に達していました。  このような過酷な労働を強いられている病院勤務医のうち、その就業について“過重”と感じている者が四分の三を占め、過重労働による不安は“自分自身の健康”85%、“医療ミス”66%、“家族との関係”56%と続きます。  この結果を招いたものは何だったのでしょうか?OECD加盟30カ国中27位という医師数の少なさ(人口千人あたりの医師数はOECD平均3.0人であるのに対し、わが国は2.0人しかいない)であることは言を俟ちませんが、それ以上に問題なのは、国の無策による財源不足を国民や医師を始めとする医療従事者たちに押し付けている医療費抑制策であり、諸悪の根源であることは火を見るより明らかであります。  平成十九年度は、『地域医療崩壊を防ぐための諸施策の検討』を新たにテーマに加え活動を開始しました。我々が医師を志した純粋な精神は、今、国によって踏みにじられようとしています。このままの状態を看過するわけにはいきません。勤務医も医療保険制度や医療制度のあり方を検証し、わが国に相応しい制度となるよう声を挙げていかなければなりません。そのためにも先生方が地域医療に、そして医師会活動に関心を持って参画していただくことを強く切望しております。  古来、『大医は国を医す』という名言があります。勤務医と開業医が一丸となってわが国の医療を守っていくという医師会の崇高な使命にご理解をお願いいたします。